第13話 アルファも泣いちゃう感動の出産

 帰りはのんびり会話している暇はなかった。荷物を持ったクードには悪いが全力ダッシュで牧場に戻らせてもらった。


 鳥舎に急ぐとサナミは柵の片隅でうずくまっていた。産気づいているのだ、息が荒い。クークーと喘鳴に似た低い鳴き声を上げ、痛みに耐えているようだ。

 今さっき買ってきた藁を柵内に敷き詰め、出産に備えた。ここまで来たら、あとはサナミの力で頑張ってもらうしかないのだ。


「頑張れ、サナミ……」


 自分は柵ごしにしゃがみ、クードも離れて後ろに立ち、その様子を静かに見守っている。

 出産はかなりの痛みが伴うという。あまりに苦しそうなその様子。ラウチェの出産に何度立ち会っても、いつもハラハラしてしまう。

 サナミはずっと苦しそうな声を上げ、曲げた脚に力を入れている。


「……大丈夫だよ、サナミ、大丈夫」


 苦しそうな声が何度も響く、聞いているだけでこちらもつらくなってくる。

 でもこれは病気じゃない、次の命につなげる行為なのだ。


「頑張れ……」


 サナミの声が「キュイイッ」と振り絞るようなものに変わる。脚は痛みに耐え、ジタバタと藁をかく。頑張れとしか言えないけど。とても歯がゆいけど……頑張れ。


 少しずつサナミの産道が開いてきたのか、水がもれてきた。破水というやつだ。

 破水の直後、産道から出てきたのは赤ちゃんを包む薄い膜。その中には小さな脚の先が膜に包まれている。それが先に出てくるとサナミの動きはそこで一旦止まり、再び「クークー」と低い声に変わる、一時的に陣痛が収まったのだろう、小休止だ。


 少しすると再びサナミが甲高い声を出した。少しずつ、少しずつ。膜に包まれた身体が押し出されていく。


「あと少しだ、頑張れ!」


 クードも後ろで「頑張れ」と小さくも力のある声で応援してくれている。

 あとは頭だけ、あと少しだ。


「キュイィィッ!」


 サナミが最後の鳴き声を上げた時、ズルッと頭が出て粘液状の水が出てきた。生まれ出るものが全て出てきたのだ。


 静かに柵の中へと入り、赤ちゃんの膜を手で取り除く。ベタベタの粘膜みたいなものだが、それが取れていくと目がまだ開いていない、羽毛が湿った赤ちゃんラウチェが姿を現した。


 赤ちゃんはまだ立つことはできないが、ゆっくりと身体をずらしていき、サナミの方に近寄る。母乳を求めているのだが、もう少し身体を移動させないとならない。


「ほら、もう少しだ、頑張れ」


 今度は赤ちゃんを応援する。

 赤ちゃんは、もたつきながら賢明にサナミの元に移動すると、サナミの羽毛に隠れたおっぱいを探し出し、赤ちゃんならではの柔らかいくちばしで吸いついた。


 もう大丈夫だ、よかった。落ち着いたら赤ちゃんも力が入るようになり、少しすれば立てるようになるだろう。サナミも休めば身体を動かせるようになる。


「サナミ、お疲れ様……」


 何度見ても赤ちゃんが生まれる光景は嬉しいものだ。もちろん元気な出産ばかりでなく、死産してしまったこともある。だから無事に生まれてくれると本当に嬉しい。

 ふと、後ろから鼻をすするような音がした。振り返ってみると、なんとクードが涙を流していた。その姿に目を見張る、クードも泣くんだ、と。


 クードは慌てて涙を拭うと「感動しちゃった」と言って笑っていた。その表情に自分の胸は高鳴った。こういうのを見て泣く人は心が優しい者なんだと、なんとなく自分の見解だけど、そう思っていたからだ。

 クード、あなたは、本当は――。






 サナミを見届け、全ての作業を終えた時にはすでに夕方になっていた。ずっと一緒だったクードは鳥舎を出たところで感想を述べた。


「こんな貴重な経験は滅多にできないよな。すごかった……」


 クードはまだ目をウルウルさせている。


「赤ちゃんは、あのままにして大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です。今日はサナミも疲れていて気が立っているから、今晩はあのまま二人だけにしておきます。他のラウチェからも距離を取って刺激しないようにしておけば明日には落ち着いて赤ちゃんも見れるようになります」


「へぇ、楽しみだな。触っちゃダメ?」


「まぁ……赤ちゃんに触りたい気持ちはわかりますけど触るのはもう少し後にしてあげてください。サナミが怒っちゃいますから」


「そうだよな、大事な子供だもんな」


 クードは素直に納得していた。今日は彼の意外性ばかりに驚かされる日だった。適当そうに見える面もあるけど、クードは他者に対する思いやりをたくさん持っている。

 優しい人なんだと感じた。


「オレもいつか自分の子供が生まれたら、あんなに大事にできるのかなぁ」


「――うぐっ」


 水分補給をしようとしたらクードが変なことを言い出すから。先程買った瓶の水を口に含んだところで吹き出してしまった。


「あははは、大丈夫? そんなに驚く〜?」


「驚いたというか……まぁ、ずいぶん先の話で」


「先のことでもわかんないじゃん。いつ、何が、どうなるか、なんてさ。オレだって素敵な出会いしたいし、いいパートナーにも巡り合いたいしさ」


 相変わらず、楽天的だ。でもクードなら、そうなれる気がするし、望む明るい未来へ進んでほしいと思う。


「そうですね。まぁ、レースに頑張って勝って有名になっていい人を見つけてください」


「おー、頑張るぞ! 見ててよ、レイさん」


「嫌ですよ」


 明るくて単純で笑えてくる。でも接していて嫌な気分にはならなくなっている……慣れちゃったのかな、この陽気さに。


 そういえば彼はアルファだから、ベータやオメガの性を持つ人とは男女問わず子供を作ることができる。ましてや相手がオメガだったら、その子供も確実にアルファの子供になる。アルファは能力に優れ、将来も有望だ。


(憧れのカミリヤとだったらクードは年上でも一緒になりたいと思ったりするのかな……いやいや、僕は何を考えてるんだ)


 変な考えに至ってしまった。考えを振り払おうと慌てて首を振っている自分を、クードは楽しそうに見て笑っていた。

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