第38話 凪いだ時間
遥と話し合ってから一夜明けた月曜日。
中間試験まであと1週間に迫っていた。
高3の受験生はそれぞれ目指す進学先があるといえど、卒業がかかっているテスト勉強も疎かにはできない。
普段は騒がしい教室内は、テスト勉強に集中する生徒達の静寂で満たされていなかった。
お気づきの人もいるだろう。チャラ男のせいです。
「俺数学捨ててるし!いらんし!なんでテスト勉強しなきゃいけんのよ!」
嘆くチャラ男。
英語、国語、選択科目の私立を受けると言っても、共通テストには数学があるのだよ。諦めなさい。
…なんでチャラ男の進路事情をこんなに知ってるんだろう。
「うるさい。ちょっとは黙って勉強できんの?」
チャラ男を突き刺す桐生さん。うん。いつもの桐生さんだ。
「まあ、確かに勉強ばっかで気が滅入るな。」
イケメン近藤くんがチャラ男に乗る。
「そうかもね!あ、試験終わったら気分転換に遊ばない?」
桐生さん…。とんでもなく早い掌返し。ナイフとフォークの他にドリルも備わっているのか。恐ろしい子…。
桐生さんの発言に他イケジョメンツも乗り気のよう。
早々に復活したチャラ男も声を上げる。
「いいじゃん!いこいこ!どこにするよ!?」
「足立はどこか行きたいとこある?」
「ん。ウチ来週末はパスだわ。ごめん。」
近藤くんから振られた莉子さんはスッパリ断る。
「そっか。分かった。」
その清々しい断りぶりを受けて、近藤くんは苦笑いしながら僕の方に視線を向ける。なんで見るんですか。
…いや、僕も見てたけど。
「えー、足立無理なん!?日変える?」
頑張るチャラ男を見ていると、スマフォの通知が鳴る。
『土日、どっちがいい?』
莉子さんからだった。
あ、なるほど。どっちかをイケジョと遊ぶ日に充てるということですね。
『日曜にしよっか。』
『ん。』
短い返信を終えると、莉子さんは、
「土曜なら大丈夫だわ。あんま遅くまでおれんけど。」
とイケジョグループに伝える。
「お、まじ?じゃあ皆で集まれるな。」
そう言い、こちらを見て爽やかに微笑む近藤くん。
…だからなんで見るんですか。
「しゃあ!気合入ってきたぁ!」
土曜にイケジョグループで遊ぶことが決議された。
つまり、僕が莉子さんに告白するのが日曜日に決定したということですね。
…来週なのにもう緊張で吐きそう。
「どうしたの?」
二宮さんに顔を覗き込まれる。
「ちょっと吐きそうなだけだから。心配しないで。」
「いや。吐きそうなのに心配しないでは無理があるでしょ。」
それはそう。
ただ、幾らか落ち着いてきた。
うむ。当日は当たって砕けろで行くのだ。
…砕けちゃだめじゃん。慎重に成功しないと、だ。
それにしても優しい。早めの二宮さんがいてくれて良かった。
「ありがとう。二宮さん。」
「うん?何もしてないけど?」
その気遣いで十分なんです。
いつも僕のメンタルケアありがとうございます。
「何もしてないで人を救ってるんだよ。二宮さんは。」
「ふーん。そ?ならいいや。おやすみ。」
おやすみなさい。
眠り姫の就寝を見届ける僕。
またスマフォの通知が鳴った。
『仲良いじゃん?』
…。顔を上げるとニッコリと微笑む莉子さんと目があった。
眩しいはずの笑顔が怖かった。
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光陰矢の如しとはよく言ったもので。
本日は晴天なり。
そしてテスト期間の最終日。
これといって特に特筆するようなこともなく、あと1科目でテストは終了する。
最後の科目は英語。
詰まることのない僕は、淡々と解答用紙を埋めたあと、教室の前部分をぼーっと見つめていた。
詳しく言うと、莉子さんの後ろ姿を見ていた。
制限時間もあと5分を切ろうとしている中、彼女は未だ解答用紙を埋めているのか、机に向かって必死に消しては書いてを繰り返しているよう。
…頑張れ。
担当教師の終了の号令が来るまで、ずっとその手は止まることがなかった。
答案も回収され、教室内は弛緩した空気が漂う。
受験生とはいっても、テスト週間の終わりくらいは気が抜けても許されると思う。
早速明日どこに行くかを話し合っているチャラ男達を見ていると、二宮さんからお声が掛かった。
「お疲れ様。どうだった?」
「うん。良い感じ。二宮さんは?」
口許に笑みを湛えた二宮さん。
うん。余裕そうですね。
「私も、いつも通りかな。でも遠藤くんが良い感じかぁ。今回は抜かされてるかもね?」
二宮さんの成績は基本5位以内。
日々の授業をほぼ寝ている彼女だ。
本気を出せば1位になることなんて簡単に思える。
そんな彼女の下付近をうろうろしている僕は、少しだけ冗談交じりに告げた。
「うん。今後は1位目指すから。テストも、模試も。」
その大きな瞳を少し見開く二宮さん。
「ふーん。そっか。」
「うん。」
何かを感じ取ったのか、じっと僕を見つめる。
そして、納得するように頷いた。
「いいね。死んだ顔も良かったけど、生きてる顔も良いかも。」
褒め言葉、なんですか。
…死んだ顔。え、二宮さんから見て僕死んだ顔なの?
「なにかあったんだ?」
うん。まぁ。色々。
「うん。ちょっとね。」
「そっか。頑張ってね。遠藤くん。」
お互いの言葉に詳細はない。
ただ、漠然とした応援をくれるだけでも嬉しかった。
「ありがとう。僕そろそろ帰るよ。今日は妹のリクエストでちょっと準備が要るご飯なんだ。」
鞄を手に持ち、席を立つ。
莉子さんはイケジョグループで明日の予定を話し合っていた。
「うん。ばいばい。告白、上手くいくといいね。」
…何も言ってないよ。
え、ホントにエスパーなんじゃない?
その日の夜、自室で読書をしていると莉子さんから電話が掛かってきた。
『もしもし、とおる?』
『こんばんは。莉子さん。』
『ん。おつ。』
何事もないただの挨拶。学校で聞いていたはずの声が耳元に聞こえるだけで、とても心が満たされていた。
『明日、皆と遊ぶんだよね。楽しんできてね。』
テストが終わった後の息抜きだ。
溜まっているものもあるはず。
『ありがと。さくっと終わらせて帰るから。』
『そっか。』
『そ。』
少しだけ会話が途切れる。
『ねえ、莉子さん。日曜、夕方くらいに少し時間貰える?』
『ん。いいよ。なに?サプライズ?』
『あ、いや。サプライズってわけじゃないんだけど…。』
『まあ、いいや。聞かないでおく。…楽しみにしてるから。初めてのデート。』
デート。あの日もデートではあったけど、多分明後日が僕たちにとって本当のデートになる。莉子さんも多分そのつもりで言ってくれたんだと思う。
『うん。僕も。』
『ねぇとおる?』
『なに?』
『安心して。大丈夫だから。』
察してるのだろうか。僕が告白しようとしてるって。
固まってしまった僕に。
『ふふっ。じゃあもう寝るわ。またね、とおる。』
『うん。おやすみ。莉子さん。』
通話を切り、少しだけ息をつく。
安心して、その言葉が胸に残る。
うん。伝えよう。これまでの感謝を。僕の気持ちを。
そこからもう一度始めるんだ。
その日は中々眠れなかった。
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