第12話 意外だらけのアルファ

 その後、市場の出店を何箇所か転々とし、必要な物品を揃えると。その荷物は「オレが持つよ」と言ってクードが全部持ってくれた。

 現在、彼の腕には大きな布袋が二つ、藁の束を一つ抱えられている。自分だったら持つのもやっとな量だがクードは「まだ余裕だからまかせて」と荷物を上げ下げして隣を歩いている。


「い、いいですよ、一つ持ちますよ」


「いいから、いいから。レイさん、まだ必要なもんあるんでしょ」


「あと少し、ですけど」


 さすがに申し訳なくなってくる。クードは一応上司の息子という立場なんだけど。


「でもいつもはレイさんがこういうの抱えて市場から牧場に持ってきてくれてるんでしょ」


「大きなものは配達で定期的に頼んだりもしていますけど。今回はサナミの出産もあるから臨時で必要だったんですよ」


「そっか、それでもレイさんがこうやって必要な道具を揃えてラウチェの体調を万全にしてくれてるから、オレは安心して気楽に走れるんだよな」


 藁の束をよいしょと抱え直し、クードは笑っている。なんだか今日のクードはちょっと変だ、気づかいが見えすぎる。

 こちらまで彼に対する考え方が変になってしまいそうだ。


「……クードさん、あとはすぐそこの店で小物を買うだけなので、そこのベンチで座っていていいですよ」


 訪れた場所は人々の憩う広場で休憩用のベンチが並んでいる。ベンチの空いている場所を指し示すとクードは「わかった」と言ってそこに向かった。


 なんだろう、なんでクードは優しいんだろう。やはり何か企んでいるんじゃないか。そう考えてしまう自分の性格の悪さが嫌になる。

 クードは何かを企むほど汚い性格はしていない、これは優しさなんだ、単純に。だからあまり疑うな、自分。


 広場に並んだ出店で必要な物を買い、クードの元に戻ろうとしたら、いい匂いがした。今用事を済ませた出店の隣を見てみれば、紙に包まれたパンの間に野菜や肉を挟んだサンドイッチが売られていた。


(……クードさん、食べるかな、おいしそうだけど)


 食べなかったらそれでいいか。そう思い、それを二つ買った。水分用に瓶に入った水も二本。別に必要な物だけ買ってすぐ帰ればいいのに。食べ物なんか買ったら、まだそこにいることになっちゃうじゃないか。


(何やってんだろ、らしくない)


 そんな思いに悶々としつつクードの元に戻ると、彼の座るベンチの周囲を三人の女性達が囲んでいた。


「レース会場で見たことがあると思ったんです! マーチャード選手、ホント、かっこよかったです!」


 ホントホントと他の女性の声も同意し、はしゃいでいる。どうやらレース会場でクードの姿を見て覚えていたらしく、あらためて出会えたことを喜んでいるようだ。クードもまんざらではない顔をしている。

 ……そうだな、クードも少しずつ知名度が上がっている。元から容姿が目立つのもあるけれど。こんなふうにモテるのも、レーサーさまさまというところだ。


「あっ、レイさ~ん!」


 クードはこちらに気づくと立ち上がり、女性達の間を通って移動してきた。

 ……まだゆっくりしていればいいのに、なんでこっちに?


「あれ、レイさん、サンドイッチなんて買ってきてくれたの?」


 クードがちょっとわざとらしく大きな声を出している。もしかしたら女性達から抜け出す口実が欲しいのではと思い、レイは調子を合わせた。


「はい。お腹すいたかなと思って」


 クードは紙に包まれたサンドイッチを受け取り「やった!」と満面の笑みだ。そのわざとらしさがちょっと笑える。


「悪いね。お姉さん達! オレ達、今からご飯食べるから、話はまた今度でね!」


 残念そうな女性達だったがクードに促され、去っていく。その時、さり気なく振り返った女性達が自分を見てささやくように笑っていたのをレイは見逃さなかった。


「……ずいぶん変わった人を連れてるのね」


「マーチャード選手のお友達かしら」


 聞こえているよ、と思ったが。まぁいい、そんなの慣れているから。

 ……なんだか疲れてしまった。


 クードとベンチに座り、二人でサンドイッチを頬張る。クードは「うまいこれ!」と満足そうだ。その姿は悩みなんかなさそうでうらやましい、若いから希望にあふれている。クードの見る未来はきっとキラキラしているのだろう。


「ねぇ、レイさん聞きたかったんだけどさ」


 口をモグモグ動かしながら聞いてくるクードを見て、またカミリヤ選手のことだろうなと思った――その途端、ちょっとだけ気持ちが沈みかけたのだが。


「レイさんはなんでレーサーになりたかったの? レイさんみたいに落ち着いていてもやっぱり有名になりたいって気持ちはあるの?」


 クードが口にしたのはカミリヤ選手のことじゃなく、自分のこと。それが意外すぎてサンドイッチを落としそうになった。


「僕の理由なんか大したことないですよ、やめてしまったし」


「まぁ、やめちゃったのは色々理由があるんでしょ? そこまでは聞かないけど、なりたかった理由くらい教えてよ。やっぱりラウチェが好きだから?」


 やめた理由を聞いてこないところが優しい、気がする。そうだな、やめた理由は言いたくないけど。レーサーになりたかった理由なら。


「一番になりたかった、から、ですかね」


 そう答えるとクードが「へぇ〜」と嬉しそうな声を上げた。


「レイさんでも一番になりたいとかあるんだ。あんまりそういう競争心とかレイさんなさそうだったから」


「レーサーになれば誰だって一番になりたいですよ。ラウチェで走るのは気持ち良いですし。最高のコンディション、最高の速度で、ラウチェレーサーは高みを目指すものです」


「確かになぁ、ラウチェレースは気持ち良いし楽しいからな!」


 クードは楽しそうに話している。そんな様子を見ていたら、こっちも聞いてみたい気持ちになった。


「……クードさんのレーサーを目指した理由はなんですか」


「オレ? オレはね、カミリヤ選手みたいになりたかったから」


 その言葉に胸がグッとしめつけられた


「オレが初めてカミリヤ選手を見たのは十歳の頃だ、ちょうど十年前にレース見に行ってさ。カミリヤ選手がチャンピオンになったばかりだったんだよ。やっぱりすげぇ、かっこよかったんだ。あのアルグレーターに乗って颯爽と走る姿。メットかぶってたから顔は見えなかったけど一度でいいから顔、ちゃんと見てみたかったな」


「そう、なんですか。でもカミリヤ選手がマーチャードさんの知り合いだったなら会う機会もあったんじゃないですか?」


「まぁね、その頃のオレが元気だったらそのチャンスもあったかもしんないけど」


「元気じゃ、なかったんですか?」


 クードが「そうそう」とうなずく。彼が元気がなかったなんて、これまた意外すぎる。


「オレ、こう見えても結構デリケートなのよ、あはは」


 そんな話をしていたら、サンドイッチはいつの間にか食べ終わっていた。帰り道でも色々クードの話を聞いてみようかと思ったが。


「はぁ、いたいた! レイさんっ!」


 誰かの声がした。見ればそこにいたのは牧場のスタッフだった。牧場から走って来たのか、息切れしている。


「レイさん、サナミがっ!」

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