第37話 家族

莉子さんが好き。



改めて認識した。

いや、認めることが怖かったんだと思う。

本当はずっと前から惹かれていた。


あの日。

家で泣いている時も、莉子さんの事を心の奥底では信じようとしている自分がいた。振られた側の辛さと思い込むのは簡単なのに、いつもみたいに逃げればいいのに。


黒く沈殿していた心の靄が晴れていくのを感じる。

色のなかった世界が色づいていく。


彼女が僕に与えてくれたモノ。

逃げる僕を見放さず、ずっと見ていてくれたこと。

恥ずかしそうにしながら、何でも無いように気持ちをぶつけてくれたこと。


報いる、なんて烏滸がましいかもしれないけど。

今度は僕が動かなきゃ。

逃げるのはもう辞めだ。

この気持ちを誤魔化し続けるのも、もうおしまい。


だから、この気持ちを一番先に伝えないといけないのは…。



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家のドアを開け、玄関で靴を脱ぐ。


リビングに入ると、遥がソファに座っていた。


「おかえり。透。」


「うん。ただいま、遥。」


テレビから目をこちらに向け、力無く微笑む遥。

無いとは思うけど、僕が何を話したいのか分かってるような気がした。


「ご飯作るね。ちょっと待ってて。」


「うん。」



2人でご飯を食べ、ソファに並んで座る。

いつも通りの時間。


言わなきゃいけない。

莉子さんが好きだと。

0からスタートした僕等がもう一度始めるには…。


「あの、遥…。」


「ねぇ、透。」


言葉が遮られる。


「これから話すのは、ただの独り言だから。何も言わないで聞いて欲しい。私の独り言。」


「…うん。」


「最初はね、透が足立と付き合うことになって、ちょっと安心したんだ。一人だった透が、もう一度誰かと歩くことを決めたんだって。嬉しかった。本当に嬉しかったんだ。」


ポツリポツリと、言葉を紡ぐ。


「でもね、でも…。透が離れていっちゃうんじゃないかって。私と透の時間が、関係が、どんどん無くなるんじゃないかって。不安になった。」


その表情は、何かを諦めているようで。


「だから、透が傷ついて帰ってきた時、心の中では足立に怒っている以上に…ホッとしてた。また2人でいられるって。」


懺悔するようで。


「でもさ、やっぱ透は透だった。どんなに傷ついても、どんなに甘やかしても、最後は前に進むんだ。進めちゃうんだ。」


遥は…。


「私は…。そんな透が好き。たった一人のお兄ちゃんが、一番好き。他の誰でもない。私の宝物。」


…。


「ねぇ、透?」


「うん。」


「透は、誰が好き?」


ずっと、遥は僕を。


2人だった。両親を亡くし、唯一の引き取り手に愛情を向けられず、2人で守り合ってきた。兄として。妹として。そういう生活だと思っていた。


だけど…。


遥の想いを聞いて、聞かなかったフリなんてできない。

『透は、一生分からなくていいかも。』

あの言葉。

多分、遥は自分の気持ちを伝えるつもりなんて無かったんだろう。僕が変わろうと、もう一歩前に進もうとしているのを、こうして自分の気持ちを曝け出してまで後押ししてくれる。


いつもいつも、遥は僕を。


胸が痛くなる。こんなに想われているのに。

欲しかった温もりを与え続けてくれたのに。

その彼女が欲しい言葉を掛けれないことに。


涙が溢れる。いつも抱き締めてくれた手は少しだけ遠い。

言わなきゃ、僕の気持ちを。

だって、これは僕が始めた恋だ。


「僕は…、足立莉子さんが好きだ。」


「…うん。」


「一度は傷ついた。色んな誤解があった。もう話さないようにしようって思ったんだ。でもね…。」


「うん。」


「でも。彼女と一緒にいたいって思いは無くならなかった。僕が彼女を幸せにしたいって。彼女の笑顔の側に僕がいたいって、そう思ったんだ。」


遥の目に涙が溜まる。

それでも、僕は目を逸らさない、逸らしてはいけない。


「だから、僕は彼女と付き合うよ。」


遥の頬に、一筋涙が流れる。


「…。うん。分かった。幸せになれよ、バカ透。」


遥は、涙を流しながら笑った。




「あー、言っちゃったわ。」


しばらくして、遥は呟く。


「ん?」


「透が好きってこと。気付いてなかったでしょ?」


はい。すみません。


「まあ、気付かれたらそれはそれでって感じだけどさ。ホント、なんで兄妹なんだろね、私達。」


それは、兄妹だから…。


「透は、家出るの?」


大学に行ってから、ということくらいは分かる。


「いや、出ないよ。」


そもそも、そんな一人暮らしするようなお金ないし。節約しないと。


「え、だって足立と付き合うんでしょ?同棲とかしたいんじゃないの?」


…まあ、確かに。恋人との同棲か。憧れではあります。


「僕の家は此処だから。大学もこの家から通うよ。」


多分、遥は気を遣っているんだろう。

莉子さんと一緒にいろ、と。

でも、僕と遥は家族だ。2人だけの家族。そんな簡単に離れることなんて出来ない。


「そっか…。いいの?」


「当たり前でしょ?遥は、僕の家族だから。恋人が出来ても、ずっと変わらないから。一生、僕の家族だよ。」


変わらない。妹と疎遠になることなんてない。

そんなこと、多分莉子さんも望んでない、と思う。


「そっか…。なら、結婚してもこの家ね!」


「え?」


「家族でしょ?いいじゃん!透の世話は私が一番上手いんだから。それに、足立と付き合い続けるかも分からないんだし?」


それは、ないと思いたい。

いや、でも一緒に住み続けるのは遥的にどうなの?


「嫌じゃないの?だって…。」


僕に好意を持ってくれた遥の前で、僕とその恋人が暮らすのだ。だいぶ残酷なことだと思うけど。


「あー。やっぱキツイかも。てか足立のことヤっちゃいそうだし。」


…やめて?僕の周りの女子、なんで物騒な人ばっかなの。


「でも、透の側から離れるのが一番キツイから。透離れは、まだ出来る気がしないや。」


「そっか。」


まだまだ先の話。

僕と莉子さんは付き合えてもいないんだ。

…そうだ。付き合ってないんだ。告白しなきゃ、だよね。

あ、なんか不安になってきた。


「なに暗い顔してんの。やめな?陰キャバレるよ。」


「すみません。」


もうバレてますけど。え、ホントに僕のこと好きだったの?


…そうだ。莉子さんから言われていた。遥が会ってくれるか。会ってくれるとはまだ思わないけど…。


「遥は、莉子さんと会える?」


「…。正直嫌だ。」


ですよね。


「でも、会うよ。話さなきゃ。」


決意を固めるように。


「…ありがとう。」


「ホントだよ。世話かかるんだから。」


空元気なんだと思う。

無理して笑っているのが分かる。


いつもならすぐ近くのはずの妹と僕の間には、好意を伝えたことの遠慮なのか1人分の隙間がある。

その隙間を埋め、僕は妹の手を握った。


「え…?」


「大丈夫。遥の気持ちを否定する気なんて無いから。」


僕の言葉を聞いた遥は、少しだけ遠慮がちに握り返してくれた。

遥の気持ちを否定しない。

だって、世界で2人だけの家族だ。

2人が納得するなら問題ない。そうやって生きてきた。

これが僕達の距離。こうして寄り添ってきた。


遥は兄離れと言ったが、僕も当分は妹離れ出来そうにないかもしれない。


「ありがとね。透。」

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