第46話 【遥編】待つから
時刻は20時。
遥と夕食を済ませた僕は、自室に行く途中で捕まってしまったため、ソファにて単語帳を眺めていた。
「そういえば。」
「うん?」
テレビを見ていた遥が思い出したように呟く。
「会長が今度透も連れてこいって。」
「凛さんが?」
生徒会長の凛さん。
遥の恩人でもあり、生徒会長をしている。とても格好良い人。
「そ。また料理教えて欲しいって言ってた。」
ふむ。凛さんは一人暮らし。
度々遥が家に連れてくる時は、簡単な料理を教えていた。
ただ、彼女のお宅にお邪魔したことはない。
一人暮らしの女子の家に行くって…ね。
「凛さんの家か…。」
「いや?」
嫌ってわけじゃないけど。
彼女と妹の仲に割り込むのにちょっと遠慮しているだけ。
少し離れた所から眺めるくらいが丁度良いんです。2人が話している空気は、どこかゆるゆりしてるのだ。
僕はアッカリーンしてたい。
「邪魔しちゃ悪いし。」
そういうジャンルで男子の存在は邪魔だから。
兄的な存在が人気があるのは珍しい。僕は田舎の学校に通う、妹2人に振り回される無口なお兄ちゃんじゃないのだ。
「おっけ。じゃ、決まったら言うね。」
うん。気持ち良いくらいの無視だ。
テレビに映るバラエティ番組のエンディングが流れ始めた頃、僕のスマフォの通知が鳴った。
『電話していい?』
莉子さんから。
「足立?」
「うん。電話していい?」
「いいよ。部屋戻る?」
「うん。ちょっと話してくる。」
遥に断りを入れ、部屋に戻る。
莉子さんに了承のメッセージを入れると電話が架かってきた。
『とおる?』
少しだけ不安気な声。
『うん。今日はごめんなさい。』
家に呼ばれていたのだ。莉子さんの方で準備していたかもしれない。
『ん。大丈夫。なんかあった?』
気になるのは当然だと思う。
『遥のことを1人にしたくなくて。』
この言葉だけ聞けば、幼い子供の面倒を見ないといけないんだなと思うだろう。
ただ遥は高1。心配しすぎな所はある。
莉子さんになんて説明しようか迷っていると、
『ん。分かる。大丈夫。』
そう言ってくれた。
莉子さんと会うことによって遥が不安になったとは言いたくなかった僕を察してくれたのだろうか。
『…ありがとう。』
少しの間沈黙が生まれる。
再度、発した莉子さんの声は震えていた。
『やっぱり…ダメなのかな?』
『それは…。』
それは、僕と莉子さんがこれ以上仲良くなることを指している事が分かって、言葉に詰まってしまった。
『もう一度、とおると始められたけど。やっぱこれ以上は許してくれないんだね。』
電話の向こう側で、どんな表情で僕に話しているのだろう。紡ぐ言葉が、僕の心に刺さる。
『ずっと好きで。…失敗したけど。これからもっととおると一緒の時間を過ごしていきたかった。』
自分の気持ちに蓋をしていくような。
『デート、めっちゃ楽しかった。2人きりで居られた時間は短かったけど。やらかしたけど。ウチにとっては人生の宝物。』
2人の今までを振り返るような。
『僕も、楽しかったよ。』
絞り出した声が掠れる。
『ん。ありがと。それ聞けて嬉しい。…ホント、バカなことしたよね。』
自嘲するような声。
『ウチさ、とおるが好き。諦めたくない。だけど、とおるは違うよね?』
-ウチとの先は考えられないよね?-
…。違う、と言いたい気持ちがあった。
だけど、それは遥の側にいると決めたことへの裏切りになるから。
『…とおるは、妹さんが好き?』
言葉を出すのが難しいけれど、その問い掛けには答えたかった。
『好き、なのかは分からない…。』
たった1人の家族。
好きか嫌いかで言えば勿論好き。
ただ、莉子さんの質問は違う意味だと感じたから。
『でも、遥の側にいたいって思う。いつか遥にも好きな人が出来るだろうから。僕は、そのときまで妹の側に居るよ。』
これが今の僕の答え。
血の繋がった家族と一生一緒にいることは難しいから。
それでも、遥が前を向けるまで、僕から離れて行くことが出来るまで側にいよう。
そして、僕は…。
『とおるは、その先どうするの?』
その先。遥が、誰かと生きていくことを決めた時。
『今は、考えてないかな。』
苦笑いが漏れた。
妹離れ出来てないのは僕も同じ。本当に似たもの兄妹だ。
『…だったら。』
『だったら、ウチはとおるを諦めない。また、とおると同じ時間を過ごせるように、ずっと待ってるから。』
先程までの儚げな雰囲気を消し去るように。
莉子さんは宣言した。
『でも、いつになるか分からないよ?莉子さんは、モテるし、他の選択肢も沢山あると思う。』
不安定な僕の未来より、彼女が幸せになれる未来に進んで欲しい。
『ウチの幸せはとおるの横だよ?何年、何十年経っても、とおるを待つから。ウチの気持ちナメんな。』
…本当に。困ってしまう。
なんて真っ直ぐな人なんだろう。
ここまで好意を素直に伝えられたことなんて、遥以外ほとんどいなかった。
遥は…うん。暴力も愛だ。
『ありがとう。気が変わったら、』
『ないから。』
被せるように、否定されてしまった。
『…そっか。』
『ん。』
彼女の期待に応えれるかは分からない。
だけど、その気持ちは受け取ったから。
いつもいつも、僕は受け取ってばかり。
僕が少しでも、莉子さんと付き合う未来を考えなかったかといえば、そんなことはない。
でも、この気持ちを彼女に伝えれば、もっと僕から離れられないと思う。僕の我儘で、彼女を縛るのは嫌だから。
泣きたくなる気持ちを抑え、僕なんかよりもっと辛い想いをしているはずの莉子さんに告げる。
『これからも、友だちでいてくれますか。』
『ん。喜んで。』
涙が零れるのを止めることは出来なかった。
電話を切り、リビングに戻る。
テレビを見ている遥の隣に腰掛け、息をつく。
「…。」
お互い沈黙の時間が続く。
遥は聞きたそうな雰囲気を出していたけど、僕の気持ちの整理が出来ていない様子を見て何も言わない。
「好きだよって、告白された。」
「…うん。」
頷く遥は少しだけ寂しそうな表情になる。
「…嬉しかった。でも、僕は遥の側にいるって、そう伝えた。」
「…いいの?」
伺うような、悪いことをした子供のような顔の遥に、口元が綻ぶ。
「僕が決めたことだから。遥がこの先、誰かと一緒になるまで側にいるよ。」
近づいた遥に腕を抱かれる。
「…誰かなんていないかもだよ?」
「いるよ。だって遥綺麗だし。学校では清楚だし。家ではあれだけど。」
「…。」
抓られた。
不貞腐れた様子の遥の頭を撫でる。
この穏やかな空気がずっと続くことを祈って。
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