第36話 この気持ちは恋

莉子さんと駅まで歩く帰路、視界に駅が見えてきた頃。


「日曜あり?」


打ち上げの話だと思う。

基本的に予定がない僕は問題ないです。


「うん。いいよ。」


「ん。カレンダー入れたわ。」


スマフォにスケジュールを入力したのか、カレンダーに『とおる(ハートマーク)』と書かれた文字を見せてくれる。ガッツリ1日分ピンク色になっていた。


…ハートマークにはツッコまない。


「今度は、何もないかんね。」


宣言するように、カレンダーを見せながら言う莉子さん。

気にしてくれてるんだろう。あの日、近藤くんの試合とデートが被ったことは、彼女の中でとても重りになっていたはず。


「うん。ありがとう。信じてるよ。」

彼女を信じてる。

すれ違っても、またこうして関係を築けたのだ。

僕も…。もう一度勇気を出せるだろうか。


「ん。」


頷く莉子さん。少しだけ、何か言いたそうにしている。


「うん?」


逡巡していたが、こちらを見上げると、


「あ、そのさ。前に二宮の家行ったんしょ?」


「あ、うん。おばあさんの家だったけどね。」


とんでもなく凄かった。

小惑星探査機が墜落してきそうな家だった。


「だよね。…日曜、ウチ来ない?」


…えっと。

ウチは莉子さんで?でもまたウチは家で?つまり莉子さんは家?

意味不明な三段論法が成立したけど、違うよね。


「莉子さんのお家に、ってこと…?」


「ダメ?」


「い、いいよ。」


つい、答えてしまった。めちゃくちゃ声が裏返った。


「マジ!?あ、嫌だったら全然いいから。」


正直腰が引けてる。足立家だよね、みんなギャルだったりするんだろうか…。

いや、お宅に呼ばれるだけなのだ。緊張する必要はない。うん。大丈夫大丈夫。なんとかなるさ。なんくるないさ。


「じゃ、また駅で。」


「うん。分かった。」


手を振り、改札を抜ける莉子さんを見送る。

菓子折り、また買わなきゃ。



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日曜日



やってきました日曜日。

うん。あっという間だ。

土曜日の記憶がほぼないので、多分今日は土曜日なのではないかと日付を確認したけど日曜日。


莉子さんとは駅に12時集合。

時刻は11時20分。

もうすぐ出ないとまた待たせちゃうかもしれない。


自室から玄関までの道のりを進む。

関門はリビング。テレビ前に陣取る遥の検問を通らない限り、玄関には辿り着けない。

大丈夫。友だちと遊ぶだけ。いくらでも説明しよう。さあ来い。


意気込み、リビングに足を踏み入れた。

玄関に続く廊下のドアに手を掛ける。

あれ、まだ来ない。なんだ、何も言わないなら先に言ってよ、とドアを引くと。


「透。」


はい。


「なんでしょうか。」


めちゃくちゃ挙動不審になってしまった。


「いつ帰るの?」


あれ。


「17時前には。」


「そ。」


「う、うん。行ってくるね。」


「うん。行ってらっしゃい。」


廊下を抜け、玄関から外に出る。

あれ?絶対色々聞かれると思ったのに。なんで。

気になったが、今は莉子さんと会うことを優先した。



駅についたのが11時45分。

改札に近寄り、莉子さんが来ているかを確認する。


いました。


改札横の柱にもたれ掛かる形で僕を待っていた。

静かに佇むその姿は、以前のオシャレ上級者な出で立ちとは180度異なり、とても清楚なワンピースに身を包んでいた。


…うん、めちゃくちゃ可愛いです。


立ち止まっていた僕は、ふと顔を上げた莉子さんと目が合う。ニッコリと微笑む笑顔に胸が苦しくなった。


「とおる!」


「遅れてごめん。」


駆け寄る莉子さんに近づく。


「ん。全然。」


待っていたことに、特に不満も言わずこちらを眺める莉子さん。


「で?」


「え?」


「ウチの私服。」


あ。このパターンですね。

大丈夫。僕も進歩しているのだ。任せてください。


「良い、ワンピースですね。」


「マイナス5点。」


…すみません。僕にはまだ無理です。


「ごめんなさい。」


「ん。次は期待してるから。行こ。」



電車に乗り、莉子さんの最寄り駅を目指す。

僕がそちらに向かうと言っても、待つの一点張りで聞かなかった。意思が強い。


15分程揺られ、電車から降りる。


「家まですぐだから。ちょい我慢して。」


「あ、うん。」

…すぐなのか。


歩くこと数分。


「ここ。」


「…。」


莉子さんが止まったのは一軒家の前。

白塗りの上品さが伝わる家だった。

…ホントにすぐだった。まるで心の準備が出来てない。

ちょっとまってね。あと、1時間もしたら行けるかもだから。あ、それまで散歩してきていいかな?

一回家に帰るけど、気にしないでくれると助かります。


「はよ。」


手を引かれて、家に入る。

あ、そんな急に…!


「ただいま。」


僕の手を引き、家に入った莉子さんの声に反応が返ってきた。


パタパタとスリッパの音を立てながら姿を見せたのは、とても優しそうな雰囲気の女性だった。


「あら。いらっしゃい。遠藤くんね?うちの莉子がいつもお世話になってます。」


「あ、こ、こちらこそ。お世話になっております。遠藤です。…あ、初めまして。これ、つまらないものですが…。」


うん。素晴らしく挙動不審。満点だ。

いそいそと菓子折りを差し出す。


「ふふっ。わざわざありがと。頂くわね。」


僕の醜態に笑う莉子さん母(恐らく)。


「さ、上がって。お昼まだでしょ?準備できてるから。」


「すみません。お邪魔します。」


靴を脱ぎ、家に上がる。莉子さん母(恐らく)は、


「莉子が男の子呼ぶなんて小学生以来なの。だからお料理も張り切っちゃった。いっぱい食べれる?」


とても。


「遠藤くんとても細いわね。ちゃんと食べてる?おかわりあるからね。」


とてもマイペースなお方でした。


「ちょ、ママ落ち着きなって!マジ恥ずいからやめな!」



莉子さん宅のリビングに通された僕は、椅子に腰掛け肩を極限まで縮めていた。これが本当の恐縮です。


オープンキッチンでは、莉子さんと莉子さん母が戯れ合いながらお昼の用意をしている。うーん。仲の良い親子、素敵ですね。


両親を早くに亡くした僕にとってその光景はとても眩しく、憧れと同時に、寂しさで心が募る。


ダイニングテーブルに料理を運んでいた莉子さんはそんな僕の様子に気付いたのか、俯く僕を心配そうな顔で覗き込んできた。


…近い。


「とおる?具合悪い…?」


「あ、違うから。ちょっと良いなって思ったんだ。」


心配させるわけにはいかない。

両親がいないことを、この場で話すような無神経さは流石に僕も持ってない。

ただ、それで莉子さん納得しなかったらしく、


「言って。」


「え、でも。」


「とおるが辛そうなのは嫌だから。話せるなら言って。」


…僕を見つめる莉子さんの方が辛そうな表情をしていた。

キッチンに立つ莉子さん母も、手を止めて僕達の方へ寄ってくる。


「…もう、僕の中では整理できていることなので。これを聞いても心配しないでほしいんですが。…」


事実だけを述べた。

両親がいないこと。

祖父母に引き取ってもらったこと。

家族愛というものは妹ただ一人だったこと。

それでも、幸せに暮らしていること。


「…だから、少しだけお二人を見て、良いなっておも…」


抱きしめられた。


「…えっと、莉子さん?僕は大丈夫だから。」


本当に大丈夫なのだ。

遥と一緒に泣いた夜、僕は独りじゃないと分かったから。

だから…。


「ううん。違う。ありがとね。ウチに話してくれて。」


…。


「とおるが今こうして此処に居てくれる。辛いことが多くても、ウチと一緒に居てくれる。ずっと耐えてきたよね…。」


「そんな…。僕は、逃げてばっかりで。」


「逃げていいじゃん。逃げても誰も責めないって。なんか言ってくる奴いたらウチがヤルから。そんなこと気にすんな。」


僕の頭を撫でながら。


「頑張ったね。とおる。」


泣き虫な僕は、涙を堪えるので精いっぱいだった。


「そうそう。莉子に任せなさいな。喧嘩は強いのよ。この子。」


莉子さん母も同意する。同意の仕方が怖い。


「さ、ご飯食べましょ!」


いつの間にか並べられていた料理は、ダイニングテーブルを埋め尽くしていた。


…え、これ全部食べるの?



食べきれない程のお昼を乗り切った僕は、莉子さんの部屋に座っていた。

…うむ。展開が早すぎて脳が追いつけていない。


「あ、あんまジロジロ見んなし。」


「ごめんなさい。」


女子の部屋に入ったことなんて無い僕は珍しくて見回してしまっていた。

これが莉子さんの部屋。遥とは大違いだ…。


「それよりさ、とおるにお願いがあって。」


お願い。女子の部屋に2人きり。お願い。

2人きりの空間。お願い。マズい僕たちは友達のはず。


「莉子さん…。ちょっと落ち着いて…!」


莉子さんの好意は分かる。分かるけど、僕はまだそれを受け入れることが出来てない。階段飛ばしすぎです。


「は?落ち着いてるじゃん。」


…落ち着いてるのか。マジですか。え、マジ?


「勉強、教えてよ。」


知ってた。



莉子さんの勉強を見る。

現在取り掛かっているのは英語。

莉子さんはお世辞にも勉強ができるとは言い難く、質問してくる箇所も、基礎的な部分から教えることが多かった。

しかし、勉強嫌いな彼女が僕の拙い解説を真摯に聞いてくれるのは、成績しか誇れなかった僕にとってはとても嬉しかった。


「んー。マジムズい。よくこんなの解けんね?ヤバいって。」


勉強すること約1時間半。

疲れが見えた莉子さんに一度休憩を促し、伸びをする。


「慣れだからね。普段からやってるとそうでもないよ。」


「うー。その言葉キツい。」


小さく唸る。可愛い。


「でも、なんで勉強しようと思ったの?」


受験生にこんなことを聞くのは大変失礼とは承知しているけど、莉子さんはどちらかというと進学より専門的な分野に行くのかと思っていた。


「…。ちょっとね。」


そうか。ちょっとか。ちょっとなら仕方ない。


「とおるは、どこ行く予定?」


「僕?一応4つに絞ってはいるけど、今のところ早稲田、かな。」


「…ちなみに今のウチでも目指せる?」


「…。」


「黙んなし。あーね、結構遠いなぁ。知ってたけど。」


莉子さんは、僕と同じ大学に行きたいのだろうか。

いや、じゃなきゃこんな質問しないと思う。

もしこれで、ただ聞いただけと言われたら、人間恐怖症になる自信がある。


「私立だから、そんなに科目多くないし。頑張れば行けるかも…。」


「ま?頑張ればいける!?」


…多分。


莉子さんは少し身体を僕に寄せる。


「とおるさは、ウチが同じ大学に行きたいって言ったら、迷惑?」


「そんなことない、です。」


寄せられた身体が更に近づく。


「高校卒業したら、とおると離れ離れになるって考えると、辛いんだ。」


「…うん。」


「この先ずっと、とおるの側にいたいから。」


「うん。」


「だから、頑張るから。ウチのこと、見てて。」


もう肩と肩が触れ合う距離まで接近した莉子さんは…。



「あら、お邪魔?」


唐突に開かれたドアにビックリして身体を離した。


「ちょ!ママ!絶対見てたでしょ!」


莉子さん母に噛み付く。


「あら、何を?」


逆に問いかけられ、うー、と唸る。可愛い。


「お菓子持ってきたから、食べて?」


母強し。



休憩を挟んだ後、1時間程勉強し、そろそろお時間ですねとお暇することにした。


「また来てね!」


莉子さん母に頭を下げる。


「駅まで送る。」


男子側の台詞をサラッと言う莉子さん。カッコいい。


「あ、でも。悪いから。」


「しっかり送ってあげるのよ〜!」


…。なんだろう。立場逆じゃない?

何も言えず、送られることになった。


莉子さん宅を出て、2人駅へ向かう。


「今日はありがと。来てくれて。」


「いや、こちらこそ。楽しかった。」


とても、楽しかった。


「ホント?勉強しかしてないじゃん。」


「ううん。凄く、楽しかった。ありがとう。」


「そっか。」


うん、と頷く。

並んで歩く道は無言。だけど、この無言は全く僕を不安にさせなかった。


「ねぇ、とおる?」


「うん?」


「手」


控えめに差し出される莉子さんの左手。


その手を、僕は握り返した。


「ふふっ。」


ギュッと握り返してくる莉子さんの笑顔を見ていると、胸の奥が満たされ、同時に締め付けられる気持ちになる。

やっぱり僕は…。


「…。」


手を繋ぎながら歩くこと数分。駅に着く。

莉子さんの家から近いこともあるが、この数分は一瞬の出来事のようだった。


「来週の試験終わったら…。」


名残惜しそうに手を離した莉子さんは、口を開く。


「うん。」


「デートしよ?」


「うん。分かった。」


やっぱり僕は…莉子さんが好きだ。

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