第29話 知らない場所でつながる生
ガイアに連れられた先は小さい子供達が集まる公園だった。遊具で遊んでいる最中の子供達、その中の一人がガイアを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あっ! ガイアさん、こんにちは! 今日も遊んでくれるのー?」
十歳ぐらいだろうか、金髪の元気な男の子だ。ガイアを見るなり、パタパタと駆け寄ってくる姿はガイアになついていることがすごくよくわかる。というより仏頂面のガイアが子供の相手をしているのもとても意外だ。
ふとガイアを見てみると……彼はこちらが目を見張るぐらいの笑みを浮かべていて、失礼だが長年の友人としても少々ギョッとしてしまった。
「今日は俺の友達も連れてきた」
そう言われ、男の子の視線がこちらを向く。透き通ったきれいな水色の瞳。それを見た途端、どこかなつかしさを感じた。
「あ、えっと、初めまして、レイです」
「レイさんっ! 眼鏡すごいねっ!」
子供にも指摘されてしまった。わかっているけど。
「でも髪がすごくきれいっ! 僕と同じ金色だね、かわいいっ」
無邪気な発言、でも子供の発言に嘘はない。正直な感想に笑って「ありがとう」と返すと「レイさん、いっしょにあそぼ!」と手を引っ張られた。
早速、公園の中心に連れて行かれ、鬼ごっこをすることになった。男の子は他の子達にも声をかけ、公園内は鬼ごっこの大イベントに発展。じゃんけんをしたらガイアが負けて鬼をやったが、無表情でガタイの良い彼に追いかけられるのは、そこそこ怖いものがある。でも子供達の走りにちゃんと手加減していた。
次のじゃんけんでは自分が負けた。鬼ごっこなんて子供の時以来だ。普段ラウチェのことばかりで人の子の相手なんてしたことがない。
「レイさーん、こっちこっち!」
「鬼さん、おいでー」
ラウチェなら負けない、でも自分の足で走るというのはなんて大変なんだろう、自分の運動不足を思い知らされる。
「がんばれ、レイさん!」
「いけいけー」
それでも子供達が応援してくれると気持ちがはずんだ。子供達を無我夢中で追いかけ、息が切れながらも走ってしまう。
ふとガイアを見ると彼は腕組みして監督していたが、子供達がいる前だからか、その表情はいつになく穏やかで見守っている保護者みたいだ。
それから小一時間は走っただろうか、体力の限界がきていた。
「お疲れさん」
「はぁはぁ、ガイア、も……って、ガイアは余裕か」
「お前は体力つけないとだな」
ごもっともです、ラウチェに乗って楽ばかりしていたらダメだと痛感です。
それでも楽しくて、前かがみで笑っていると「いいもんだろう」とガイアが言った。
「……そうだね、楽しい」
疲れるけど、ただ鬼ごっこをしただけだけど。夢中になるのは楽しい。
「レイ、さっきの男の子、何か感じたか?」
「さっきの男の子? 金髪の?」
ガイアが不思議なことを言い出す。視線を男の子に向けてみると、彼はまだ元気に走り回っている。
「そうだね、なんか、なつかしいというか……不思議な感じはしたけど」
「あの子は数年前に手術を受けた。角膜だが、視力がほぼ見えなかったんだ」
「そうなんだ……」
今ではあんなに疲れ知らずで走り回っている男の子がそんな状態だったとは。目が見えなかったのはきっとつらかったと思う。
「角膜手術にはドナーが必要だった。そのドナーが現れたのは今から五年前だ」
「五年前……」
自分にとって色々なことがありすぎた年、全てを失った年、何もかもどうでもいいとあきらめた時間が始まった年だ。
男の子の様子を今一度じっくりと眺める。自分と同じ金髪、子供特有の細い身体、はじける笑顔、綺麗な瞳。
あのなつかしい感じは、まさか。
呆然としていると、ガイアが口を開いた。
「角膜自体は透明で色はないんだ。瞳の色は本人のものだからな。だがお前はなつかしいと感じたんだろう。その気持ちは間違ってはいない」
「そ、そういう情報って明かされないんじゃないの?」
胸がしめつけられる気持ちで公園内を笑顔で走り続ける男の子を見つめる。男の子は止まることなく、駆け、笑い、その目に映るものを楽しんでいるようだ。
「俺は知り合いに病院関係者がいるから内緒で教えてもらったんだ……お前には伝えておきたいと思った。お前の知らない場所で、あいつに救われた命がたくさんあるということを。そう思うとあいつの死は無駄じゃない。お前も止まっている場合じゃないだろう?」
その言葉を聞いた途端、記憶の中にいるフェルンが『そうだよ!』と笑った気がした。
『走り続けなきゃダメだよ! 負けたらジュースおごらせるよ! 君はレイ・カミリヤ! ルーキーカップ制覇チャンピオンなんだからね!』
目の前にはフェルンのおかげで駆け抜ける命がある。なんてことだろう、ずっとフェルンの死をただ悲しんで自分は止まっていたけど。
「ガイア……フェルンのおかげで輝いた命、たくさんあるんだね……?」
「あぁ」
「そうか……」
それならば良かった、そう思える。
「だからお前も、前に進んで欲しいと思う。お前が輝けるように……なぁレイ、一つ聞きたいことがある……お前は、あの男をどう思っているんだ」
あの男。そう言われ、頭の中に浮かぶのは常にふざけてばかり、でも時に強気に物事を推し進める、あいつだ。
「どうって……僕はコーチしているだけだ。それ以上は望まない。ルーキーカップが終わったら、もう会うことは――」
「望んでも、いいんじゃないか? きっと輝かせてくれる、あいつなら」
目を見開き、ガイアを見る。
ガイアはうなずいた後、走る子供達に視線を向けながら「本当はその役は俺がやりたかったがな」と言った。そんな彼にならい、自分も子供達を見る。あの小さな身体には大きな夢が詰まっている。たとえ絶望していても何かのきっかけで輝くことができるのだ。
あのクードのように。
「けれどそれでいい」
ガイアは己に言い聞かせるようにつぶやき、笑みを浮かべていた。
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