第39話 大好きだよ
テスト期間終わりの日曜日。
僕は駅で莉子さんを待っていた。
土曜日に中々寝付けず、生活リズムが狂ってしまった僕の今日の起床時間は午前3時。窓の外の暗い町並みが、徐々に朝日に照らされていくのを眺めて浸っていた。
コーヒーを飲み、いつでも出れる準備を済ませたのが午前6字。
そして考える。
莉子さんはいつも僕より早く待っている。
好きな女子をいつも待たせるのはよろしくないと、頭のバグっていた僕は早々に家を出た。
現在時刻は午前10時。
集合時間は12時。
うん。早すぎるよね。
流石に2時間前に待ち合わせにくる馬鹿なんて僕くらいだったようで、莉子さんの姿は駅に見えない。
良かった。もしこれで莉子さんが来てたら、待ち合わせの意味をもう一度考え直す必要があった。
日曜日の朝はまだ人の姿はまばら。
スーツを着て駅に急ぐ人も見える。出社するのだろうか、お疲れ様です。
改札から少し離れたベンチに腰掛け、持参した本を広げる。
視界の文字に思考を移そうにも、今日のデートへの期待と不安でまともにページが進まない。
うん。やめよ。
本を閉じる。あまりスマフォをいじる習慣もない僕は、駅前の光景をぼんやりと眺めることにした。
10分程経ったとき、スマフォの通知が鳴る。
『おはよ。』
莉子さんからです。
『おはよ。莉子さん。』
『今、何してる?』
駅にいます。とは言えない。
待たせちゃいけないからと、こんなに早く着いてると伝えても、何やってんのコイツとなるだけだし。
ここは1つ、優雅に家でコーヒーを飲んでいることにしよう。
現に、僕の手には缶コーヒーが握られている。
真実を交えた嘘はバレにくいと、進撃してそうな巨人で読んだことがある。
『まだ、家居るよ。コーヒー飲んでる。』
『ん。嘘。』
え。なんでバレたの?
『前。』
スマフォを若干姿勢悪く見ていた僕は顔を上げる。
莉子さんが立っていた。
もう一度スマフォに目を落とし、時刻を確認。
10時48分。
え、早すぎない。
「おはよ。とおる。」
「お、おはよ。莉子さん。」
いつもこんなに早く着てるの?
まだ待ち合わせに1時間以上もあるけど…。
いや、今回の僕が言えたことじゃないけども。
「あんま寝れなくって。とおる待ってようと思ってた。いつもはこんなに早くないし。」
僕の呆けた顔から察したのか、その理由を話す莉子さん。
ホントですか?少し早口だから誤魔化してる感じがするけど…。
「てか、とおる早くね?どしたん?」
それはそう。
「あ、いや。ちょっと早起きしちゃって。いつも待たせてるから、早くきちゃった。」
…自分でも今のはちょっとキモいと感じた。
「ん。ありがと。でも早すぎ。」
「莉子さんもじゃん。」
お互い、この時間に来てるからツッコミが己に返ってくる。そんな緩い空気に耐えられなくて、2人して笑ってしまった。
ベンチから腰を上げ、改めて莉子さんを眺める。
オシャレ上級者の莉子さんの服装を褒めるのだ。
パステルカラーのシンプルなブラウスに、長めのスカート、上から羽織るのはスカート丈より少し短い薄手のロングカーディガン。
髪の毛も後ろで編み込まれているようで、めちゃくちゃ大人っぽい。
…なんて褒めればいいの?
「莉子さん。」
「ん?」
「服、似合ってます。」
…無理だ。僕には、無理だ。
「ん。ありがと。プラス5点。」
お情けの5点だよね。すみません。
「すみません。」
「なんで謝罪よ。」
僕の表現力が足りなくて。
「とりま、飯行くのも早いし、どっか見てく?」
105点の僕は、潔く頷いた。
2人で駅前を歩く。
駅の東口は栄えている方で、ショッピングモール等が建っている。僕達が今歩いている西口は、昔ながらの商店街があり、開き始めたお店を見ながら一周するように回る。
時折気になったお店の前で立ち止まり、商品を手に取っては感想を言い合う。
「とおるはさ、服とか興味ないん?」
僕の服装は基本的にシャツにスラックス。
ほぼ遥のチョイスを身に着けている。
自分のセンスが駄目なのは理解しているので、服を買おうと思ったことがない。
「うーん。僕のセンス、遥曰く壊滅的らしいんだよね。」
ネットスラングが書かれたTシャツ、良くない?
顔文字が書かれたパーカーなんて僕からすれば十分オシャレなんだけど。
「なる。じゃ、今度買うか。」
「え、いいの?」
「もち。ウチが選んだげる。」
有り難い。センス溢れる莉子さんに服を選んでもらうのか。これで僕もオシャレ上級者とは言わないまでも初心者にはなれるんじゃないかな。期待に胸が膨らむ。
「まあ、今の服装も良いんだけどね。」
…さらっと褒めてくれるよね。遥さんグッジョブ。
商店街を一通り回ると、時間は12時を越えていた。
時間が経つのが早い。
「飯行こっか。」
「うん。」
お昼に入ったのは駅近にあるオシャレな喫茶店。
あの日に入ったお店である。
足立さんが選んだのはパンケーキセット。
僕はコーヒーセット。
以前の莉子さんが食べきれなかったことを覚えている僕は学習しているのだ。偉い。
やってきたパンケーキはいつ見てもご立派。
「半分こしよ?」
少し小首をかしげながら言う莉子さん。可愛い。
「うん。」
半分に切ったパンケーキ。3つ重なっているので半分になっても結構なボリューム。二宮さんって…。
パクパクとパンケーキを頬張る。普通に美味しい。
一通り写真を撮っていた莉子さんもパンケーキを食べ始める、と思ったのだが、一口大に切り取ったパンケーキをしばし見つめている。
はて、何かあったんでしょうかと思っていた僕に、恐る恐るそのパンケーキが近付いてきた。
「…。」
「…。」
無言。
いや、分かる。これは、あーん、というやつですよね。分かりますよ。ただ、無言で近付いてくるので少し怖い。
「…くち。」
「は、はい。」
「くち、あけて。」
「あ、はい。」
口を開ける。詰め込まれるパンケーキ。
咀嚼する僕を眺めていた莉子さんは、
「なんか違う。」
そうだね。
少し天然が入っているのかもしれない。
食事を終えた僕達は、ショッピングモールにてウィンドウショッピングをしていた。
莉子さんの隣を歩くだけで、少し心が浮ついていた僕は気付く。
あれ、商店街でも同じことをしていたよね。
これはマズイのではないだろうか。
デートの経験などほぼ無い僕の頭でもアラートがなっている。お前どれだけウィンドウショッピングするんだと。
ただ、世のデートというものが一体何をすれば良いのか全く見当が付かない。デートスポットのリサーチくらいやってから臨めと、朝3時起きの自分を殴りたくなった。
そんな僕の様子に気付いたのか、莉子さんが聞いてくる。
「どした?」
「あ、ちょっと僕のリサーチ力の無さに絶望してました。」
心の中で、力なく項垂れる。
「そ?別に良くない?ウチは楽しいけど。」
…その優しさに泣けてくる。
「ありがとね。莉子さん。」
莉子さんの言葉をフォローと受け取っていることに勘づいたのだろう。
「信じろし。とおるとこうしてるだけで、楽しいんだから。ずっと夢見てたんだから。」
「…。うん。分かった。ありがとう。」
彼女の言葉には、いつも励まされる。
「じゃさ、上のゲーセン行かない?」
空気を換えるように。
「ゲーセン?」
「そ。ちょっと違うことしよ。」
そう言い、近くのエスカレーターに向かう莉子さんを追いかけた。
音がうるさい。
色鮮やかな筐体が立ち並ぶ。ここにお金を入れるのか。
これがゲーセン。人呼んで募金箱。
いや、勿論知ってます。
アホな現実逃避もしたくなる。
だって今僕達がいるのはプリクラゾーンだったからだ。
「あ、これ良くない?」
どのプリクラで撮るか、各筐体を見て回る莉子さん。
うーん。女子だ。
違いも大して分からない僕は、莉子さんの選んだプリクラの中に入る。
お金を入れると、とてもきゃぴるーんな音声が流れてきた。え、なに?ポーズも指定されるの?
そんなの、人に指示されるのがだいっ嫌いな莉子さんには辛かろう。違う所でも良いんじゃないですかと言おうと横を見る。
めちゃくちゃ待機してた。
「…はよ。」
あ、はい。
音声から流れるボースに合わせてパシャパシャと撮られる音がする。うーん。慣れない。
撮影も終わりに近づくとき、天の声が指示してきたポーズは、
『それじゃ!最後にお互い近寄って恋人のポーズ!』
知らない。僕の履修科目には無い。
「とおる。」「キャッ。」
女子みたいな声が出た。
莉子さんが僕の腕を引く。
腕を組まれるような体勢になった2人。
『それじゃ撮るよ〜』
天の声が撮影終了を告げるまで、僕達はそのままだった。
プリクラが終わると何が来るか。そうプリクラが始まる。
終わったあとのお絵かきみたいですね。
時間制限があるからか、莉子さんはせっせとペンを動かしていく。
おぉ。凄い。こんな顔になるんだ。
隣で文明の利器の凄さに驚くだけの僕。
「とおるも、なんか書く?」
「え。僕は…。うん。書いていい?」
期待するような視線。確かに、プリクラは記念とも聞く。であるならば、僕達が今日ここで撮ったことを記すのも良いかもしれない。
恐らく最後のお絵かきタイムなのか、制限時間が表示されている。
僕は、右下に1文だけ付け足した。
【5/14記念日】
「…。」
隣で見ていた莉子さんはがどう思ったかは分からない。
だけど、今日は特別な日。それは確かだから。
その後、2人でレースゲームをしたり、絶対に取れないUFOキャッチャーに興じているとあっという間に時間が過ぎていった。
時刻は17時10分。
遥には少し遅くなると伝えているため、莉子さんとゆっくり街を歩く。
夕陽に照らされた海沿いの歩道を歩く。
途中にベンチがあったので、莉子さんに声をかけた。
「少し、座らない?」
「ん。」
2人並んでベンチに座る。
「…。」
沈黙。穏やかな空気。
楽しかった。デートになっていたかどうかは怪しいけど、2人きりでこうして過ごせる時間がとても心地良かった。
今日のデートはここまで。彼女と友だちでいるのも、ここまで。
後は…。
「今日はありがとう。すごく楽しかった。」
「ん。ウチも。」
僕が伝える番だ。
「ねぇ、莉子さん。」
「ん?」
「僕さ、自分に自信が無いんだ。嫌なことから逃げるし、すぐ目を逸らすし。」
「ん。」
「莉子さんにいっつも引っ張って貰ってて、今日もなんも考えてこなかったのとか、ダメダメだけど。」
こんな僕を待っててくれた。諦めないでいてくれた。
「それでも、もし良ければ…。」
好きと言ってくれた。
「僕と、付き合ってくれませんか?」
そんな君が…。
「莉子さんのことが、好きです。」
「…。」
答えを待つ。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
想いを伝えるのが、こんなに胸を締め付けられる気持ちになるなんて知らなかった。彼女が、どんな想いでこれまで僕に伝えてきたのか。
「ウチ。口悪いよ。」
「うん。」
「バカだし、すぐ怒るし。拗ねるし。」
「うん。」
「とおるが他の女と仲良くしてるの見るだけでムカつくし。」
「うん。」
「絶対重いよ?愛想尽きるかもよ?」
「…ううん。」
「…。またデートしてくれる?」
「もちろん。何度でもしようよ。」
「ずっと、側に居てくれる?」
「うん。側に居るよ。」
「…。ウチと一生一緒に居てくれる?」
瞳が揺れる。不安そうな声。
ずっと待たせたから。僕のせいでずっと待たせちゃったから。
「うん。一緒にいよ。」
涙が零れた。
僕は…。
「大好きだよ。」
その頬に手を添え、莉子さんの唇にキスをした。
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