第44話 影二つ【本編最終話】
7月最終日。
僕と莉子さんは花火大会に来ていた。
「屋台やばっ!健太!どこから行くよ!?」
花火まで時間があるとはいえ、既に祭りに参加している人の数は多い。
「焼きそば食べたいな、田村もいいか?」
迷子になりそう。人多すぎて若干酔ってきてるし。
「うむ。」
「あ!田村くん行くなら私も行く!」
人酔いをしていても、祭囃子の中歩く経験も殆どなかった僕だ。もしかしたらお祭りの雰囲気に酔ってるのかも。
「あ、健太くん行くならウチも。莉子は?」
「ん。此処居るから。あ、かき氷。とおる、買わない?」
かき氷…いいね。
「うん。買いに行こっか。」
…イケジョグループも全員来てます。
何故こうなったか。事情は簡単。
元々2人で来ていた夏祭り。
最寄りまで降りた僕達が会場を目指している道中にてばったり会ってしまっただけ。
莉子さんは僕と祭りに行くと伝えてくれていたそうだけど現地で会って、はいさよならと言う事はできず、こうして皆で周っていた。
まあ、仕方ないよね。彼らもイケジョグループ全員で行く最後の夏祭りなのだ。莉子さんに気を遣ってくれているのは見て取れたけど、やっぱり全員で楽しみたい気持ちはあったと思う。
…うむ。存分に楽しんで欲しい。僕という不純物がいますけども。
焼きそばを買いに行った5人を見送り、花火を見るために取っていた場所で莉子さんとかき氷を食べる。あ、シロップ無くなった…。
「ちょっと分かりやす過ぎん?」
苦笑いしながらかき氷を食べる莉子さん。
まあ、確かに。2人にしてあげようという空気がこちらにもヒシヒシと伝わっている。
「そうだね。ありがたいけど。」
小さく笑い合う。
こうして賑やかなお祭も嫌いじゃないと思えるのは僕の小さな成長なんだと思う。昔なら絶対に帰っていた自信がある。
「てか、とおるが食べてるのほぼ氷じゃん。」
僕が持つ紙コップを覗いたのか、白一色になっている中身を見て言った。
「いい氷使ってるみたい。美味しいよ。」
氷だけ食べても美味しいなんて、流石はお祭り価格。
「バカ。んなわけないじゃん。ほら。」
呆れた顔をした莉子さんは、彼女の持っていたかき氷のシロップがある部分を僕の方に移す。
「あ、ごめん。でも、莉子さんの分少なくなるから。」
現に彼女の方はほとんどシロップが残ってない。
「ん。良い。なんか氷甘いから。」
…僕と同じこと言ってません?
堂々巡りになりそうな気がしたので、大人しく残りを食べ始める。
…。
「え、と。莉子さん。」
「ん?」
恐る恐る彼女の方にシロップ付きのかき氷を一口分差し出す。
「ん!?」
驚いたように目を見開く莉子さん。…めちゃくちゃ恥ずかしい。自分でも驚いているのだ、こんな事するキャラじゃない。
「…ごめん。」
ちょっと調子に乗りすぎたかも。
差し出した手を降ろそうとした時、パクっと慌てたように莉子さんが僕のスプーンのかき氷を食べる。
「なんで降ろすし。」
ジト目で見られた。
「恥ずかしかったので…。」
「もっとして。」
「え?」
モット?MOTTO?
「もっと。」
「は、はい。」
スプーンに掬った氷と少量のシロップを再度、莉子さんの口元に運ぶ。
「ん。美味しい。」
可愛い。
とても幸せな空気。あれ、お祭りって最高じゃない?
「おー!ラブラブじゃん!きちぃ!」
…おのれチャラ男。
「遠藤。余り見せつけるなって。」
「うむ。」
ニヤニヤしながら僕を誂う2人。嫌な所を見られてしまった。
「莉子のあんなフニャフニャな顔初めて見た…。」
「ウチも。」
今村さんと桐生さんが信じられない物を見る目で莉子さんを凝視していた。当の莉子さんは。
「ふふっ。」
笑顔で僕を見つめていた。可愛い。
7人で花火まで待つ途中。
そろそろ花火が始まるので、トイレを済ませようと集団を抜ける。
「ちょ、透っち!俺も!」
チャラ男も着いてくるみたい。
2人で仮設トイレに向かう。思えばこうして2人きりなのは初めて。莉子さんを好きだったチャラ男に、どう接していいのか少し悩む。
「俺さ、また好きな人が出来そうなんよね。」
横から聞こえてきた穏やかな声に、一瞬チャラ男とは認識できなかった。
「え?」
僕の驚いた顔を見て、気付いたのか。
「あー、テンション?透っちと2人きりのときぐらい普通にするって。」
え、あれ作ってたの?ナチュラルボーンチャラ男じゃなかったの?…マジですか。
「いつもは、作ってたの?」
衝撃的過ぎて聞いてしまった。
「んにゃ。あれも素よ。」
なるほど。え、僕にだけ見せてくれる1面ってことですか?心成しその横顔もイケメン度が上昇してる気がする。
莉子さんがいなかったら危なかったかも。
「足立の失恋吹っ切れたらさ、ちょっと気になる人が出来たんよね。」
ふむ。恐らく面食いであろうチャラ男。
その彼が好きになる人はきっと容姿が整っている人なんだろう。
「へぇ。誰?」
「気になっちゃう?」
…少しウザい。
「いや。言いたくないならいいよ。」
本当に。大して気にならない。
「え!ちょっと。聞いてよ!」
やっぱテンション変わらないじゃん…。
聞かないと話が終わらなそうだったので、尋ねる。
「えっと、誰?」
「その人のこと意識したのが、朝礼なんよ。」
語り出した。そこから聞かないと駄目なの?
「いつもは足立見てたんだけど、透っちと付き合ってからは見ないようにしてたんよね。そしたら、壇上にめちゃくちゃ美人な人がいてさ。」
ふむ。凛さんかな。
確かに、彼女は美人さんだ。生徒会長だし人気もある。
「すげぇ背高くて、あの静かな感じ。まじ惚れたわ。」
ん?背が高い?
「あれでまだ1年なんしょ?やばくね?」
絶対に遥だ。
「…僕の妹だけど。」
「そ。知ってる。だから、良…」「良くない。」
良くない。被せるように断った。
「えー、いいじゃん。妹さんも透っちが彼女出来て寂しいんじゃないの?」
うぐぅ。中々痛い所を突いてくる。
「遥は、自分より小さい人とは付き合わないって言ってた。」
嘘だけど。
「まじ?俺179あるから多分大丈夫じゃね?」
そう…。チャラ男は比較的背が高い。なんなら近藤くんも田村くんも背が高い。イケメンは背が高くなるのがデフォなのだろうか。それとも背が高いからイケメンなんだろうか。
条件(嘘)を満たしているチャラ男は少し嬉しそう。
「…遥が厚底履いたら185になるよ?」
「…え。」
「頑張ってね。」
チャラ男が落ち込んでしまった。
トイレから戻るときも肩を落としている。
少しだけ意地悪し過ぎたと反省。好きだから許して欲しい。
見かねたわけじゃないけれど…。
「認めるつもりはないけど、遥が良いなら僕は何も言わないよ。」
…それに、知っているのだ。彼が優しい人間だと。
「透っち…!」
「だから、頑張りなよ。北澤くん。認めないけど。」
本当に、認めないよ?
「俺頑張るわ!見ててよ透っち!いや、お兄ちゃん!」
…ゾワッとした。
トイレから戻り、皆で集合すると花火が打ち上がる音がした。
星の少ない都内の夜空に、咲くように花開く花火が眩しい。
スマフォで写真や動画を撮るのに忙しいイケジョ達を横目に見ながら、その一瞬の煌めきを目に焼き付ける。
ふと、手が握られた。
「見れてよかった。花火。」
僕を見詰める莉子さん。
「うん。莉子さんと、見れて良かった。」
繋がれた手を握り返す。伝わる体温が心地良い。
お祭りの空気の中、僕と莉子さんだけが切り離されたみたいな錯覚に陥る。
自然とキスをしていた。
「あ!やってるって!見せつけんなよ!」
…恥ずかしいからやめて。
----------------------------------
祭りの空気も、花火大会が終われば残るのは喧騒のみ。
イケジョグループ達はこれからファミレスで駄弁るらしい。補導されないでね。
「莉子は…遠藤だよね?」
桐生さんが莉子さんに尋ねる。
「ん。とおると帰る。またね。」
短いやり取りを交わし、別れる僕達。
チャラ男はずっと手を振っていた。
2人並んで莉子さんの家に向かう。
今日は僕が送る番。駅から莉子さんの家までの距離が短いのが恨めしい。
数分も歩けば、すぐに家の前に着いてしまった。
「着いちゃった。」
「だね。」
…。
「あ、寄ってく?」
「ううん。今日は遥が家で待ってるから。ありがとう。」
…。
伝えたい事があるのに言えないもどかしさ。
散々好き好き言ってきたのに、照れてしまうのは何故なんだろう。
だけど、僕は誓ったから。
言葉にしなくても伝わる気持ちもあるだろうけど、伝えようって。僕の気持ちを莉子さんに。
「莉子さん。」
「ん。」
「今日はありがとう。なんか浮かれるぐらい楽しかった。」
「ん。ウチも。」
「今度はさ、2人で行こうよ。」
「今度っていつ?」
受験生の今年は最後。
勉強も大事だから。でも、その先。
「来年。」
「…来年だけ?」
少し甘えたように聞いてくる彼女が、愛おしい。
「再来年も、その先も。ずっとずっと。」
「ん。」
何度でも伝えよう。
「好きだよ。」
「ウチも、とおるが好き。」
繋いだ手を離さず、その温もりを逃さないように。
街灯の下に立つ僕らの影が重なった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここまで見てくださってありがとうございます。
え、と思われる方も多いと思いますが、一旦本編はここで終了となります。
作者の大好きなCLA◯NAD1期も夏で終了ですから…。
リスペクトでというのは冗談で、
1番大きな理由としては自分が当初描きたかった展開は全て書いたから、になります。
ただ、作品としては続きます。
これからですが、まず遥のif√を書こうと思います。
36話【この気持ちは恋】からです。
その後、足立さんとのafter storyに進むつもりです。(後日談はそこまで長くなる予定はないです)
8月末の投稿からここまで、沢山の方に見て頂いたこと改めて感謝致します。拙い作品ではありますが、それでも毎日投稿出来たのは、皆様が見てくださっていた事がとても励みになったからです。
ありがとうございました。
…もしよろしければ評価等頂けますと幸いです。
真
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます