そしてオメガは全てをあきらめた

第16話 突然、二人の想いを聞かされた

「サータ、もう少し肩の力を抜いて手綱を握るといいかもです。ギュッと握っていると緊張が伝わってしまいますから」


「わかりました」


「ダッシュさせる時は足を踏ん張って腰を少し浮かせてあげてください」


「はい」


 クードと違ってサータは真面目だなと思う。返事も良いし、ハキハキ答えてくれるから対応していて気持ちがいい。


 今日はクードはいない。昨日からまた王都に“受診”をしに行っている。少し心臓に痛みがあるそうだ。ラウチェレースでの負担が大きいのかもしれないが彼のカミリヤ選手への憧れの大きさを考えると、彼はそれぐらいじゃレーサーをあきらめないだろう。


 サータはラウチェでトラックを一周しながら最後の一直線ダッシュの練習をしていた。サータも実力は備わっている。今のところ三回戦とも二位に入賞しているのだがクードに一歩及ばないのはやはりくやしいらしく、練習も一生懸命だ。


「俺はいつもクードに負けているんですよね……学校でもあいつはいつも一位、俺は二位ばかりでした」


 休憩中、ラウチェに柄杓で水を上げながらめずらしくサータが愚痴をこぼした。普段はクードが一緒だから言いたいことも言えなかったのだろう。


「あいつは本当にセンスはありますから、くやしいですよ」


「サータさんもセンスありますよ、大丈夫です。まだレースも序盤ですから巻き返すチャンスは十分あります」


「レイさんにそう言ってもらえると安心できます。俺だって一番になりたいんです。ラウチェでも、それ以外のことでも。あいつに負けたくない」


 サータはラウチェへ水を上げていた柄杓を片付けると自身も瓶の水を飲んでから、レイの方へ歩み寄ってきた。

 何かと思った。サータは目の前まで来て青い瞳をまっすぐこちらに向ける。彼は背が断然自分より高いから、自分は彼を見上げる形になる。


「俺、レイさんが好きなんです」


 その言葉が聞こえた直後だ、レイは牧場のどこからか聞き覚えのあるラウチェの鳴き声を聞いた。

 けれどそれよりも……サータが言った今の言葉が印象に残っていて。自分はどっちに意識を持っていけばいいのか、わからなくなった。


「えっ、サータ、さん、今、何を」


 すごいことをサラッと言われたような。でも鳴き声を上げたラウチェがこちらに近づいてきているのがわかる。このちょっと低めな声は特徴的で……会ったのはずっと前のことだが、よく覚えている。

 なんでここに“彼の”ラウチェが? そして今のサータの言葉はなんだ? ……何、何が起こっているの、今。


「レイ、探したぞ」


 気づけばラウチェはすぐそこに来ていた。堂々とした佇まいの体格の良いラウチェは脚に歴戦のラウチェが残す無数の細かい傷跡を残している。それだけでこのラウチェが数々のレースに出てきた強者だということがわかる。

 そしてその背に乗る人物も歴戦の強者なのだ。


「ガ、ガイア……」


 金色の毛先が跳ねた短髪、髪より少し色が濃い瞳は常に冷静に物事を見つめているが今は自分に注がれている。あまり笑ったことのない口元は相変わらず引き結ばれていたが自分を見て「久しいな」と低くも通る声を発した。


「ガイア、なんでここに」


「ガイア……?」


 サータもその人物の名を驚きの声でつぶやく。ラウチェのことには詳しいサータだから、おそらく見覚えのある人物と思って誰なのかと考えているのだろう。ラウチェレーサーは上の名前は関係者でないと、ほとんどの者は知らない。自分が彼のことを知っているのは専門学校時代の同級生だからだ。


 ガイアはラウチェから降りた。彼は昔から体格に恵まれ、筋肉質だ。地面に降りた時にドスンとその良さがわかる振動が伝わった。


「会いたかった、レイ」


 ガイアから伸ばされた腕はレイの身体を抱きしめた。あまりに突然のことでレイは抵抗する間もなかった。


「え、わっ、ガイア、なにっ」


「お前がレースからいなくなって数年、俺はずっとお前を探していた。こんな田舎にいるとは思わなかったが、最近地方のレース会場で噂になっているルーキーのことを聞いたから。もしかしてお前が育てているのではと思ったんだ」


 その言葉に(しまった)とレイは思った。目立ちたくなくて地方に来たのに。静かに過ごそうと思って誰にも言わずに、ひっそりとここにいたのに。ついレースに夢中になってクード達が主立っているとはいえ、前に出過ぎてしまったのだ。そのせいでガイアに見つかった、彼はレース時代の自分を知る厄介な人物なのだ。


「ガイア、なんの用事かは知らないけど。ここでは僕のことを知る人はいない。だからこそ僕はここで暮らしているんだ。余計なことは言わないで、ごちゃごちゃになる前に帰ってくれないかな」


 先にガイアに釘を差しておかねば。サータは怪しむかもしれないけど、自分のことに関することなど適当にごまかせばいいから。


「ガイア、もういいでしょ、離して」


 抵抗したがガイアは離さず、むしろ力を強くする。


「俺はお前をずっと探していたんだ。今度こそ、お前に想いをちゃんと伝えたくて」


 驚きの言葉に、レイは目を見開き、サータは肩をビクッと震わせた。

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