第33話 オメガは狙われる
目の前で何が起きたのか、瞬時に理解できなかった。さっきまで明るい笑顔を見せていたサータが地に倒れ、額から血を流してうめいていて。サータが手で地面をかきながら「逃げて――」と、かすれた声を出していて。
「サータ……」
目の前には知らない男が数人現れ、一人の男の手にはサータを殴った金属棒が握られていた。
「あんた、オメガなんだろ? 昨日、レース会場で見かけた時は変な眼鏡かけてたから怪しかったけど、その綺麗さは間違いない、オメガだ」
「最近はめっきり目立たなくなったからなぁ、オメガが欲しいっていう金持ちはたくさんいるのに肝心のオメガが隠れていやがるから、なかなか良いカネがもらえなくてよ。でも助かったわ、あんたのおかげでカネがたくさんもらえる」
男達は気味の悪い笑みを浮かべ、自分を取り囲む。オメガは狙われるという代表的な理由だ、人身売買は。
サータの容態が気になるが、とりあえずこの状況をなんとかしなければ。できるだけ平静を装い、男達を見据えた。
「僕は番がいるオメガです、価値はないですよ」
男達は互いに目を合わせた。
「あらら、そうなのか。でも身体は問題ねぇんだろ」
「あぁ、番がいても身体は使えるって。子供ができるかは知らねぇけどな」
「まぁ、金持ちは性欲処理できれば問題ねぇんだろ」
「っていうわけだ、問題ないってさ」
なんてゲスな考えだ。最悪だ、最悪だ……! だから目立つわけにいかなかった。大事な時期のサータも巻き込んでしまった。無理やりにでもこの場から逃げることはできるが、倒れたサータを置いてはいけない。
「なぁなぁ、このオメガ、あのマーチャード商会の坊っちゃんに溺愛されてんだろ? 売る前に声かけておどせば、さらにカネ手に入りそうじゃね?」
「それはいいな! マーチャードったら金持ちの代表格だもんな」
汚いヤツらだ。これではクードにまで迷惑をかけてしまう。
「マーチャードさんは関係ない。僕は一従業員にすぎない!」
「一従業員に対してあんな情熱的な抱擁ができ――」
男が何かを言いかけた時、ふわっと不思議な風を感じた。
「そうだよ、その人はオレの大切な人だっ! だからお前らなんかに触れてもらっちゃあ困るんだよっ!」
どこからか周囲の男達のものではない声がした。不意に聞こえた声に動揺した男達は「なんだ」と辺りを見回す。
すると地を揺るがすようなすごい足音が聞こえ、それがこちらに向かってきたかと思えば――目の前に虹色の羽がブワッと広がった。
「ぎゃあぁぁ!」
男達が悲鳴を上げ、散らばろうとする。だがものすごい勢いで現れた物体に軽々とはじき飛ばされていた。
「な、なんだぁ⁉」
目の前に現れた物体は頭に硬そうな兜をかぶり、身体に甲冑をつけているが、まぎれもない“彼”のラウチェ、ラックルズだった。
ラックルズは頭の毛を逆立て、怒り心頭といった感じで「キュイィィ!」と鳴き声を上げ、再びタックルで男達をなぎ倒していく。
その背中には主である“彼”もいた。
「おらおらぉ、いけぇラックルズ! 悪いヤツらなんか、ぶっ飛ばしちまえ!」
ラックルズは同意したように鳴き声を上げながらガンガン男達にぶつかる。この国ではラウチェに甲冑をつけた騎兵隊も存在するから、ラックルズが身に着けているのは多分それだ。元から力と素早さのあるラウチェがさらに硬さを持ったら手に負えない相手になるだろう。
男達はラックルズに蹴散らされ、クードがあらかじめ呼んでおいたのか、現れた王都の警備員達に連行されていった。
それと同時にサータは救急で運ばれ、病院へと運ばれた。
「ラックルズがさ、呼びに来たんだよ、オレを」
病院の待合室で、クードがソファーに座りながら言った。自分もその隣に座り「そうですか」と小さく返事をする。
そう言われればサータとレースをした後、いつの間にかラックルズの姿がなくなっていた。怪しい空気を察してクードを探しに行っていたのだろう、賢い子だ、でもサータが――。
申し訳なくて震える息をゆっくりと吐くと。
「レイさん……命には別状ないって言ってたじゃん。大丈夫だよ」
「はい……」
そう、サータは命に別状はないと診察で言われたが、頭を殴られたということで念のための検査を受けている。
「……サータさん、助かって、よかったです」
命は助かった。でもレースが……命が優先なのはわかっているが、サータにとってはレースも大事だと思う……全て、自分がいたからだ。
「違うよ、レイさん」
心の中で嘆いた言葉だったのに。それに反応するようにクードは言葉を返した。
「レイさんのせいじゃない。その、オレも調子に乗っちゃったから……レイさんを目立たせる行動をしたせいだってのは謝る、ごめん」
無理やり口角を上げ、静かに首を振る。クードのせいじゃない。これはオメガの不運だからだ。このままそばにいたら、もっとひどいことが起きるんだ。それならこうしてはいられない、早く、動かなきゃ……深呼吸をしてから。
「クードさん、ちょっとだけ、離れますね」
そう言って離れようとした時、手が力強くつかまれた。
「レイさん、ダメだ」
「……」
空っぽな気持ちのまま、手をつかんだ者に視線を向ける。彼の目は真っ直ぐ、わかっているよ、と訴えている。
「レイさん、このままいなくなろうと、思ったでしょ。ダメだ、どこにも行っちゃ」
……なんでわかってしまうの……。
クードの手を引っ張って剥がそうとしたが彼の手は離れない。
「クードさん、もういいんですよ。僕のそばにいたらあなた達は勝てなくなってしまいます。僕のことは気にしないで前に進んでください」
クードに向かって笑顔を見せる。そういえばいつもの眼鏡、どこかにやってしまった。まぁいいか、もうこのままで。
「僕は二人のことを応援してます。二人はとても強いです、特にあなたは……きっとチャンピオンになれますよ。だから離してください、僕は大丈夫ですから――」
「ダメだっ!」
クードが声を上げ、立ち上がった。目の前に体格の良い彼が即座に現れ、背中に腕を回され、あっという間にあたたかさに身体を包まれた。
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