第35話 一緒に
牧場のトラックをラックルズで颯爽と駆け抜けるクードの姿を見つめながら、頭の中にかつての想い人の姿を思い浮かべる。同じようにラウチェが大好きで、でも事故によって命を失ったあの人だ。
もしかしたらあの人の“一部”は本当に彼の中にあるのかもしれない。気になってガイアにたずねてみたけど、ガイアはフェルンの瞳を受け継いだ少年のこと以外は知らされていないのだという。
『もしそうだったら、どうする』
ガイアの問いに、自分は『どうもしないけど』と答えていた。それは可能性という話だけだから。
けれど、もし彼の中であの人が生きているなら、それはとても嬉しいことだ。嬉しくて悲しい、複雑。でもその動きを止めずにいてほしいと願う……どうか、ずっと。
「ふぅ〜、結構走ったな! ラックルズ、おつかれぇ」
クードはラックルズから降りると頭をなでながら水飲み場に連れていき、柄杓で水を飲ませていた。最初の頃は水を与えることもしなかったのに今では当たり前の動作となっている。
「レイさん、いよいよ明日出発だ。一緒に行くでしょ、もちろん」
クードは当然と言いたげに自信満々に笑った。
「残すは準決勝と決勝! もちろんオレなら大丈夫だけどさ! 一応はドキドキしてんだよ! オレしばらく眠れないかもっ」
「それは心配ないと思います」
冷静にツッコみを入れておく。王都滞在中もいつもクードは高いびきで眠っていたから。
クードは苦笑いで「だよねぇ」と言った後、ラックルズにも、くちばしで突っつかれてツッコまれていた。
「……サータからも手紙来てさ、無事に傷の状態も良いからレース出れるってさ、でも準備万端じゃないから自信ないって書いてあった」
「そうですね、でもレースはルーキーカップだけじゃありません。まだまだ活躍する場はありますからね」
ひとまずサータが復帰できて良かった。大好きなものをあきらめずに済んで本当に良かった。
その一方、自分は今の現状をあきらめようとしているのに。なかなか目の前の人物に引っ張り戻されて、あきらめることができない事態になっている。いい加減、決断しないといけないなんて思いながらも、こうして日々を過ごしている。
でも本当はずっとこうしていたいような気もする。クードと一緒に、このまま。
「ねぇ、レイさん、オレの提案なんだけどさぁ」
「なんですか」
「次の王都レース、アルグレーターに乗って見に行けば?」
驚きの提案に「は?」と短い返事。クードには本当によく驚かされる。
「アルグレーターは、だって――」
「レイさんなら乗れるでしょ。オレ、見たもん、夜にレイさんが走っているところ」
それは、牧場を去ろうとした時のことだ。確かに最後だと思ってアルグレーターに乗って走った。
でも彼にも話したはずだ。アルグレーターに乗れるのはフェルン・ミラーと――。
「わかってるよ、レイ・カミリヤさん」
あっ、と口が動き、とっさに口を手で覆ったがもう遅い。こんなにあっさりと公表することになるなんて。
(なんとなくバレてるかもと思ってはいたけど……やっぱりわかっていたか……そうだよね、サータにもバレていたし)
憧れのカミリヤ選手……それがこんな人物だとわかってクードは残念じゃないだろうかと気にかかる。
しかしクードは笑っている、嬉しそうに。
「レイ・カミリヤさん……ずっとそばにいたなんて思わなかったよ。オレの憧れ、大好きな人……やっぱりレイさん、すごい人だったんだな」
気まずくて唇を噛み締める。
「すごくなんか、ないです……僕は――」
引退したから、オメガだから、あきらめたから。そんな否定的なことを言おうとした時、ラックルズが頭を上げて「キュイイン!」と高い声を上げた。なんだ、と思ったらクードがケラケラ笑い出した。
「あははは、ほら、ラックルズがそれ以上は言うなだって! そんなことはさ、どうでもいいんだよ、レイさん!」
クードはラックルズの頭を「よくやったな」となでていた。
「全ては自分が決めることだ。やりたきゃやる、イヤなら逃げる。んでもって、いつかはやりたいことを見つけるとかさ。それでいいんじゃない? オレはやりたいから死にそうでもやり続ける。レイさんもやりたきゃやればいい、もう年で無理〜って思うならやめとけばいい」
「と、年って……」
さすがにそこは否定したくなる。まだそこまでヨボヨボじゃないと思っているとクードは親指を立ててグッドサインを出した。
「あは、ウソウソ。レイさん、まだまだ全然イケてるよ。だからレイさん、一緒に行こう? 一緒に頑張ってこう。大丈夫、この先何があったってオレが――」
クードがふっと言葉を止めた。何かと思い、首をかしげて彼を見つめる……オレが、なんだ?
「あ、えーと、なんでもない! まだ言わないって決めてるんだっ! あっ、そうだ、親父に呼ばれてたんだ、行かなきゃ!」
クードはわざとらしく言葉をまくしたてると、そそくさといなくなってしまった。思ったよりも呆気ない正体暴露になってしまい、なんだかなと拍子抜けしつつも、心の中では(ありがとう)とクードに感謝を述べていた。
彼なりに気を使ってくれたのだ、そんなことはどうでもいいと。そしてまた自分を無理矢理、先に進ませようとしてくれているのだ。
いつも強引だ。でもそれが嫌じゃないから自分も丸くなったなと思う。このままではいつになっても離れることができないのだけど。
もう少し、あと少し……と願ってしまう。
(王都か……アルグレーターに聞いてみるか)
王都まで歩いていく分にはアルグレーターも大丈夫だろう。むしろレースは今でも好きだから彼も見たいかもしれない。
(行こう、クード、一緒に――)
もう少しだけ。
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