第42話 変わってゆく日常
莉子さんと遥の話し合いから約1週間。
これまで、誰とも付き合っていなかった学年トップクラスの美少女が誰かと付き合い始めたらしいという情報は学校中に瞬く間に広まっていった。
曰く、その誰かは同じ教室に居るらしい。
曰く、イケジョグループの誰からしい。
曰く、偽チャラ男に蹴りを入れる程凶暴らしい。
…うん。3分の2を外している。
イケジョグループではないし、偽チャラ男に蹴りを入れたのは莉子さんです。
一番悲しくなったのが、見ていたであろう同じクラスの生徒達も僕を認識していないことだった。
同じ教室にいますけど…。
流石はボッチ。
先日、とうとう卒業したと言ってもクラスメイト達はほとんど僕という存在を知らなかったらしい。
An◯therなら僕が死者ですね。
しかし、そんな死者も積極的になった莉子さんによって徐々にクラスに認知されるようになっていた。
認知されることによって待ち受けていたのは人の目。
僕という存在を一目見ようと、他クラスの男子や女子も教室を覗きに来る。
動物園ではありませんよ?
観覧料をとってやろうかしらと思っていた僕。
ただ、そんな僕を守るようにイケジョグループが野次馬を追い払うのが日常になっていた。
特に目立つのが莉子さん。
野次馬の好奇の視線を、その眼力で持って捻じ伏せていた。近藤くんも、その爽やかイケメンスマイルで見に来る生徒達を下がらせる。
一番意外だったのが桐生さん。
教室の廊下に群れをなした観客達をご自慢のナイフとフォーク、追加されたドリルで追い払っていた。
…単純に邪魔だった説が濃厚。
チャラ男は何もしてない。むしろ失恋から吹っ切れた彼が一番野次馬だった。
株の上げ下げが激しすぎる。
そんな視線に晒されながら日々を過ごしていた金曜日。
週明けから僕は莉子さんとお昼を一緒にするのが日課になった。
もう今更気になることはないけれど、相変わらず教室では他生徒の視線が多い。
僕達2人は中庭に備え付けられているベンチにて食事を摂っていた。
「…どう?」
莉子さんは、時々僕にお弁当を作ってくれる。
料理経験皆無の彼女が作ってくれる弁当は僕にとってとても有り難い代物。例えどんな出来でも美味しく頂くつもり。
「…美味しいです。」
例え、火の通っていない料理でも。
喉に入れてしまえば問題ないです。
「嘘。正直に言って。」
「新しい低温調理法かと思いました。」
「…ごめん。」
落ち込んでしまう莉子さんを励ましたい。
けれど、彼女が望んでいるのはそういったものじゃないと分かっているので。
「…多分、味見をしたら良いんじゃないでしょうか。」
作り方自体は問題ないと思う。
料理下手で連想される丸焦げになったハンバーグとか、ダークマターみたいな料理は入っていない。
そもそも、ダークマター的な料理を弁当に詰めるときに気付いてほしい。
「ん。もっと頑張る。」
ふんす、と気合を入れる莉子さん。可愛い。
食事を済ませた僕達は、昼休みが終わるまで中庭でのんびりと過ごす。
会話が途切れることがあっても、居心地が悪くなることはない。
スマフォをイジイジしていた莉子さんは、ふと僕を見る。
「今日もいい?」
「うん。大丈夫だよ。」
週明けからの放課後、僕達は図書室で一緒に勉強をしている。志望校を僕と一緒の大学に決めた莉子さんは、学力的にはまだまだ受かるとは言えない状態。
「とおるの勉強時間奪っちゃってごめん。」
肩を落とす莉子さん。
莉子さんの勉強に付きっきりになっていることを気に病んでいるんだと思う。
けど、厳しい現実を突きつけられながらも勉強する彼女の支えになりたい。
素直に言えば同じ大学に行きたい。
サポートするのは当然だった。
「ううん。莉子さんと一緒に勉強した方が僕も捗るし。」
嘘ではないから。
離れていると、莉子さんのことが気になって集中出来ないなんて言えないけど。
そんな僕の様子に気づいたのか莉子さんは。
「ん。よろしくね、先生?」
僕の手に、自分の手を重ね微笑む。え、可愛すぎる。
図書館で勉強をした帰り道。
初夏の夕方は、ようやく日が沈もうとしている。
沈みかけの夕陽に照らされ、二人の影が長く伸びていくのを眺めていると。
「夏休み。」
「うん?」
「どっかいかない?」
夏休み。受験生にとって大事な期間。
特に莉子さんにとってはとても重要な時間。
「あ、やっぱいい。勉強する。」
僕の表情が思案気味だったのを察したんだと思う。
同じ大学を目指すなら、一日一日を無駄にするべきではないという意見は分かる。
大学に行ってからでいいじゃん、と。
彼女と過ごす高校生活最後の夏を満喫したいと思ったのは、僕の弱さなんだろう。
「ううん。どこか行こっか?2人で。」
ぱっと顔を上げる莉子さん。
嬉しそうな表情の中に少しだけ不安が見えた。
「でも、ウチまだ成績微妙だし…。」
「…息抜きも大事じゃないかな。夏休みの模試でさ、良い判定取れたら行こうよ。」
夏にある大規模な模試。ここで悪くない結果が出れば、合格も視野に入ってくる。
「…いいの?」
上目遣いで聞いてくる莉子さん。抱き締めたい気持ちを抑え、頷く。
「夏の思い出、欲しいから。…2人の。」
最後の方はハッキリと言えなかった。
「ん?もいっかい。」
絶対に聞こえていたと思うのに、聞き返してくる莉子さん。
「…だから。思い出、欲しいから。」
2人の、という部分は濁す。
「ふふっ。真っ赤じゃん。とおる可愛い。」
…夕陽のせいだし。
莉子さんは、少し拗ねてしまった僕の手を握る。
「お祭りいきたい。」
「うん。」
「あと、海。」
「海…。」
「嫌?ウチの水着可愛いけど。」
でしょうね。だって今でも可愛いんですもの。
ただ、水着姿の莉子さんが大勢の男の視線に晒されるのを想像するだけで…。嫌かも。
「…水着は、あまり露出がない方が良いと僕は思ったり…。」
情けない抵抗。きっと莉子さんのことだから派手目な水着だと思う。絶対に可愛いんだろうけど…。
僕の言葉に、微笑んでいた顔をニンマリとさせる。
「嫉妬?」
「…はい。」
「見られたくないんだ?ウチの水着。」
「そうです。」
むしろ可愛い彼女の水着姿を人に見られたいと思う彼氏いるの?…いるんでしょうね。
「ん。いいよ。とおるにだけ見せる。」
「え?」
僕だけに?
ちょっとエッチな想像をしてしまうのも仕方がない発言が飛び出てきた。まだ高校生ですよ、僕達。
…もう高校生ですね。
「外用のは別で買うから。とおるには家用。」
水着に家用なんてあるんだ…。
庭のビニールプールで遊ぶ莉子さんが思い浮かぶ。可愛い。
女子の水着事情が分からないので、深くは聞けないけど、要するに露出抑えめのものを用意してくれるらしい。
「いいの?」
「ん。だってとおるに見せる用だし。他の奴に見られたい訳じゃないから。」
僕の情けない不安を包み込むように、微笑んでくれる莉子さん。
「ありがとう。ごめんね。」
…情けないなぁ。
彼女の水着でこんなに悩むんだから。
「ん?どした?」
「いや、ちょっと情けないなって。」
首を傾げる莉子さんに正直に伝える。
握られる手の力が強くなった。
「とおるの嫉妬、嬉しいけど?」
少しだけ、お怒りの様子。
「ウチのこと、独占したいんでしょ?嬉しくないわけ無いじゃん。」
「…うん。」
「好きな人にそう思われるの、めちゃくちゃ嬉しいから。だから、とおるはずっとウチのこと見てればいいの。」
「はい。」
「側にいればいいの。分かった?」
真っ直ぐな言葉と優しい笑顔に、僕は何度も好きになってしまう。
「うん。分かった。側にいるよ。」
繋いだ手を握り返す。
「ん。」
彼女の隣に立てることに感謝しながら。
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