【完結済】あきらめオメガは幸運をもたらさない…!?

第14話 さけられない体調不良

　ラウチェレース三回戦目。 全レース中、まだ折り返しにもきていないのだが。

　この日の自分の体調は――。

（最悪だ……）

　マーチャード牧場の端にはトレーナーやスタッフが詰める宿舎がある。部屋はそれほど広くはないが個室を使うことができ、結構快適に暮らすことができる。

　だがこの日、自分は朝日が差し込む自室で、椅子に腰をかけながら頭を抱えていた。

　体調が悪くなることは一ヶ月も前からわかっていた。毎回覚悟はしているが今回のようにひどいのは初めてだ。身体は重く、息が苦しい。頭の奥がズーンとしたままで、風邪を引いたような状態になっているが風邪ではない、抗えないもの。

（くっ……とりあえず、薬を）

　薬を飲めば少しは動けるようになるだろう、多めに飲もう。なんで今日に限ってこんなに症状が重いのだ。

（こんな状態なら、今日のレースを見るのはやめておくべきかな……）

　けれど全部で九回しかないルーキーチャンピオンを決めるための貴重なレース。久々に感じられる、あのレースの熱気、高揚感。走り去るラウチェによって起こされる砂を帯びた風……どうしようもない体調でも、その機会を失いたくはない。この目で見て、肌で風を感じたい。

　今日はクード達には先にレース会場に向かってもらい、自分は後から行った。といってもこの調子で一般席に向かうわけにはいかず、なるべく人混みを避けながらパドックに向かった。牧場の関係者ということで特別観覧席に入ることが可能という許可を、マーチャードさんにもらったから。

（今日はここから見せてもらおう。ここだったら他に人がいないから）

　レース開始前のパドックではレーサーはラウチェに騎乗し、今日のラウチェの調子を観客にアピールしている。堂々と、かつゆっくりと、ラウチェを扱う姿は見る者に安心感を与え、あのレーサーなら勝てると信頼を得ることができるのだ。

　パドックにはレース用のメットをかぶり、スタンバイ済みのクードとサータの姿もあった。二人とも堂々としている。クードはファンサービスで黄色い声援に手を振って応えたりしているのが、さすがだなと思う。

（全く、そんな余裕があっていいな）

　視線を向けているとクードがこちらに気づき、手を挙げた。だが自分の様子を見て何か違和感があったのか、メットの下半分から見える口が驚いたように半開きになった。

（……バレたかな）

　クードも変な勘が働く時がある。体調が悪いの、見抜かれたかな。平静を装ってはいるつもりだが。

「レイさん？」

　ふと、名前が呼ばれた。

　いつの間にか、サータが目の前に来ていた。彼はラウチェにまたがり、目線が高い位置のまま、柵ごしに自分に話しかけている。こうして一人に対してのファンサービスは、あまりよろしくないのだが。

「サータ、何してるんですか、僕じゃなくて周りに見せないと」

「だってレイさん、その様子――」

「だ、大丈夫ですよ、ちょっと今日は風邪っぽいだけです。そんなに心配するほどのことじゃないですよ」

　自分にとっては定期的にやってくる体調の悪さで問題はないのだが、察しの良いサータはやはり引っかかっているようだ。早く戻るように促すと、やっとパドックの中心に戻っていった。

（本当に、サータは鋭いんだから……）

　ずっと頭はボーッとしている。パドック上のラウチェを見ていたら、いつの間にかファンファーレが鳴り、レースが開始していた。

　レース展開はいつも通りだ。ラックルズが先頭に出て、その後ろをサータのラウチェが追っている。

　やはりあの二人はぶっちぎりで優勢だ。さすが自分が見てるだけある、なんて……いや、それは特に関係はない。あの二人に才能があるのだ。うらやましいなと思う、輝いている。

　二人はあっという間にゴールだったが、また一番はクードだった。サータもいい線いっているのだが、どうしてもクードに一歩及ばない。

（少しサータの技術を見直してあげてみるか……でも今日はもうダメだ）

　今から表彰台に上がる二人には悪いが、先に牧場に帰ろう。熱のこもったネックウォーマーをパタパタさせて風を送りながらレース会場を後にした。

　だが予想以上身体がきつくなり、数分歩くのがやっとだった。

（ダメだ、動けない）

　牧場へ帰る道中、木陰の下で休むことにした。苦しい、どうして今日はこんなに苦しいのだ。症状が重くて薬を多めに飲んだから余計にダメになったんだろうか。

　意識が朦朧としていた。何も考えられない。自ずと目を閉じ、身体の回復を待った。

（な、なんだ……）

　それからどれぐらい休んだだろうか。何がなんだかわからなかったが自分の身体が勝手に動かされている。誰かに抱えられたように身体が軽々と持ち上げられたような気がする。

（なに、が……）

　意識がはっきりしない中、何が起きているのかと思い、重いまぶたをこじ開けた。

　そこは歩いていた時よりも数段目線が高い位置。力をなくして垂れていた腕に当たる羽毛がふわりと柔らかい。

　そう、自分はラウチェの背に座っている。乗った位置から見えるラウチェの後ろ頭には見覚えがある。

　そして自分の後ろにはたくましい腕で肩と背中を支え、騎乗したラウチェから落ちないようにしてくれている者がいる。レースが終わったばかりだから、軽くくっついた身体からは汗の匂いがする。でも洗剤の清潔感のある匂いも感じられ、不快感はない。

「レイさん」

　この声は――。