第8話 絶対に乗れないラウチェ

 アルグレーターは年齢十二歳。ラウチェの寿命は十五年ほどと言われているので高齢にあたる、おじいちゃんラウチェだ。

 それでも元気も食欲もまだまだあり、レースには出ないが今でも牧場内を走り回ったりしている。


 カミリヤは専門学校時代からこのラウチェに乗り、ルーキーカップ完全制覇チャンピオンとなり、それ以降もアルグレーターに乗って多くの優勝を飾ってきた。


 アルグレーターが他のラウチェと違うところは身体が少しだけ大きいこと。あと七色の尾が孔雀の尾のようにとてもきれいで長いこと。高齢でありながら見た目は今でも非常に美しいラウチェなのだ。


「一回でいいから乗ってみたいんだけどなぁ」


 柵の中に入ったアルグレーターをキラキラした目で見つめ、クードがしつこくつぶやいている。


「だからダメです、彼には乗せられません」


「えー、今のオレだったら、もう乗れそうじゃない」


 この質問は何度も答えているのに、クードもあきらめが悪すぎる。

 気持ちはわからないでもない。クードにとって憧れのカミリヤが乗っていたラウチェだ。これまでも他のレーサーやカミリヤのファン、多くの人物が乗ってみたいと願い出たが、その度に全て断っている。


「何度も言ってるでしょう。この子はカミリヤ選手と彼が懇意にしていたもう一人の選手しか乗れないんです。他の人が乗ろうとするとアルグレーターは大暴れして乗っていた人に怪我をさせてしまうんです」


 気性が荒いわけではない。この子はとても落ち着きのあるいい子だ。

 しかし乗る人へのこだわりはものすごく強く、心に決めた人しか絶対に乗せないのだ。


「だからあきらめてください」


「そんなぁ……」


 アルグレーターは残念そうに頭を下に向けるクードを一瞥し、すぐ視線をそらした。その態度だけでわかる。アルグレーターはクードに全く心を許していないことが。


「どうにかして乗れないかなぁ」


「ダメです」


 そうこうしているとサータもやってきた。若者二人はアルグレーターを見上げながら、感嘆の息をもらしていた。


「こんなに立派なラウチェ、他にはいないよね。選ばれた人だけが乗れるって感じがする」


 サータも惚れ惚れとしている。それぐらいにアルグレーターは魅力的なのだ。


「レイさん、カミリヤ選手が懇意にされていた、もう一人の人物って、どなたなんですか?」


「あ、あぁ、それは……」


 その人物について答えていいものか一瞬迷ったが言っても問題はないかな、と思い直す。口にするのは胸が痛くなる名前……それでも忘れてはほしくない、カミリヤの大事な人。


「……ミラー選手です、フェルン・ミラー」


 その言葉だけで、サータは「あっ」と驚いていた。その人物のことを、すぐに察したようだ。


「その選手は五年前に亡くなった……確かレース中の事故でしたよね?」


 そう、その通りだ。大型の動物に乗るのだからラウチェレーサーには危険もある。レース中に亡くなることも、もちろんあるのだ。


「よく知っていますね。そう、カミリヤ選手のライバルだった人物です。優しくて頑張り屋な、いい人でした」


「レイさんもお知り合いだったんですね……」


 その問いに返事はせず、微笑で返した。

 知っている、よく知っている、フェルン……笑顔が素敵で、水色の瞳がきれいな人だった。あの笑顔を思い出すと懐かしく、そして悲しくなる。もう絶対に会えないという事実が胸を突き刺すのだ、思い出すたびに、話す声が震えそうだ。


「うわわわっ!」


 突然、慌てる声が聞こえた、クードだ。

 見れば彼はアルグレーターの柵の内側に入っており、怒って片脚を上げたアルグレーターに踏みつぶされそうになっていた。


「何やってるんですか!?」


 対人にとても敏感なアルグレーターは自分のテリトリーに心許した者以外が入ると攻撃を加える。怪我で済めばいいが、下手したら――。


「クードッ!」


 柵の中に飛び込み、クードとアルグレーターの間に割って入る。アルグレーターは今にも脚を下ろそうとしていた瞬間だ、そんな彼に向かって自分は無意識に手をかざしていた。


「アルグレーター、ダメだよっ!」


 興奮していたアルグレーターは自分の声を聞き、すぐに脚を下ろした。


「キュイィィ……」


 もちろん怒った声を出していた。アルグレーターは本当に敏感なのだ。

 大丈夫だから、と声をかけると。やがてそっぽを向いて牧場の奥へと消えていった。


「ふぅ……」


 危なかった。アルグレーターが“また”他者を傷つけてしまうところだった。まだまだ元気がある証拠でもあるのだが、人間を襲う点は気をつけてあげなければ。


(いや、問題があるのは……)


 自分の忠告を無視した男だ。自分が振り返り、目が合った瞬間に肩をビクつかせた男を、目を細めて睨みつける。

 さすがの彼も神妙な顔で「ごめん」と頭を下げた。


「……全く」


 クードを柵の外に出してから、また言いたくもない小言をグチグチと言うハメになった。


「これでわかったでしょう? アルグレーターはとても気難しいラウチェです。乗ることは不可能です。誰の言うことも聞かないのだから」


「でもレイさんの言うことは聞いてましたね、さすがレイさん」


 サータの言葉に反射的に顔を上げていた。青い瞳は自分の何かを見透かそうとしているかのように真っ直ぐすぎて、見ていられなくて。自分はとっさに目をそらした。


「……それは、世話をずっとしているからです、それだけです」


「そうですか」


 サータは何やら言いたげだ。だけど、その件に関して、これ以上自分から言えることはない。

 ……言っちゃいけないんだ。


「……一頭のラウチェがレースできる年数は大体長くて十年。よってレーサーが乗れるラウチェは、レーサーをやる年数にもよりますが、一頭から三頭がいいところです。そのうちの一頭を二人ともパートナーとしているんですから、大事にしてあげてください。特にクードさん、他のラウチェに浮気するとラックルズが怒ります。二回戦も近いんですから気を抜かないでください」


「わ、わかった」


 クードの返事を聞き、自分は足早にその場を後にした。


(やばかったな……)


 自分の気持ちが焦っている。サータには変なことは言えない。あの子は勘が鋭いところがある。こちらのことを全て見抜かれそうになる。


「気をつけなきゃ……」


 胸を押さえ、深呼吸をする。

 バレてはいけないのだ。

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