第43話 絶対に勘違いされたくない男の子

季節は過ぎ行き春。

ではなく夏。


太陽サンサン盛り上がる今年は、受験生。

というわけで7月。今日は1学期の終業式。


そんな気分ルンルンの僕が6月から約2ヶ月、何していたか…。

勉強していました。

莉子さんと勉強勉強勉強デート勉強勉強勉強デート。

僕の脳内メーカーが健全すぎる。


講堂での終業式も終え、各教室で1学期最後のHRを終えたクラスメイト達は三々五々散らばっていく。


莉子さんは今日イケジョグループとご飯に行くらしいので、僕とは別。賑やかに教室を出ていく彼らを見送り、さあ僕も帰ろうと席を立つ。


明日から夏休み。

今日は少し豪勢なご飯を作るのも良いかも。

何作ろうかしらと、僕を待つ食材に会いにスーパーを目指す。


「遠藤くん。」


「うん?」


「一緒に帰らない?」


二宮さん。


「うん。僕今日スーパー寄るけど、大丈夫?」


「いいよ。付き合う。行こ。」


以前も買い物に付き合ってくれた彼女。

僕と一緒に帰ろうとしている時は何かあると、灰色の脳細胞が伝えているので少し構えてしまう。


スーパーに辿り着き、一通り買い物を済ます。

今日は唐揚げ。

遥の好きな食べ物No.1をチョイス。

ちなみに僕が好きなのは竜田揚げ。

1度唐揚げと偽って竜田揚げを出したら捻り上げられた。そこまでしなくても良いのにと、泣く泣くご飯を食べた思い出が蘇る。


「唐揚げ?」


「うん。遥が好きなんだ。僕は竜田揚げなんだけどね。」


「ふーん。私も好きだよ?竜田揚げ。」


二宮さん…。僕の渾身の竜田揚げをいつか作ってあげたい。

買い物を済ませた僕と付き添いの二宮さんは駅に向かう。


そろそろ駅が見えてきた頃。

多分二宮さんの話があるとすればここだと思う。少し歩く歩幅も小さくなっている。

どんな話をされるのだろう。そろそろコンサル代の強制回収に移るつもりなのかな。


積もりに積もって僕の支払いきれる金額を超えていたらどうしよう。地下労働に連れて行かれる?まだ未成年だからキンキンに冷えたビール飲めないけど…。

彼女のおばあさんの家が思い出される。…僕なんてちっぽけな存在を消すなんて造作もないと思う。


…遥が成人するまで待ってほしいな。


「足立さんと付き合ったんだよね?おめでと。」


「あ、ありがとう。」


全然違った。そりゃそうだよね。


「いつも2人で帰ってるから、話しかけるタイミング無くなっちゃって。」


思えば。

二宮さんと話すのも久しぶりだったかも。

それだけ莉子さんと一緒にいたということなんだけど、二宮さんも僕と話したがっていたのか…。


「ごめんなさい。」


「ううん。大丈夫。別にそんなに話したかったわけでもないし。」


ニッコリ笑う二宮さん。…それはそれで悲しい。


「違うって、冗談だから!友だちでしょ?」


「うん。ありがとう。」


冗談だったんだ…。良かった。


「でさ、ちょっと話さない?前の喫茶店のパンケーキ、また食べたくなって。」


それは…。


「えっと。僕と、だよね?」


「うん。勿論。」


ですよね。考えている僕に二宮さんは畳み掛けるように言葉を繋ぐ。


「あ、パンケーキ1人で食べ切れるか不安だし。最近喋ってなかったから、ちょっと話したいなってだけ。遠藤くんも、終業式で足立さんに解放されてるから息抜きとか必要でしょ?おばあちゃんの話もしたいし。」


…絶対にパンケーキは1人で食べ切れるでしょ。


確かに、二宮さんとは最近喋ってなかったから。近況報告したい気持ちもある。僕を助けてくれた大事な人だから、疎かにしたいとは思わない。


だけど。


「ごめん。二宮さん。ちょっと今日は…。いや、2人でお店とかは辞めとくよ。」


莉子さんから解放された、という言葉が気になったからじゃない。二宮さんからしたら、莉子さん達は僕にとっては不要な人間だという認識はまだ残っていると思うから。

あの時、嵐山で言われた言葉は彼女を形作っている大事な価値観。

僕がどうこう言うつもりはない。てか言えない。


そこではなくて、莉子さん以外の女子とどこかに行くことに抵抗があった。それが例え二宮さんでも。


嫉妬深い僕だ。莉子さんがイケメン近藤くんと2人でご飯に行ったと聞いたら拗ねる自信がある。そんな僕が、2人でご飯を食べるのは違うと思う。


こうして一緒に帰るくらいが許容範囲。


莉子さんに疑われたくないから。言ったら信じてくれるとは思うけど、少しでも彼女に不安な思いをさせたくない。

窮屈な関係かもしれない。大人になったらもっと行動範囲も人付き合いも増えると思う。

それでも、彼女を第一に考えたい。心配させたくない。


「…ふーん。そっか。足立さん?」


少し考えて頷く二宮さん。


「うん。そう。」


やっぱり見透かされてる。


「分かった。ごめんね。また学校で話そ?」


「うん。喜んで。ありがとう。」


少し暗くなって空気を払拭するように前を歩く二宮さんは、ポツリと呟いた。


「ズルいなぁ。足立さんは。こんなに大事にしてもらって。」


どこか遠い目をしながら。


「もし私が遠藤くんの彼女だったらこんな感じにしてくれた?」


…もし二宮さんが彼女だったら。

その未来があったとは余り思えないけれど。


「うん。」


「そっか。それは残念だ。」


冗談交じりに呟く彼女の表情は…。

少し寂しそうだった。


「じゃ、私帰るよ。またね、遠藤くん。」



「うん、またね。二宮さん。」


その寂しそうな彼女に、手を差し伸べることは出来なかった。



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自室。



唐揚げを沢山食べて幸せそうな遥を見て幸せになった僕は、参考書に向き合っていた。

夏休みの宿題は3年なので、ほぼ無い。

自分で効率の良い長期休暇にしなさいという方針はとても有り難い。

黙々と目の前の問題に集中していたとき、通話の音がなった。スマフォに映る文字は莉子さん。


『もしもし、莉子さん?』


『おつ。』


『お疲れ様。今帰ってきた感じ?』


時刻は20時過ぎ。

莉子さんがイケジョグループとご飯を食べて帰ってくる時間は大体そのくらいだった。


『ん。シャワーとか浴びて今部屋。』


なるほど。シャワーですか。ふーん。


『なるほど。おかえり。』


『てか、二宮と帰ってたらしいじゃん?』


唐突に切り出すリコさん。

なんで知ってるの…。

誰か僕の情報を流してるんだろうか。家でも外でも個人情報がないとか勘弁してほしい。


『そう、だね。』


『何もなかった?』


その心配が心地良くて。


『うん。何もなかった。ちゃんと断ってきたから。』


つい要らないことも言ってしまった。


『何を?』


『あ、えっとね。』


『何を?』


怖い。静かな圧で潰されそうになる。

いや、浮気なんてしてないです。正直に話す。


『お店で話そうって言われました。』


『…二宮。』


二宮さんの名前を憎しみを込めた声で呼ぶ。


『いや、ただ単に近況報告したかったみたいだから。何もないよ。』


ほんとに何も無い。何も起こしたくないから断ったのだ。


『…ホント?』


もし僕が2人でご飯を食べたらどうなったんだろう。


『僕には莉子さんがいるから。他の女子とどこかに行くなんてことしないよ。絶対。』


『はるか。』


『…。』


それは、妹だから許してほしい。


『ウソ。ありがとね、とおる。』


『うん。』


『ウチも、他の男子とどっか行くなんて無いから。』


同じ気持ち。行動を縛られてるのに、全然悪くない気分になる。

自分がこんなに独占欲が強かったなんて、知らなかった。


『思ったんだ。こんなに莉子さんのこと好きだから、一瞬でも疑われたくないって。』


『とおる…!』


バタバタと、電話の向こうで物音がする。

え、なに。


『莉子さん?』


『待ってて、今そっち行くから。』


いやいや。


『ちょ、落ち着いて。もう遅いし。また会えるから。』


本当に来そうなのが怖い。


『…いつ?』


『いつでも。あ、明日以降ならね。』


じゃあ、今行くと言いそうだった。


『ん。分かった。そろそろ切るね。また電話する。』


『うん。あ、そうだ。』


ただの興味本位。選ばなかったif。


『僕が二宮さんとご飯行ってたらどうしたの?』


『え、二宮ヤルに決まってんじゃん。』


…良かったね。二宮さん。

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