第49話 【遥編】たとえ世界が赦さなくても

遥とデートした翌週。



あれから特に何かあったわけでもなく、僕達兄妹は平穏に過ごしていた。

かというと余りそうでもなく。

遥のスキンシップに緊張してしまい、若干の距離が生まれるという事態になっていた。


好きという気持ちを認めてしまったから。


僕は妹が好き。

当然、この気持ちは世間的に許されるものではない。

そんなこと分かってる。

だけど、一度意識してしまったこの想いを。

捨てることなんて出来なかった。



----------------------------------


金曜日。



授業も終わり、帰宅部の活動に精を出そうとした僕を二宮さんが引き止めた。


「遠藤くん。一緒に帰らない?」


「うん。」

断る理由もなく。教室を出て、昇降口に向けて廊下を歩く。


「そういえば、妹さんとは上手くいった?」

…。

エスパー二宮さんはなんでも知ってる。


「上手く、なのか分からないけど。僕の気持ちはハッキリした、と思う。」

妹が好きとは、二宮さんに言えなかった。


「ふーん。そっか。」


また見透かされているのだろうか。

彼女がどこまで僕の気持ちを把握しているのか分からないけど…。


「そう。ごめんね、上手く伝えられなくて。」


「ううん。大丈夫。難しいもんね。兄妹って。」


…。これもう全部分かってるんじゃないの?

え、二宮さんに何か悟られるようなことありました?

ちょっと、いや本当に怖い。


「でも、私は否定しないよ。」


もういいや。彼女には全て知られてる体で話そう。


「ありがとう。でも、やっぱり難しいや。兄妹だから。」

義理でもない。

実は血が繋がっていないということもない。

僕と遥は正真正銘の兄妹だ。

この関係がどこまでも付いてくる。

本当に…。


「人は人、遠藤くんは遠藤くんじゃない?」


透き通るような瞳で僕を見る二宮さん。

どこまでも純粋なその目を、僕は直視出来なかった。


「でも、許されないことなんじゃないかな。その内、遥にも好きな人が出来るかもしれないし。」

自分で言っていて悲しくなる。

僕の気持ちは恋。

だけど、遥は兄弟愛の延長かもしれない。

立ち塞がる壁が大きすぎるせいで、自分に理由をつけて何度も諦めてしまいそうになる。


「いいじゃん。その時まで一緒にいれば。私は遠藤くんを否定しないから。」


微笑みながらそう云う二宮さん。

否定しないから。

さっきも聞いたその台詞が、世の中の目を怖がる僕に手を差し伸べてくれているようで。


「幸せになりなよ。遠藤くん。」


いつも、彼女の言葉に救われていた。




二宮さんと2人校門を抜けると、声が掛かった。


「兄さん。」


声のする方へ視線を向けると、遥が立っていた。

いつもの家スタイルではなく、外行き用の清楚スタイル。

フォルムチェンジ後の遥は何度見ても清楚美人。


校門に寄り掛かるその姿は、誰かを待っていたようで。


「あれ?今日は生徒会ないの?」

普段ならこの時間は生徒会。

遥が帰宅しているのは珍しい。


「今日は、兄さんと帰ろうかなって。」


はにかむ遥は、二宮さんを見やる。


「あ、お邪魔でした?」


邪魔じゃない。

一緒に帰っていいか聞こうと、横にいる二宮さんを見る。


「あ、私忘れ物したんだった。ごめん、遠藤くん。先帰ってくれない?」


いくら鈍感な僕でも、流石に嘘だって分かる。

別にそんな嘘つかなくても一緒に帰ろうと言おうとするが、


「いいの。2人の時間大事にしなよ。」


その言葉に、押されてしまった。


「すみません。二宮先輩。」


ペコリと会釈する遥。


「いいのいいの。」


二宮さんは、ひらひらと手を振り校内に戻っていく。

気を遣ってもらっている。

その後ろ姿に、何か声を掛けなくちゃと思った僕は。


「二宮さん…!」


顔だけ後ろを向く彼女に。


「僕は、僕の幸せを優先するよ。」

そう伝えた。


「うん。良い感じ。ファイト。」


その笑顔は、とても綺麗だった。



「気、遣ってもらったね。」


「うん。」

遥と並んで帰る。

同じ学校に通っていても、今日までなかった出来事。

妹とは、本当に学校では話さないから。


「透も3年じゃん?卒業まで時間もないし。だから一緒に帰るとかやってみたいなって。」


楽しそうに喋る遥の声が心地良く耳に届く。

学校から家までの距離は20分程度。

今日あった出来事をつらつらと話しているだけで家に辿り着いてしまう。

ただ、一緒に帰るだけの時間。

それだけのことなのに、僕の心は温かくなる。


「ただいま。」


「おかえり。透。」

誰も居ない家に帰宅を告げる。

一瞬早く家に帰った遥が迎えてくれた。

それが少しだけ微笑ましくて。


「なに笑ってんの。」


ムッとした遥にまた笑みがこぼれてしまった。

きっと、いつも僕が出迎えることの反対をやってみたかったんだと思う。言葉にしなくても伝わる想いが嬉しくて。

とても幸せで。


「ううんただいま、遥。」


…うん。今日言おう。



夕食を済ませ、2人ソファに座る。

流れるテレビの音もどこか遠い。

気持ちの整理はできている。後は伝えるだけ。

例え、遥に拒絶されたとしても受け入れよう。

この関係が崩れてしまうのは嫌だけど、これ以上僕自身の気持ちに目を逸らし続けることはできないから。


横に座る遥に声を掛ける。


「ねぇ、遥。」 


「うん?」


隣で同じようにテレビを見ている遥に、


「僕さ、遥の事が好き。」


告げる。


「…え?」


一瞬の間があり、遥は僕に顔を向ける。

その顔はとても驚いていて、


「家族として、とかじゃないんだ。何いってんのって感じだけど、僕は遥が好きみたい。いや、好きです。」

はぐらかす必要もないから、素直に言葉にする。


「…いや、え?」


「言わないようにしようとも思ったんだ。だけど、伝えなきゃって思って。…迷惑だったらごめんね。」

気持ちを伝えることで、僕達の関係が亀裂が入ってしまったら。

それはとても辛い。けど、伝えなきゃ進まないと思ったから。我儘、自己中心。そう言われても仕方ない。

だけど、これが僕の選んだ選択だから。


後は、遥の返事を待つだけ。


「…。」


何かを言い淀むように口を開いた遥は、小さく呟いた。


「私ら、兄妹だよ?何いってんの。バカじゃないの。」


…それはそう。本当に、何言ってるんだって思うよね。


「ヤメなよ。透には好きな人もいるでしょ。」


好きな人。それはきっと莉子さんのことを言ってるのかもしれない。

確かに初恋だった。でも、僕の想いは。


「好きな人は遥だよ。」


「だから、ヤメなって…。」


「好きだよ。」


止めようとする遥を待たず、僕は言葉を紡ぐ。

伝えたいから。

愛してるから愛されたいわけじゃなくて、僕が伝えたいと思ったから。


「この気持ちには、嘘つきたくなかったから。」


身勝手な自分に苦笑いする。

自分の気持ちに正直になるのがこんなに簡単で難しいなんて。

返事に困っている遥を見て、少しだけ我に返る。

…やっぱり。

駄目だとはわかっていた。

後は、僕が身を引けばいいから。


「…ありがとね、言いたいだけ言って。もう、だいじ」


「なんで。」


俯いた遥に遮られる。


「なんで。このままでも良いって、思ってたのに。」


…それは。


「透と一緒にいられるなら。気持ちに蓋してずっと生きてられるって思ったのに。なんで…!」


顔を上げた遥の目に涙が溜まる。


「足立より私を選んでくれた!優先してくれた!だから、もう十分だって…!それだけで良かったのに!…なんで。」


再び顔を俯かせる遥は、


「私を好きになってくれるの…。」


ソファに涙が落ちる。

喜びや悲しみともつかない遥。

涙を流しながらそう云う彼女の肩を引き寄せる。


「あ…。」


「なんでって。好きになったんだから、仕方ないじゃん。遥と一緒に居たいって。そう思ったんだから。」


この子と一生一緒に居たい。

心の奥からそう思った。


「…兄妹だよ?」


「…うん。」


「絶対に結ばれちゃいけないんだよ。」


「偉い人が言ってた。僕の幸せを優先しろって。」

By二宮さん。


「許されないんだよ?」


兄妹だから。

結ばれてはいけない。

恋仲になってはいけない。

夫婦になるなど以ての外。


言われなくても分かってる。

例え愛し合うことに限度があっても、僕はその範囲で遥を愛そう。共に歩もう。

それを、選んだんだ。


「…例え、世界中が赦さなくても。」


だって、僕の好きな人は遥だから。


「僕は、遥のことが好きだよ。」


これだけは変わらない。



「ズルい。」


「え?」

唐突に言われた言葉に反応できなかった。


「私の方が、ずっと好きだった。」


遥は、


「ずっとずっと、ずーっと。私の方が好きだった。」


開き直るように言葉を継ぐ。


「顔が好き。声が好き。手の形が好き。少し小さい体も好き。優しいところも好き。困ってるところも好き。泣きそうなところも好き。いつも待ってくれてるのも好き。時々拗ねるのも好き。巫山戯たところも好き。面白くないところも好き…」


「ぜーんぶ、透が大好き。」


遥は今までの鬱憤を晴らすかのように。


「透を愛してる。」


…ああ。

こんなに。

こんなにも、幸せなことなんだ。

好きな人に好きと言ってもらえることが。


「僕も遥を愛してるから。」

自然と言葉になった。

なんの偽りもない本音。


「…我慢してきたのに、透のバカ。」


拗ねるような遥が愛おしい。


「ごめんね。」


「ずっと言いたかった。」


伝えてくれたことが嬉しい。


「うん。」


「透。」


「うん?」


「好きだよ。」


「僕も、遥が好きだよ。」


僕達は、恋人になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る