第5話 憧れの人の秘密
クードがアルファだなんだと言ってくるから嫌な話を思い出してしまった。
それはアルファにもベータにも関係はない、もう一つの性、オメガに関することだ。
この世界ではオメガはこう呼ばれている。
『オメガは不運な存在』
『オメガは幸運をもたらさない存在』
“オメガの不運”
オメガはただアルファと番になり、有能なアルファを生むためだけの存在。オメガは目立つ必要がない、活躍することはない、アルファを生むためだけに存在すればいい。
そんなオメガに対する偏見をなくそうと頑張る存在がいた。数年前まで活躍していたクードの憧れでもある、ルーキーカップ完全制覇チャンピオン、カミリヤ選手だ。
そう、カミリヤ選手はオメガだ。
だがその事実を知る者は誰もいない。カミリヤ選手はそれを公表するには至らなかったから。
オメガだと公表すれば、世の中のオメガはもっと社会的地位を確保しやすくなったのかもしれない。オメガだからと劣等感を抱く必要はない、オメガでもこんなに活躍して輝くことはできるんだと。
だがオメガは己を世間に知られるのは危険もある。アルファからは有能な子供を授かりたいと狙われ、一般的なベータからも相手を魅了する体質の影響や欲を満たすための相手として狙われやすい。
それでも本当は……カミリヤ選手はオメガはただの子を生むためだけの存在じゃない。もっと自由に、たくさんの可能性を望む権利があるんだ、と叫びたかったのだ。
(憧れのカミリヤ選手がオメガだと知ったら、あの人はどんな反応をするのかな……)
まもなくレースが始まる。結局、クードの手伝いもしなければならず、自分はパドック近くにある観覧席から臨場感あるレースを見ることが可能になった。一般客はレース周囲を囲む二階席からレースを眺めるのだが、まだ地方選の初戦なので観覧席は半分より少し多いぐらいしか埋まっていない。
これが王都でのレースになれば席は抽選で倍以上の値段になり、熱気も興奮も二倍だ。あの感覚は忘れられない。多くの声援の中、ラウチェで駆け抜ける風は地方のものとはやはり違うものがある。
……クードもいつか体感できる日がくるのか、どうか。
パドックにいた十頭のラウチェが騎手を背に乗せたまま、順番にゲートへと向かう。その中にはクードと先程会ったサータもいる。二人とも口から上を覆うメットを被っているが、たくましい体格のおかげでわかりやすい。
ジッと見ているとサータが控えめに手を振ってきた。出会ったばかりなのに、サータが好意的な部分を見せるのには少々ためらったが軽く手を上げ、返しておいた。
ラウチェが全てゲートに収まる。地方選の控えめなトランペットによるファンファーレが響き渡る。辺りが一瞬静まり返り――閉じられていたゲートがガッと勢いのある音と共に開いた。
ラウチェが一斉に飛び出した。ラウチェは一応鳥類に当たるが鉤爪は小さく、後ろ側に第一趾という指のようなもの、前に第二から第四趾の計四本の指がある。足は細いが大腿部の筋肉が発達しやすく、早く走ることができる。
(なるほど)
試合の実況が流れる中、レイはラウチェの状況を密かに分析していた。
クードのラウチェ、ラックルズはまだ二歳の若いラウチェだ。走るのが好きだからどんどん前に行きたがり、現在は好調で一番前に出ている。
だがクードの手綱がそれを邪魔している。クードは周囲との距離を気にしているのか、あまりラックルズを前に出そうとしていない。多分クードの性格上、最後の一線で格好良くラストスパートをかけたいのかもしれないが抑え込まれているラックルズは面白くないだろう。
『マーチャード選手のすぐ後ろには、フレイア選手が追いかけています!』
フレイア……あぁ、サータか。レーサーは下の名前で登録され、上を呼ぶことはないから覚えておかなくては。
サータのラウチェはトップの後ろにくっつき、最後の方で追い抜きをかける感じか。サータは落ち着いた様子で自身のラウチェの手綱を握っている。その様子から、サータが己のラウチェの性格をしっかり把握しているのがわかる。
(同期なのに全然やり方が違う。あの人のやり方はなっていない)
この地方選は、ラックルズに“お願い”したから勝てるだろう。ラックルズ自身が走るのが好きで良い脚を持っているから。
だがこの先、あのままならクードはまず勝てない。彼は基本的なことが何一つできていない。
(一体、学校で何をしてきたんだ、本当にラウチェのチャンピオンになりたいのか?)
せっかく久しぶりのレース会場、レースの雰囲気に高揚していた気持ちはすっかり冷え切ってしまった。何がアルファだから素質がある、だ。
気づけばレースは最後の一線となっていた。最後ということで、やはりクードはラックルズにムチを入れ、全力で走らせていた。そのあとをサータが追うが、彼のラウチェは僅差で一歩及ばず、レースはラックルズの勝利で終わった。
『一位はマーチャード選手ーっ! ルーキーカップ、初戦突破です!』
会場の客から拍手が飛び、ラックルズのスピードを抑えるとクードはそれに応えるように両手を上げていた。
表彰式が終わったら、自分は真っ先にクードに言うべき言葉がすでにある。
全然なっていない、と。
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