すごいアルファの影でオメガの存在は……

第6話 レイはすごい?

 一回戦はなんとか突破ということで。一ヶ月後のレースに向け、ラウチェも騎手もコンディションを整えておかなければならない。

 だがクードの問題点はそれ以前のことだ。


「はっきり言います。ラックルズとの信頼関係が全くできていないです。ラウチェレースを始める以前の問題で、ひどいもんです。前回は僕がラックルズにお願いしたから上手くいきましたけど次はそうはいきません」


 ある日のマーチャード牧場にて。クードのふんわりした黒髪が風に流され、フワフワと揺れる晴天の下、レイは言わなきゃいけないことばかりでウンザリ気分だった。


「ラックルズの世話をとにかくしてください。毎日、ご飯、羽の手入れ、ランニング、鳥舎の清掃、全部です。ま、い、に、ち、ですよ? こ、れ、か、ら、はっ!」


 レイは後半の言葉を特に強調した。なぜならあの一回戦後の翌日、クードは突然『ちょっと王都に戻らなきゃいけなくなった!』と言って一週間もいなくなってしまったのだ。

 その間、もちろんラックルズの世話は自分がやった。かわいいラウチェのためだから、そこは全然……クードに対しての恨みつらみはあったが嫌じゃない。

 でもチャンピオンになるにはラウチェとの信頼関係が何より大事なのだ。


「あ〜……だから悪かったよ、レイさん。そんなに根に持つことないじゃん」


「根に持ってんじゃない。あなたがチャンピオンになりたいっていうから、僕だってちゃんとやろうとしているのに、あなたが全然真面目にやらないじゃないですか。ふざけているんですか」


「仕方ないんだって……オレさ、ちょっと身体が弱いとこあるから、不調を感じたら戻れって医者に――」


 レイはこめかみがピクッと動くのを感じた。そんな嘘までついて、と怒りでさらに口が開きかけたのだが。


「レイさん、待ってください。クードが身体が万全ではないのは本当なんです。こいつは昔からそうでした。だからそんなに責めないであげてください」


 クードへ助け舟を出したのは太陽の下では銀髪がまぶしいサータだ。

 サータはニコッと笑って、その場をなだめようとしてくれている。


「っていうか、サータがなんでオレの牧場にいんだ?」


 自分も思う疑問をクードが口にした。サータはなぜか、クードが戻ってきた今日――今さっきにひょっこりと牧場に現れ、今は当たり前のようにそばにいて話に混じっている。


「俺もレイさんにラウチェを教わりたいんだよ。俺だってルーキーカップ制覇、目指しているんだから」


「お前、自分の牧場に優秀なコーチいたんじゃなかったっけ?」


「親が雇ってくれたコーチはいた、けど断った。俺はレイさんがいい、レイさんに教わりたい」


「なんでまたこんな瓶――あ、いやいや、この人?」


 ……今、クードはこんな瓶底眼鏡と言おうとした、絶対。


「クード、わからないのか?」


「何がよ」


「レイさん、すごい人だよ、絶対」


 サータの言葉にレイの心臓は跳ねた。なんでそう思うの、と疑問が浮かぶ。この青年に会ったことはないし、自分のことを知る人はいないはずなのに……。


「サータさぁ、物珍しさで言ってんだろ? まぁ見た目でかなりのインパクトあるのはわかるけどさ、眼鏡とかな」


 クードは何も思ってはいないようだ。今はその短絡さがありがたいと思う。どうかその見解を友人に押しつけてくれ、自分は大したことのない人物なのだと。

 本当に何もできないのだから……。


「――キュイッ⁉」


 突然、牧場を歩いていたラックルズが鳴き声を上げた。


「どうしたの、ラックルズ」


 レイが近づき、頭をなでると。ラックルズは心配そうな小さな声を出しながら鳴き声を発した理由を教えてくれた。


「うん、サナミか……わかった、ありがとう、ラックルズ」


 レイはクード達には声をかけず、鳥舎へ走った。鳥舎に住まうラウチェ達は日中は放牧しているのだが今は一頭だけが残っている。

 その子の名前はサナミ。女の子のラウチェでお腹に赤ちゃんを抱えている。

 レイが鳥舎を訪れるとサナミはなぜかキュウキュウさびしそうに鳴き声を発していた。


「サナミ、どうしたの? 大丈夫?」


 サナミの柵に近づき、膝を折ってレイは優しく声をかけた。サナミは二本の大きな脚を折りたたみ、やわらかな藁の上に座っている。そのお腹は大きく、赤ちゃんが順調に育っていることを表している。


「……うん、そうか、お腹が痛かったから不安だったんだね? ちょっと見てみようか」


 サナミの柵の中に入り、再び膝を折って、そっとお腹に手を当てる。手の平に熱いくらいのサナミの体温と硬い手触り、そしてモゴモゴとお腹の中で動く赤ちゃんの胎動を感じる。


「……うん、サナミ、大丈夫だよ。きっと赤ちゃんがサナミのお腹を蹴ったんだよ。遊びたかったんじゃないかな」


 不安そうなサナミの頭をなでてやると安心したように目が細められた。サナミにとって初の出産だから不安もあるだろう。


「……へぇ、あのラウチェ、赤ちゃんがいるんだ」


 少し離れた背後から声がする。来るなとは言わなかったから、ついてきたようだ。


「ラウチェって卵じゃないんだな?」


 ラウチェの生態を知らない男が感心したようにつぶやいている。デリケートな時期のサナミを気づかい、声をひそめて話をしているところだけは褒めてあげよう。


「レイさん……やっぱりすごいよ。だってラウチェの言葉、わかるんだよ。それに出産間近のラウチェは気が荒いから絶対に近寄れないのに、あんな簡単に……そんな人会ったことない。絶対、すごい人だ」


「ふーん……そうか、ねぇ……」


 自分のことなんか話さなくていいのに。自分はただ、ラウチェが好きなだけなんだから。

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