第45話 【遥編】行けないよ
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36話【この気持ちは恋】からの分岐です
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桐生さんと話した帰り道。
莉子さんと駅まで歩く帰路、視界に駅が見えてきた頃。
「日曜あり?」
打ち上げの話だと思う。
基本的に予定がない僕は問題ないです。
「うん。いいよ。」
「ん。カレンダー入れたわ。」
スマフォにスケジュールを入力したのか、カレンダーに『とおる(ハートマーク)』と書かれた文字を見せてくれる。ガッツリ1日分ピンク色になっていた。
…ハートマークにはツッコまない。
「今度は、何もないかんね。」
宣言するように、カレンダーを見せながら言う莉子さん。
気にしてくれてるんだろう。あの日、近藤くんの試合とデートが被ったことは、彼女の中でとても重りになっていたはず。
「うん。ありがとう。信じてるよ。」
彼女を信じてる。
すれ違っても、またこうして関係を築けたのだ。
僕も…。もう一度勇気を出せるだろうか。
「ん。」
頷く莉子さん。少しだけ、何か言いたそうにしている。
「うん?」
逡巡していたが、こちらを見上げると、
「あ、そのさ。前に二宮の家行ったんしょ?」
「あ、うん。おばあさんの家だったけどね。」
とんでもなく凄かった。
小惑星探査機が墜落してきそうな家だった。
「だよね。…日曜、ウチ来ない?」
…えっと。
ウチは莉子さんで?でもまたウチは家で?つまり莉子さんは家?
意味不明な三段論法が成立したけど、違うよね。
「莉子さんのお家に、ってこと…?」
「ダメ?」
「い、いいよ。」
つい、答えてしまった。めちゃくちゃ声が裏返った。
「マジ!?あ、嫌だったら全然いいから。」
正直腰が引けてる。足立家だよね、みんなギャルだったりするんだろうか…。
いや、お宅に呼ばれるだけなのだ。緊張する必要はない。うん。大丈夫大丈夫。なんとかなるさ。なんくるないさ。
「じゃ、また駅で。」
「うん。分かった。」
手を振り、改札を抜ける莉子さんを見送る。
菓子折り、また買わなきゃ。
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日曜日
やってきました日曜日。
うん。あっという間だ。
土曜日の記憶がほぼないので、多分今日は土曜日なのではないかと日付を確認したけど日曜日。
莉子さんとは駅に12時集合。
時刻は11時20分。
もうすぐ出ないとまた待たせちゃうかもしれない。
自室から玄関までの道のりを進む。
関門はリビング。テレビ前に陣取る遥の検問を通らない限り、玄関には辿り着けない。
大丈夫。友だちと遊ぶだけ。いくらでも説明しよう。さあ来い。
意気込み、リビングに足を踏み入れた。
玄関に続く廊下のドアに手を掛ける。
あれ、まだ来ない。なんだ、何も言わないなら先に言ってよ、とドアを引くと。
「透。」
はい。
「なんでしょうか。」
めちゃくちゃ挙動不審になってしまった。
「いつ帰るの?」
あれ。
「17時前には。」
「そ。」
「う、うん。行ってくるね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
廊下を抜け、玄関から外に出る。
あれ?絶対色々聞かれると思ったのに。なんで。
【-----遥√-----】
玄関の扉を開け外に出る。
…気になってしまった。
今日、莉子さんと会うことを知っている遥が何も言わないとは思わなかったから。
鍵を掛けようとした手を止め、家に入る。
リビングのドアを開けると、ソファに座る遥が見えた。
泣いている遥が、そこに居た。
「遥…。」
僕が戻ってきたことに気付いてなかったんだと思う。
驚いたように顔を上げ、僕を見る。
「な、んで…。」
「気になったから。」
「私は大丈夫だから。早く行きなよ。」
「…行かない。遥が泣いているのに行けないよ。」
待ち合わせ時間まで後38分。
僕は、莉子さんに行けない旨の連絡を入れた。
既読は一瞬。犬の了解スタンプのみ。
…明日謝らないと。
スマフォをしまい、遥に向き合う。
「行ってよ。」
「行かないから。」
「行って!」
泣き顔を隠すように、弱い所を見せないように僕を突き放してくる。こんな遥を見たのは久しぶりで、僕は昔のように遥を抱き締めていた。
「大丈夫だから。安心して。」
遥の心情は分からないけど。この子が泣いているのだ。僕が側にいなきゃ、誰が支えてあげられるのだろう。
「行って…。」
小さく繰り返す遥の背を撫でる。
啜り泣く遥を安心させるように。
「…なんでよ。私はいいんだから…。1人で、いいんだから。」
震えるような声で呟く遥。
僕と莉子さんが原因なのかも…。
抱き締める力が自然と強くなる。
自分のことを優先して、世界でたった1人の家族である遥に辛い思いをさせていた。
「1人になんてさせないから。」
「透が…やっと前向けたから。止めたくないから。」
…やっぱり。彼女が泣いている理由なんて、僕しかいないだろう。そんな自惚れが遥だと否定できない。
否定できないくらい、沢山の愛を遥から貰ってきた。
そんな優しい妹が泣いている。
僕をいつも救ってくれる妹が。
「ねぇ、遥。」
だったら、僕は何度でも立ち止まる。遥が僕の背を押してくれるなら、僕は遥に手を差し伸べる。
いつだって。何度でも。
「僕はさ、前に進むって決めたけど。遥を置いてなんて行かないよ?」
遥が止まるなら、一緒に休もう。
「2人で居ようって、そう話したじゃん。」
腕の中の遥が、頭を擦り付けてくる。
背中を撫でる手をその柔らかい髪に当て、慈しむように撫でる。
「…足立は、どうするの?」
「莉子さんには謝るよ。当日ドタキャンしたから何言われるか分からないけど…。」
正直ちょっと怖い。
だけど、友だちの莉子さんより遥を優先したかった。
「…バカ透。」
「だよね。」
本当に、間違いない。
「戻ってくるなんて思わなかった。」
「戻るよ。」
「足立の方に行っちゃうんだって思った。」
「行けないよ。」
「…1人になったら、耐えられなかった。」
「側にいるから。」
「もう、大丈夫。ありがと。」
落ち着いたのか、一頻り泣いた遥は僕に言う。
抱き締めていた腕を解き、ソファに並んで座る。
「撫でて。」
「あ、はい。」
僕の肩に預けている頭を撫でる手はそのままで。
…遥さんの座高ってほぼ僕と一緒なんですね。
足何cmあるんだろう。股下で妹に負ける兄なんて情けなさすぎる。今更だけど。
穏やかな空気の中、僕の肩に寄りかかっていた遥は呟く。
「私ね…。」
「うん?」
言い淀んだ先の遥の言葉は。
「透が…足立と付き合うのは嫌。」
その言葉に、僕の中のいくつかの可能性が消えた気がした。
僕と、莉子さんが付き合う。
友だちに戻れた。スタート地点に立てた。
これから先、もしかしたらの可能性の1つに、付き合う未来があったのかもしれない。
あの日諦めた好意を、取り戻せたのかもしれない。
あと少しで、彼女を好きになれるかもしれなかった。
けれど。
僕は。
たった1人の妹を守ろうと思った。
「付き合わないよ。」
その言葉を吐き出すのに、時間がかかった。
「いいの?」
「うん。だって遥のお願いだし。」
「一生彼女出来ないかもよ?」
それは…。確かに。
「そうかもね。辛いや。」
でも仕方ない。これが僕の選択だから。
出来るかもしれない彼女より、妹のほうが大事だから。
「なら、私が居てあげなきゃね。」
微笑み身を寄せてくる遥を、僕は受け入れた。
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