第24話 これからのこと

 しばらくそんな会話をして「レイさん、そろそろ戻ろうか」とクードが言い出した。

 クードは立ち上がると、レイに手を差し出してくれたのだが。


「僕は……」


 戻れない。あなたを勝たせるためには。


「戻りたくないの?」


 その言葉にうなずくことも返事もできない。うつむく自分に、クードは相手を安心させるような優しい声で言う。


「レイさんはどうしたい?」


「僕、は――」


「うん」


「僕は――」


 あなたを勝たせたい。でもそばにいたら勝てない。でもあなたの勝つ姿を見てみたい。


「ごめん、決めづらいんだよね」


 クードはしゃがむと、レイの両肩に手を置いた。


「レイさん、これはオレのお願いだ。次の試合とその次の五回戦目、両方一位取って地方戦を完全勝利して王都戦への切符を手に入れたら。オレのお願いをもう一つ聞いてほしい。とりあえずオレの条件なしの今のお願いは牧場にいてほしいんだ。オレ、不運なんかに負けない、運は良いから。絶対に勝つから」


 レイはクードを見つめ返す。彼の目は真剣だったが、急にヘラっと笑い出した。


「それに、親父と契約してるでしょ? オレのコーチ指導。オレだって、レイさんがコーチしてくれるって言うから、王都の高いコーチとか断ってここに来たんだ。だ、か、ら、途中解約はダーメ。解約したら解約金高いよ?」


「……なんか偉そうですね」


「へへ〜、偉いんだよ、オーナーの息子だからね。でも、オレはレイさんだからこそ、ここから先も見てもらいたいんだ。今さら嫌だよ、他の変なコーチつくの」


「僕のこと、変だと思ってたくせに」


「そ、それは最初だけ! 今は違うよっ、オレは――」


「えっ?」


 クードが慌てて口をつぐんだから、なんとなく聞き返してしまった。

 今の言葉の、その先は――。


「だぁっ! なんでもないっ! もう夜遅いからら、ほら帰るよ! レイさん、ラックルズに乗って!」


「え、ラックルズだって疲れてますよ!」


 ラックルズは返事をするように「キュイ!」と鳴いた。問題ない、と訴えるように。

 あれだけクードに懐いていなかったラックルズがまるでクードの言葉に合わせるように動き、自分とレイを背中に乗せると、またダッシュで牧場へと向かった。






 ラウチェレース四回戦目。レイはいつもの眼鏡を身に着け、二階の観覧席に座ってその様子を見ていた。ラックルズとその他のラウチェ達がいつのようにパドックを回ってから、ゲートイン。

 そしてスタート。四回戦目も、もちろんクードの勝利。サータは二位だった。


 そういえばガイアの一件以来、サータがマーチャード牧場に来なくなった。彼の親戚も牧場経営しているから、そこで練習しているのだろうが。四回戦目の試合前に会場で出会っても挨拶だけで会話はなく、終わった後もすぐにいなくなってしまった。

 ガイアとの勝負をする前にサータが言っていたことを思い出す。


『俺は二位ばかりでした』

『俺、レイさんが好きです』


 その後、ガイアとのレースでラウチェから落下しかけたり、そこをライバルであるクードに助けられたり。サータにとってプライドが傷つくことばかりだっただろう。それは自分の、オメガの不運のせいかもしれないと思うとサータには申し訳ない気持ちだ。


 ラウチェレースは楽しんで参加するもの……サータ、楽しんでいるのかな。


 五回戦目。地方戦最後。これが終われば王都戦に行けるがクードもサータも前のレースで上位キープをしているから負けても全然ポイント的には問題ない。

 でもルーキーカップ完全勝利を目指すクードは絶対に勝ちを目指す。何よりこの前の約束もあるから。


「サータさん」


 レイはレース前、会場の外にいたサータに近づき、声をかけた。


「あ、こんにちはレイさん」


 サータは穏やかに挨拶をしてくれた。しかしその表情は固めだ。


「サータさん、元気にしてますか」


 なんて話しかけたらいいのか、戸惑ってしまう。元から自分だって明るい性格をしているわけではないから。


「はい、元気です。最近は顔を出さずにすみません」


「いえ、サータさんの練習、大丈夫なんでしょうけど、大丈夫かなと思って。いえ、僕が口を出すことじゃないんですけど」


「練習は、してますよ。どうすればもっと強くなれるかなって考えてますけど、なかなか、ね。難しいものです」


 サータはだいぶ疲れの色も見える。無理して強くなろうと頑張りすぎているのかもしれない。


「サータさん、そこまで気負わなくてもレースは楽しんだ者が勝ちますよ」


 自分はずっとそうだったから。ラウチェに乗っている間はとにかく楽しんだ。結果、チャンピオンになれたのだ。


「レイさん、なんか変わりましたね。明るくなったような……クードと、なんかありましたかね」


「えっ、そう、ですか。特には変わりはないですが」


 胸の鼓動が“クードと何か”と言われた瞬間、はずんだのがわかった。なぜか動揺している自分がいる。別に本当に何かがあったわけじゃないけど、クードの優しさに助けられたことを思い出すと胸の中があたたかくなる。


「レイさん……」


 サータがレイの両手をギュッとつかんだ。目の前にサータの引き締まった身体が迫り、自分の髪にサータが顔をうずめたのがわかった。


「サ、サータさんっ!」


「俺、ずっとあいつの後ばかりくっついてる。嫌だ、そんなの。俺はあなたさえ、あいつに持っていかれちまうなんて……絶対、嫌だ」


 低い声、いつも温和なサータとは違う声。それだけサータが追い詰められているのを感じる。


「巻き返す、絶対、巻き返さなきゃ……すみません、レイさん。俺、行きます」


 サータは手を離すと、苦しげな表情のまま会場に向かっていった。


(……あのままではクードには勝てない。サータ、楽しんで、どうか)


 自分は大きくも影のある彼の背中を見送るしかできなかった。

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