第47話 【遥編】それでもイケメンは見守りたい

休み明けの月曜日。



中間試験まであと1週間に迫っていた教室には、憂鬱な空気が流れている。

受験生として、日々受験科目の勉強に忙しい高3の定期テストほど気が滅入るものはないと思う。

ただ、このテストで赤点でも取ろうものなら卒業も怪しくなるため、渋々テスト勉強に勤しむクラスメイト達。


勉強の分野においては優秀な僕はそんなクラスの雰囲気を眺めていた。

自然と目が行くのは莉子さん。

イケジョグループで固まりながらも机に向かう彼女が珍しかったから。

いえ、決して気になったからとかではなく。


…気になってました。昨日の電話で3度目の告白を受けたのだ。そしてそれを断った僕。

気丈に振る舞っていた彼女が、また暗いオーラを纏っているのではないかと不安に思っていたけど、端から見た感じだと大丈夫そう。本当に大丈夫かは分からないけど。


…それを確かめようとするのは僕の傲慢だから。


少しだけ心に靄が出来るのを感じながら、視線をずらす。


「ちょ、足立勉強してんの!?まじかよ!俺と一緒に補習受けようぜ〜!」


デートに誘うように補習に誘うな、チャラ男。


「うるさい。今集中してんの。」


バッサリと切り捨てられた。


「それな。ちょ黙れし、ウザい。」


桐生さんの追撃も入った。うん。いつもの桐生さんだ。

しかし、今回のチャラ男には味方がいた。


「まあ、確かに勉強ばっかで嫌になるわな。テスト終わったらどっか遊び行こうか。」


イケメン近藤くんである。

イケメンのフォローを貰ってウキウキのチャラ男がスーパーハイテンになる。凄い、イケメンの言葉ば不思議なタンバリン効果があるのか。


「それな?健太まじイケメン!行こうぜ!」


「確かに…。遊び行きたい!」


桐生さん。チョロ過ぎる。


「足立は?」


「ん。まあ、時間空いてたら。」


「お!マジか!足立くんの!?」


喜び過ぎのチャラ男。良かったね。


「私達も行くよ〜!」「うむ。」


ピンク色の悪魔たち、もとい今村さんと田村くんも参加するらしい。ピンク色になっちゃう…。


イケジョだよ!全員集合。

視聴率もそれは凄いことになると思う。シムラー後ろーという言葉だけは知っている僕はそんな彼らを見すぎていたのか、近藤くんと目が合ってしまった。

…え、なんで少し悲しそうなの。


その目を逸らす。視線は感じたままだった。



体育の授業。

今日も京都でサッカー。

いや、今日とてだった。京都愛が高まりすぎた。

グラウンドでは男子達が青春の汗を流している。


僕は、以前巣にしていた木陰から住処を移し、女子達がいる体育館側の木陰で涼んでいた。

勿論1人。

このまま寝転がったら誰か探しに来ないかしら。出来れば彫刻でヒトデを作っている子がいいな、と考えていると。


「よ。」


イケメンが現れた。


「お疲れ様。近藤くん。」

以前明け渡した木陰を奪い、なおかつここまで侵略してきているなんて…。イケメンの守備範囲が広すぎる。


僕の隣に座った近藤くんは、視線をグラウンドに向けたまま遠慮がちに尋ねてきた。


「足立とは上手く行きそうにない感じ?」


…。


「あぁ、ごめん。立ち入ったこと聞いて。気になってな。」


修学旅行の日に、背中を押してくれた彼。

莉子さんに振られたと、僕の勘違いを正してくれた。

そんな優しい彼が気になるのは当然だと思う。


「付き合うとかは、無いよ。」


「…。」


「友だちのまま。そう決めたんだ。」


「そっか。」


「うん。」


言いたいことが沢山あるのだろう。聞きたいことも、沢山。

それでも、近藤くんは頷いただけだった。


少しの間。

サッカーに興じるクラスメイト達を眺める。

お、チャラ男が点を決めた。

キョロキョロと、誰かを探しているみたい。

あ、こっち向いた。めちゃくちゃ手を振ってくる。

可愛い。


「お前ら、お似合いだと思ったんだけどな。」


チャラ男に癒やされていると、近藤くんが呟いた。


「そう、かな。」


「ああ。どっちも不器用で、ゆっくり近付いていくんじゃないかって。そう思ってた。」


…。彼の言う通りかもしれない。

僕も不器用。莉子さんも不器用。

修学旅行のあの日からもう一度、ゆっくり近付いていたと思う。

でも、僕は遥と一緒に居ることを選んだから。


「友だちだろ?」


「うん。」


「なら、まだ可能性はあるってわけだ。」


それは、近藤くんのことなのだろうか。それとも、僕と莉子さんのことなんだろうか。

彼の表情からは、伺えないけど。


「俺は、見守るよ。」


「好き…なんじゃないの?」

近藤くんがまだ莉子さんのことを想っているのは分かる。

でも、僕と彼女を見守るということは、自分の気持ちを出さないことになるんじゃ。…それは、とても辛いはずなのに。


「勿論好きだ。だけど、今の足立は遠藤しか頭にないから…。いつか…。」


爽やかな笑顔でこちらを見る。


「いつか、足立が遠藤のことを諦めたら、俺が貰うよ。それまでは見守るから。」


その言葉は、莉子さんの言葉ととても似ていて。


「なんで、そんなに…。」

優しいのだろう。


「好きな女子が頑張ってるの、邪魔したくないだろ?」


ニッコリ笑う近藤くんは、やっぱりイケメンだった。


「言ったろ?負けたつもりないって。」


「…うん。ありがとね。」


そんなしんみりとした空気をぶち壊したのはやっぱりこの男。


「健太!透っち!見た!?見たっしょ!?俺のゴール!」


チャラ男だった。


「わり、見てなかった。」


「ごめん。僕も。」

見たかもしれないけど。イケメンの波動が強すぎて忘れちゃった。てへっ。


「マジかよ〜。萎えるわぁ…。」


本気で寂しそうなチャラ男。

少しだけ反省。手を振っていた時のゴールかな?


「あ、もしかしたら見たか…」


「お!ここ体育館近いじゃん!ちょっと覗きいこうぜ!」


僕の言葉を遮り、近藤くんの腕を引いて行くチャラ男。

心配して損した。僕の反省を返せ。


「ちょ、やめろって。」


「いいじゃん!健太だから怒られねーって!」


何その特別待遇。イケメンなら何しても許されるのか。

許されるんだろうね…。

去って行く2人を見送る。


遠くからチャラ男の悲鳴が聞こえた気がした。南無。



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帰宅後。


夕飯の支度を済ませた僕は遥を待っていた。

もうすぐ帰るとメッセージを受けていたので、キッチンに立つ。

さて。本日私が頂くのは、鮭のムニエル。卵スープ。お野菜と、遥リクエストの茸の炊き込みご飯。

そこに昨日余った煮物を加えれば完成である。

良い言葉だよね。和洋折衷。


「ただいまー!」


日本の文化の素晴らしさを感じていると、遥が帰ってきた。


「おかえり。」


「お!出来てる!炊き込みご飯は茸だよね!?」


「うん。リクエスト通り。」

リクエスト以外のものにすると怒るじゃないですか。


「ないすー。着替えてくる!」


ドタバタと、自室に引っ込んでいく遥。

部屋を閉める寸前、顔だけを出した妹は、


「透!」


「うん?」


「来週、デートしよ。」


「え。」


「分かった?」


「…はい。」

拒否権はなかった。

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