第9話 やっぱりアルファは成長早い

 ラウチェレース二回戦目。今回はマーチャード牧場からクードと一緒にサータも共にやってきた。会場の盛り上がりは前回と変わりないが、この二人と並んで歩いていると思うことがある。


 それは、この二人がやたらと人の目を引くということだ。特にラウチェレースファンの女性達の視線が二人にくぎづけなのがわかる。


(確かに……いつも近くにいるから、なんとも思わないけど)


 客観的に見てみると。二人とも、とても目立つ存在だなと思う。

『今年のルーキーカップ参加レーサーは今後も期待大! 見た目も華々しい王子様コンビ!』みたいな広告塔が似合いそうだ。

 お調子者のクードはそんなファンの視線に手を挙げて応えており、一方のサータは控えめに会釈をしている。


 そしてそんな二人の横にいるのはこの自分だ。道を行くファンは二人を見た後に自分を見て驚いた顔をしている。それもそうだ、この二人と違って自分は異様に見えるだろう。今さらそんなこと気にしないけど。


 そういえばアルファというのは見た目が整った者が多いという。その反対であるオメガも見た目はきれいな者が多いらしい、そこはよくわからないけど。


「こうやって人の視線が集まるのって悪い気しないよなぁ、モテモテじゃん」


 クードがまた調子の良いことを言っている。


「そんなこと言ってると今回のレースはビリになるよ」


 サータの冷静なツッコミに、クードは「そんなわけないだろ」と豪語し、隣を歩くラックルズの首をポンポンと叩いた。


「今回はオレとラックルズの相性バッチリだからな。前回同様一位はオレだよ」


 クードとサータは視線をぶつけ、笑い合っている。それを見ていると(この二人はいい好敵手だな)と、レイはひそかに笑った。


「昔、カミリヤ選手もこうやって歩いたんだろうな」


 クードが周りを見ながら感慨深げにつぶやいている。

 しかし、次には全く別のことをサータに向かって口走っていた。


「カミリヤ選手ってさ。やっぱりアルファなんだよな、じゃなきゃあんなに活躍なんてできないよな」


 クードはまたアルファにこだわっていた。彼にとっては、そこがステータスだったりするのだろうか。


「うーん、そこは知らないけど。でもカミリヤ選手、体格はそんなに大きくなくて小柄だったでしょ。俺達もだけどアルファって大体、体格良くない?」


「ウソー? でも見た目はすげぇきれいだったって言うじゃん。オレはレースのメットかぶっている姿しか見たことないけどさ。もしかしてカミリヤ選手ってオメガだったりして……いや、まさかな」


 クードの発した“まさか”はどっちの意味を示すのだろう。驚きなのか、それともがっかりなのか。カミリヤ選手がオメガだったらクードにとっては幻滅でしかないのだろうか。

 所詮、クードみたいな陽気な者の考えでも、アルファとオメガの天秤はアルファが上に傾き、オメガは劣悪でしかないのだろうか。


(そんな考えでいいんですか、クードさん……)


 アルファの人にはわからないだろう、カミリヤ選手の苦しみは。

 レイが視線を伏せているとサータが「ほらほら」と急かす声がした。


「クード、そんなこと気にしてる場合じゃないって」


「へいへい、お前もだろ」


 サータがクードを会場へと急がせた。クードが先に歩いたのを見届けてから、サータはレイの方を振り返り、口を開く。


「この世界にはアルファとかオメガとか、第二の性なんてありますけど、そんなの関係ないですよね。その人が頑張った分だけ成果が出る、努力次第でどんなことでもできる。そんな風になれば、いいのにね……ね、レイさん」


 サータは意味深に言うとクードの後を追っていた。


(なんで……あんなことを)


 レイは首を覆うネックウォーマーをしっかりあごが隠れるぐらいまで上げると、気持ちを落ち着かせるためにゆっくり息を吐いた。


 サータの言葉に自分は何も返せなかった。サータが何をどこまで知っているのかわからないが……自分のことを全部知られているようで怖くなってきた。彼の青い瞳が自分を見透かすようで。再度、彼の前にいる時は言動に気を付けようと思った。


 今回はパドックまでは入らず、一般の観客席で観戦することにした。高い位置からぐるっと円形のレースコースを全体を見下ろせる場所だ。パドック近くの観覧席から比べるとレーサーが小さく見えるが、しっかりした体格の二人の姿はメットをかぶっていてもよくわかる。


 コース内には十頭のラウチェがいる。それぞれが落ち着いた様子でレーサーを騎乗させてパドックを闊歩し、やがてゲートインする。


 二回戦目のファンファーレが鳴る。まだ一回戦目と同じ曲調だ。トランペットの音にラウチェが一瞬ビクッとしている。これが五回戦目を迎える頃にはみんな堂々としており、ラウチェも成長しているのを感じられるのだ。


 ファンファーレが終わると会場内が無音になる。全ての人が見守る中、ゲートが一気に音を立てて開いた。十頭のラウチェが土を蹴り上げ、一斉に飛び出す。前回は初心者だったラウチェとレーサーも多いが、二回目になるとそこそこ動けるようになる者、まだぎこちない者と分かれてくる。自分が見ている二人は“かなり”動ける部類に入る二人だ。


 トップは逃げ足の速いラックルズ。その後ろをサータのラウチェが追っている。前回と違うのはクードがラックルズのペースを乱さないよう、手綱をむやみに引かないでいること。今はラックルズに任せているが、その時がきたら鞭を入れてスピードアップを図るだろう。


(二回目なのに、もうレースに順応できている)


 さすがというべきか、一ヶ月でここまでできるとは上達が本当に早い。サータも負けてはいないのだが、クードと比べればほんの少しだけ引けを取る。でも大差ないぐらいだ。


(なんだかんだですごいよな。あれで性格がもうちょっと真面目で向上心に溢れていたなら……それなら本当にチャンピオンを狙えるかもしれない)


 そうも思うが、そこまでの考えを伝えるのはまだよしておこう。簡単に塗り替えられても困る。少しはレースの厳しさを勉強してもらった方がいいだろう。


『先頭はマーチャード選手! 二番手はフレイア選手! 前回同様ぴったりとマーチャード選手の後ろをついています!』


 最後の直線に迫った。実況に熱が入り、観客が歓声を上げる。

 クードは一発、ラックルズに鞭を入れた。しかし、それだけだった。後はラックルズに身を任せている。メットの下半分に見えるその表情には不安もなく、ラックルズを信じて笑みを浮かべている。


(なんて楽しそうな顔をしているんだ……)


 あんな表情はラウチェを信頼して、レースを楽しんでいなければ出せない。他の選手は、サータでさえ、歯を食いしばって必死なのに。

 ラックルズはクードにレースを任されたのが気持ち良いのか、そのままグングンとスピードが乗っていく。大きな脚が大きく素早く動き、力強く地を蹴っている。


 ラックルズも楽しんでいる。レース上から砂煙が上がる。

 ゴールが近い……行ける! 余裕だ!


『一位は今回もマーチャード選手ーっ! 余裕の勝利です!』


 今回の動きはとても良かったと感心せざるを得なかった。

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