そしてオメガは全てをあきらめた
第16話 突然、二人の想いを聞かされた
「サータ、もう少し肩の力を抜いて手綱を握るといいかもです。ギュッと握っていると緊張が伝わってしまいますから」
「わかりました」
「ダッシュさせる時は足を踏ん張って腰を少し浮かせてあげてください」
「はい」
クードと違ってサータは真面目だなと思う。返事も良いし、ハキハキ答えてくれるから対応していて気持ちがいい。
今日はクードはいない。少し心臓に痛みがあるそうで昨日から王都の主治医の元に行っている。やはりラウチェレースでの負担が大きいのかもしれないが彼のカミリヤへの憧れの大きさを考えると、彼はそれぐらいじゃレーサーをあきらめない。
ひとまず『行ってきまーす、お土産買って来るからさ!』という、のんきな笑顔を見送り、大事がないことを祈るしかない。先日、体調不良の自分を抱えて帰ってきてくれたのだ。大したことないだろうとか。帰って来なくても問題ないとか……以前の自分なら、そんなふうに考えていたが。
今は、そうは思わない。その心変わりが自分で不思議だ。
(彼のことを認めているということか……)
「――レイさん?」
(僕が……はぁ……あんな年下に丸め込まれているのかな)
「レイさーん」
どこかで、誰かが呼んでいる。誰かなんて今は一人しかいない。
「あ、はい、すみません」
ガラにもなく、呆けてしまい、反射的に謝ってしまった。視線を向けると少し離れたところでサータが青い瞳をこちらに向けていた。
「レイさん……次、行きますよ?」
「は、はい、どうぞ」
ものすごい挙動不審になってしまった。サータの刺すような瞳が痛い。まさかライバルであるクードのことを考えてボーッとしていたなんて言えない。
(何考えてるんだ……あんなのに感化されるな)
気を取り直して。サータはラウチェに乗り、トラックを周回しながら最後の一直線ダッシュの練習をしていた。彼も実力は備わっているのだが、今のところ三回戦とも二位への入賞で、そこはやはりくやしいらしい。
「俺はいつもクードに負けているんですよね。学校でもあいつはいつも一位、俺は二位ばかりでしたよ」
休憩中、サータはラウチェに柄杓で水を上げながら、珍しく愚痴をこぼした。普段はクードが一緒だから言いたいことも言えなかったのだろう。
「あいつは本当にセンスはありますから、くやしいですよ」
サータはそうこぼすが、努力で言えばサータの方が上だ。あいつに優しい面があるのはわかったが、たまに本当にサボっていることもあるのは知っている……そのたびに自分は冷ややかな視線を送っているのだ。結局、憎めないのだが。
「サータさんもセンスありますよ、大丈夫です。まだレースも序盤ですから巻き返すチャンスは十分あります」
「レイさんにそう言ってもらえると安心できます。俺だって一番になりたいんです。ラウチェでも、それ以外のことでも。あいつに負けたくない」
(……それ以外のこと?)
サータはラウチェへ水をあげていた柄杓を片付けると自身も瓶の水を飲んでから、自分の方へと歩み寄ってきた。
何かと思った。サータは目の前まで来て青い瞳をまっすぐこちらに向ける。彼は背が断然自分より高いから、自分は彼を見上げる形になる。銀髪のまぶしい美青年、そんな言葉が似合う。
「俺、レイさんが好きなんです」
その言葉が聞こえた直後だ、レイは牧場のどこからか聞き覚えのあるラウチェの鳴き声を聞いた。
「……え? 今のは、え……?」
ラウチェの鳴き声も気になるが、それよりもサータが今とんでもないことを言った気がする。同時に何かが起きたから、どっちに意識を持っていけばいいのか、わからない。
「えっ、サータ、さん……何を?」
すごいことをサラッと言われたような。でも鳴き声を上げたラウチェがこちらに近づいてきているのがわかる。このちょっと低めな声は特徴的で……会ったのはずっと前のことだが、よく覚えている。
なんでここに“彼の”ラウチェが? そして今のサータの言葉はなんだ? ……何、何が起こっているの、今。
「レイ、探したぞ」
気づけばラウチェはすぐそこに来ていた。堂々とした佇まいの体格の良いラウチェは脚に歴戦のラウチェが残す無数の細かい傷跡を残している。それだけでこのラウチェが数々のレースに出てきた強者だということがわかる。
そしてその背に乗る人物も歴戦の強者なのだ。
「ガ、ガイア……」
金色の毛先が跳ねた短髪、髪より少し色が濃い瞳は常に冷静に物事を見つめているが今は自分に注がれている。あまり笑ったことのない口元は相変わらず引き結ばれていたが自分を見て「久しいな」と低くも通る声を発した。
「ガイア、なんでここに」
「ガイア……?」
サータもその人物の名を驚きの声でつぶやく。ラウチェのことには詳しいサータだから、おそらく見覚えのある人物と思って誰なのかと考えているのだろう。ラウチェレーサーは上の名前は関係者でないと、ほとんどの者は知らない。自分が彼のことを知っているのは専門学校時代の同級生だからだ。
ガイアはラウチェから降りた。彼は昔から体格に恵まれ、筋肉質だ。地面に降りた時にドスンとその良さがわかる振動が伝わった。
「会いたかった、レイ」
不意にガイアから伸ばされた腕が身体を抱きしめた。あまりに突然のことで抵抗する間もなかった。
「ガイアッ、なにっ」
「お前がレースからいなくなって数年、俺はずっとお前を探していた。こんな田舎にいるとは思わなかったが、最近地方のレース会場で噂になっているルーキーのことを聞いたから。もしかしてお前が育てているのではと思ったんだ」
その言葉に(しまった)と後悔した。目立ちたくなくて地方に来たのに。静かに過ごそうと思って誰にも言わずに、ひっそりとここにいたのに。クード達が表立っているとはいえ、ついレースに夢中になって前に出過ぎてしまったのだ。そのせいでガイアに見つかった。彼はレース時代の自分を知る、今となっては厄介な人物なのだ。
「ガ、ガイア、なんの用事かは知らないけど。ここでは僕のことを知る人はいない。だからこそ僕はここで暮らしているんだ。余計なことは言わないで、ごちゃごちゃになる前に帰ってくれないか」
先にガイアに釘を差しておかねば。勘の鋭いサータはあやしむかもしれないけど、自分のことに関することなど適当にごまかせばいい。ただ彼が知る真実を知られるわけにはいかない。
「ガイア、もういいでしょ、離して」
抵抗したがガイアは離さず、むしろ力を強くする。
「俺はお前をずっと探していたんだ。今度こそ、お前に想いをちゃんと伝えたくて」
驚きの言葉に、自分は目を見開き、サータは肩をビクッと震わせた。
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