第48話 【遥編】この気持ちは恋
テスト最終日。
最後の科目は英語。
終了時間の10分前に答案を埋め終わった僕は、最後の見直しに入っていた。
周りからはまだ答案を埋めるペンの音が聞こえる。
怪しい箇所も含めて、あらかた見終わった僕は息をついて視線を上げる。
二宮さんが爆睡していた。
確か、彼女が睡眠の体勢に入ったのは約20分前。
大体30分くらいでテストを解き終わっている計算になる。
英語が得意科目だから、という理由ではないようでほぼ全科目で同じ動き。大体20分ほどの余裕を残し、本業である睡眠に勤しむ。
本日もご苦労様です。
テストの終わりを試験官から告げられた教室は、張り詰めていた緊張が解ける。
伸びをする人、正誤を確認する人、騒ぐチャラ男。
早速、週末のイケジョグループでの打ち上げ予定を考えているよう。
そんなチャラ男達をしばし眺め、そろそろ帰ろうかしらと、鞄を持とうとした時。二宮さんからお声が掛かった。
「お疲れ様。どうだった?」
「うん。良い感じ。二宮さんは?」
口許に笑みを湛えた二宮さん。
うん。余裕そうですね。
「私も、いつも通りかな。でも遠藤くんが良い感じかぁ。今回は抜かされてるかもね?」
二宮さんの成績は基本学年で5位以内。
日々の授業をほぼ寝ている彼女だ。
本気を出せば1位になることなんて簡単に思える。
そんな彼女の下付近をうろうろしている僕は、少しだけ冗談交じりに告げた。
「うん。今後は1位目指すから。テストも、模試も。」
その大きな瞳を少し見開く二宮さん。
「ふーん。そっか。」
「うん。」
何かを感じ取ったのか、じっと僕を見つめる。
そして、納得するように頷いた。
「いいね。死んだ顔も良かったけど、ちょっとだけ生きてる顔も良いかも。」
褒め言葉、なんですか。
…死んだ顔。え、二宮さんから見て僕死んだ顔なの?
それに、ちょっとだけって。死にかけに見えます?
「なにかあったんだ?」
うん。まぁ。色々。
遥の事とか、莉子さんの事とか。
「うん。ちょっとね。」
「そっか。頑張ってね。遠藤くん。」
お互いの言葉に詳細はない。
ただ、漠然とした応援をくれるだけでも嬉しかった。
「ありがとう。僕そろそろ帰るよ。今日は妹のリクエストでちょっと準備が要るご飯なんだ。」
鞄を手に持ち、席を立つ。
「うん。ばいばい。妹さんと、上手くいくといいね。」
…何も言ってないよ。
え、ホントにエスパーなんじゃない?
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19時。
テスト終わりでも生徒会の仕事はあるようで、遅く帰ってきた遥と夕飯を食べる。
「透。」
「うん。」
「デート、明日で良いでしょ?」
以前、遥に宣言された日から1週間以上経っていたので、忘れていることに少しだけ賭けていたんだけど、しっかり覚えていらっしゃる。
「うん。分かった。」
これまで遥と出掛けたことは何度もあるけど、デートという呼称で呼んだことは一度もない。
どこかで心境の変化があったのか、それとも、他意もなく単純にその言葉を使っているだけなのか。
今の僕には分からない。
…いや、知るのが怖いのかもしれない。
「んじゃ、待ち合わせしよ。駅に12時で。」
「うん?一緒に行けばいいじゃん。」
一緒に住んでるんだし。
「バカだね、透は。」
呆れた目で罵倒された。えぇ。
「そっちの方がデートっぽいでしょ。」
「まぁ、確かに。」
そうなのかな?言わんとしてることは分かるけど。一緒にいった方が良くないですか?
「そ。」
そこで会話は終わりなのか、遥は自室に戻る。
その姿を見送りソファに腰掛ける。
テレビに映る番組の内容もあまり頭に入ってこず、ただぼんやりと映像を視界に捉えるだけ。
…デートって単語に敏感になってるの、僕の方だ。
まぁ、家族とのデートなんてよく聞く話だから。とりあえず2人で出かけることをそう呼ぶ風潮になってるだけ。
うん。久しぶりの遥とのお出かけなのだ。楽しもう。
とーる、おでけけ、たのしみ。
頭を空っぽにして、テレビを眺めた。
翌、土曜日。
今日は晴天。雲一つ無い快晴と高い気温に、夏の訪れを感じさせる。
僕は駅にて遥を待っていた。
時刻は11時59分。
もう間もなく待ち合わせの時間になる。
僕が家を出た時はまだ靴もあったから家に居たはず。遥と待ち合わせなどしたことがないから時間ぴったりに来るタイプだったのか、と少しだけ意外に感じた。
…寝てないよね?
朝に弱い遥。基本的に昼まで寝ているので、もしかしたら今頃起きたのかもしれない。頭に浮かんだその可能性がどんどん現実味を増している気がして、一度家に帰ろうかしら、と思っていた時。
改札とは反対方向を向いていた僕の肩が叩かれる。
「透。」
振り向くとそこには遥がいた。
…え?何故そっちから?
駅には徒歩で行けるので、来るとしたらの方角を見ていたけど、改札から出てきたような遥。
「なんでそっちから?」
疑問に思ったことを尋ねる。
「待ち合わせでしょ?こっちから来たほうがいいじゃん。一駅分歩くのダルかった。」
なるほど。待ち合わせ感を出すために一駅分歩いて電車で来たと。なにその努力。妹の演出が凝り過ぎていた。将来は演出家志望なのかな。とりあえず、
「お疲れ。」
「うん。行こっか。」
私服姿の遥は、とても綺麗。これで高1なのかと兄の僕ですら未だに驚く。それに、今日の遥はやや高めのヒールを履いている。つまり身長が…。
それにしても、そのヒールで歩いたのだろうか。
何でも無いように見えて、僕からしたらとても歩きづらそうな気がするけど…。ふむ。女性的には問題ないのかな。もしくは特殊な訓練を受けているとか。
「いくよ?」
どうでもいい思考に入っていた僕の手を握り、歩きだす。
「それ、歩きづらい?」
空いた手で、ヒールを指差す。
「若干ね。でも透見下ろせるから、大丈夫。」
…僕が大丈夫ではない。そんな理由で履いてほしくなかった。
ただでさえ遥のほうが背が高いのに、今は顔1個分の差がついている。そんなに見下ろしたいの?
少しだけ拗ねる僕を見て微笑んだ遥は、
「いいじゃん。透の目標にしな?無理だろうけど。」
…そうやって油断してるといい。
今度は竹馬で来てやるから。恥ずかしさと僕に負けた屈辱を与えてやる。
僕と遥のお出掛けは基本的にウィンドウショッピング。
駅前の大きなショッピングモールで服を見たり、化粧品を見たり、アクセサリーを見たりととても充実した買い物になる。…主に遥が。
とはいっても僕にこれといって欲しいものもない。
強いて言えば本屋。
広々とした店内で本の表紙を見るだけでテンションが上がる。
なので、本屋は確定として後は遥に任せるスタイル。
兄として、男子として情けないかもしれないけど、デート経験なんてそれこそあの日くらいしかない僕にとっては遥に任せておくのが無難だった。
「ご飯行こ。」
「うん。何食べる?」
妹の選択は、まずは腹ごしらえ。
うむ。腹が減っては、ですね。流石です。
「んー。正直お腹減ってない。」
「じゃあ軽くお茶でも飲む?」
…なんかナンパしてる人みたいな聞き方になってしまった。
「だね。パンケーキで有名な喫茶店あるから、そこ行こ。」
「…パン、ケーキ?」
もしかしてだけど。
「うわ、マジ!?デカすぎない?」
「言ったじゃん…。」
やって来ましたいつもの喫茶店。
そして僕達の前に鎮座しているのは巨大なパンケーキ。
3段になっているその見た目はどこか覇気すら纏っていそう。
「透のヤバいは私にとって些細なことなんだよ。でも、これはヤバいね。」
サラッと酷いことを言われた気がするけど、遥でもこの大きさは想定外だったみたい。
「食べ切れる?」
この可能性を見越して一応僕はコーヒーだけ。
「んー。半分こ。いや、6:4で。」
「うん。」
切り分けられたパンケーキを食べる。
お味はとても良く、量だけ普通だったら手放しで称賛できるのに。
黙々とパンケーキを食べる僕。
「てか。」
食べる手を止めた遥香が僕を胡乱げな瞳で見詰めていた。
「なんで、知ってんの?」
「…。」
莉子さんと、あと二宮さんと来たことがあるからです。
「ん?」
「…えっとね、雑誌で見た気がするかも。あ、もしかしたら誰かに聞いたのかも。」
誤魔化し方が下手すぎた。
「足立か。」
「はい。」
まぁ、バレるよね。
「まぁ、いいや。良くないけど。」
どっちなんです、と聞くまでもなく良くないよね。
「すみません。」
遥の圧が強すぎて思わず謝る。
「はぁ。ホントバカだ。バカ透。バカ。チビ。」
悪口の連呼。チビは辞めて。妹にチビと言われるのはダメージが大きいから。
「…ホント、わたしバカ。」
最後の自嘲の理由は、深く聞けなかった。
軽いお茶?を済ませた僕達はモールのお店を見て回っていた。遥の目についたお店に入り、商品を手に取る。
そんなウインドウショッピングの1幕も、遥がすれば違ってくる。
なにせ、この身長で美人さんなのだ。
店員さんが放っておく筈もなく、こちらもどうですか、あ、そちらもお似合いになりますよと多様なオススメを貰う。
外向きの清楚仮面を被った遥は、着せ替え人形のように店員さんに弄ばれる。そして溜まったストレスが僕にぶつけられる。よろしくない循環。
今日も今日とて、遥は店員さんに見つかってしまっていた。こういうときの僕はお店から一時避難し、近くに待機する。…店員さんのお前誰?という視線が痛いのだ。
「とてもお綺麗ですね。何をお探しで?」
店員さんの眩しいスマイルが遥を捉えた。
あ、はい。外に出ますね。
「ちょっと僕、外で待ってるよ。」
遥に1言告げ、外に出ようと回れ右をした僕は、遥に腕を掴まれ脱出を阻止された。
「ここに居て。」
あ、はい。
「今日、この人とデートなんです。だからあまり待たせたくなくて、すみません。」
店員さんにペコリと頭を下げる遥。
「あ、いえいえ。デート中だったんですね!失礼しました。」
店員さんも慌てたように頭を下げ、撤収していく。
その背中を眺めていると。妹からお達しが来た。
「これだけ試着するから。透も来て。」
「かしこまりました。」
試着室の前で1ミリも動かない僕。
遥の着替えを待っているだけ。何も変なことはしてない。
女性向けのお店で試着室に入るなんて経験がない僕は、只々挙動不審にならないよう努めるので精一杯だった。
もう少しで僕の挙動不審メーターが振り切れそうになったとき、遥の入っていたカーテンが開かれた。
「どう?」
遥が選んだのは夏用のワンピース。
背の高い遥の足がだいぶ強調される形になっているが、とても綺麗だった。
「…お綺麗です。」
「だけ?」
「可愛い。似合ってる。」
もうこれ以上は無理だからね。語彙力が足りない。
「そっか。ありがと。」
そう言ってカーテンを閉める。
息が詰まっていた僕は一度深呼吸。
…正直、めちゃくちゃ可愛かった。
普段なら似合ってるの1言くらいすぐに言えるのに、何故が言葉が詰まってしまった。
着替えを終えた遥は、その服を購入するみたい。
僕達のお出かけ時の購入費は基本僕から出ているので、レジで会計を済ます。
「先程はすみません。時々いらっしゃってくれますよね。」
店員さんに声を掛けられた。
「あ、いえ。全然。大丈夫です。」
勿論キョドる僕。
「とても綺麗な彼女さんですね。歳上なんですか?」
うーん。これ多分遥が年上って勘違いしてるよね。
「あ、妹なんです。」
「え?あ、すみません。以前彼氏さんだとお伺いしたことがあったので…。あ、こちら商品になります。またのお越しをお待ちしております。」
…彼氏さん。
多分、僕が外で待っている時に言ったのかな。
その真意に見て見ぬ振りをするのは、もうできそうになかった。
「透。いこ?」
「あ、うん。」
買い物を済ませ他のお店を見ていると、時間はあっという間に18時を越えていた。…本屋には行けなかった。
「そろそろ帰る?」
初夏と言っても、18時を越えると外は夕暮れ。
「うん。帰ろっか。」
沈む太陽に照らされた遥も同意する。
「…透。」
「うん?」
「ちょっと足疲れたから、少し休まない?」
…やっぱりヒールでは歩きづらかったのかも。
「うん。勿論。」
ベンチに座り、沈む夕陽を眺める。
横に座る遥は、少し俯きながら。
「デートって言っても、結局いつも通りかぁ。」
その言葉は、何かを確かめるようで。
「ちょっと変わるかなって思ったけど。あんま変わんなかったや。」
何かを納得するようで。
「…そうだね。いつも通り。」
その何かを薄々分かり始めていた僕は頷く。
「でも、これが1番だって分かったから。それだけで今は十分。」
儚げに呟く遥を見て、僕の心がザワつくのを感じた。
「…また、デートしよ。」
「え?」
キョトンとした顔でこちらを見る遥。
彼女が納得し、確かめた気持ちを聞くことはしない。
だけど、それ以上に、僕は自分に芽生えている想いを捨てることは出来なかった。
「何回でもデートしようよ。僕達のままで。」
今はこれで。だけど、この気持ちを伝えたい。
伝えることは許されないかもしれないけど。
関係を崩してしまうかもしれないけど。
この想いに嘘は付きたくなかった。
「…いいの?」
「うん。遥が良ければ。」
不安げだった顔が明るくなる。
その笑顔を見ていたいから。
「透が言うなら、仕方ないね。」
「うん。仕方ない。」
僕は、遥が好きだ。
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