第41話 ウチにください(一部足立さん視点)
5月も終盤に差し掛かった土曜日。
僕は莉子さんを駅で待っていた。
デート、ではない。
今日は莉子さんと妹の遥がお話をする日。
円満にお話が終わるとは思っていないので、とても憂鬱。
だけど、遥が納得する着地をしないことには、僕と莉子さんも前に進めない。必要な場。
「おまたせ。」
改札から出てきた莉子さんを迎える。
「ううん。…大丈夫?」
いつもの強気なメイクも、服装も少しだけ鳴りを潜め、まるで謝罪会見に望むようなスタイルの莉子さん。
それでも可愛いと思ってしまうのは完全に惚れてます。はい。
「ん。大丈夫。」
言葉とは裏腹に、莉子さんは落ち着かない様子。
無理もない。
遥が二つ返事で許すと言う未来は考えづらい。
それでも、こうして気丈に振る舞っている彼女を少しでも安心させたくて。
「僕は莉子さんのことが好きだから。別れるとかないから。」
その手を握り、伝える。
「ん。ありがと。ウチも別れるつもりないし。」
ぎこちなく、それでも微笑む莉子さん。
「行こっか。」
2人並んで家に向かった。
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ドアを開け、玄関に入る。
「どうぞ。」
莉子さんを招き入れた。
「…お邪魔します。」
控えめな声で入ってくる。
…初めての僕の家がこんな沈んだ気持ちなのは、辛いよね。だけど、遥が僕の家に居る以上、避けては通れない道だとは思う。
莉子さんとデートするから遥に出て行ってくれなんて頼むつもりも毛頭ないし。
彼女の父親に会う彼氏みたいな莉子さん。
立場が完全に逆だ。僕はヒロインでもないのに。
「おかえり、透。それと、いらっしゃい。」
リビングに入ると遥がソファに座っていた。
「お邪魔、します。」
しおらしい莉子さん。
なんとか空気を和らげたくて。
「僕、飲み物淹れるから!何が良い?」
「ちょっと透さ、出ていってくんない?1時間くらい。」
えぇ。
「それは、2人だけで話すってこと?」
遥の発言からそれ以外考えられないけど、大丈夫かな。
比較的手が出やすい2人なのだ。口論になって取っ組み合いの喧嘩が発生する可能性も無くはない。
むしろ高そう。
「いいから。」
有無を言わせない遥。
莉子さんの方を見る。
「ん。大丈夫。後で。」
軽く微笑む莉子さん。
…2人がそう決めたなら。
「分かった。けど、喧嘩しないでね。怪我だけは駄目だよ。」
言い残し、リビングを出た。
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【足立莉子】
玄関のドアが閉まる音が聞こえる。
「喧嘩しないでねって、何だと思ってんの。」
眼の前の妹さん、遥さんが呟く。
こうして見るととても綺麗な顔をしている。
あの日から、ウチに向けられる顔は憎悪が混じっているそれだったけど。
とおるの事を考えているのか、今はとても穏やかな顔だった。
「あの、ウチは…。」
口を開く。まずは謝りたくて。
「うん。」
「ウチは…。とおるにとても酷いことをしました。彼の過去も聞いてます。そんな彼を、たくさん傷つけて、ごめんなさい。」
頭を下げる。
付き合うのを許してほしいとかはではない。
しなきゃいけないのは、とおるの事を傷つけたあの日の謝罪だ。
「…。透から話聞いてる。」
口を開く遥さん。
「つまんない罰ゲームで透に告白して、それが本気だったってのも聞いてる。色々誤解があったって。」
その言葉に…。
「透があの日、昔みたいな顔して帰ってきたのを見た時、アンタのこと殺してやりたいって思った。」
「…はい。」
「傷つけたくせになんで連絡してんのかって。また透を傷つけたいのかって。許せなかった。」
ウチの罪を一つ一つ断罪されている気持ちになる。
この人の一番大事な人が苦しんでいた原因であるウチに…。
「誤解だからって、傷つけた理由にはならないから。そんな言い訳、透にはなんの意味もないから。」
…本当にとおるの事を想っているから。
「そんなアンタが…。また透と付き合う。私は、そんなこと受け入れたくない。」
…。
「透を一番見てきた。一番知っているのは私。彼を一番好きなのは私。」
どこかで思っていた。
ウチがとおるに抱く気持ちと同じものを、遥さんも持ってるんじゃないかって。
「アンタなんかに透を渡したくない。たった一人の家族なんだ。アンタにはいっぱいいるでしょ。なんで、透なの。」
その綺麗な顔が歪んでいく。
瞳に涙が溜まる。
「私から、透を奪わないでよ。」
遥さんのとおるに対する想いはウチと同じ。
ウチより何倍もの時間を一緒に過ごしてきたと思う。
でも、ウチも。
「ずっと、好きだった。クラスの端っこにいる彼が。」
張り合えるわけなんて無い。
それでも、とおるへの気持ちで負けたくないから。
「会話したことなんてない。触れたことなんて、一度もなかった。ずっと見てた。それだけだった。」
「…ずっと見てればよかったのに。」
遥さんが毒づく。
その拗ねたような声で。
少しだけ、ウチの言葉に力が籠もった。
「見るだけは嫌だから。近くに居たかったから。
最低な事をした。たくさん傷つけた。…でも、やっぱり諦めきれなかった。」
何度も何度も諦めようとしたんだ。
彼の声を、姿を。この目に映さないように。
「ウチは…とおるが好き。世界中で一番彼が好き。彼を幸せにしたい。一生、彼を守りたい。…彼と、」
ウチはとおると、
「結婚したい。…とおるをウチにください。」
「…。」
沈黙が流れる。
まるで娘を貰いにきた彼氏みたいな台詞。
まあ、とおるはウチにとって彼女みたいな奴だから。
時々カッコよくなるけど、いつもは守ってあげたい男子。
…なら、間違ってないか。
「結婚するなら、私も付いてくるけど?」
遥さんの言葉が、一瞬理解できなかった。
「え?」
「アンタだけに透を任せたら、また傷つくかもしれないから。私が見張る。ずっと粘着してやる。」
それは。
「いい、の?」
「良くないっての。そもそも私の我儘。透を、アンタに奪われる私の愚痴。」
「遥さん…。」
「それも、もう良いよ。アンタ一応先輩だし、なんか普段のアンタ見てると今の態度結構ゾワゾワする。」
…なんて。優しい子なんだろう。
「ん。分かった。普通に話す。」
「私は、変えないけど。」
いつも透を励ましていたんだろう。
彼女が居たから、透は人生を諦めなかった。
ウチと、出会ってくれた。
「ありがとう。はるか。」
「は?」
その突き放すような態度も心地良い。
「透の側に居てくれて。透を守ってくれて。」
「…。」
「これからは、ウチも一緒に守るから。」
彼女の堪えていた雫が流れる。
「…最初からやれっての。」
「うん。」
「大事な人を傷つけんな。」
「うん。」
「透を少しでも傷つけたら、許さないから。」
「しない。」
「バカ。」
「うん。」
涙を拭い、言った。
「早く行け、足立。」
家を出て、透を探す。
マンションの外、すぐ見える公園のベンチにとおるが座っていた。
彼の姿が目に入るだけで、心が満たされる。
たった1時間。その1時間だけでこんなにも…。
とおるもウチに気づいたみたいで、こちらを見て微笑む。
好きだ。
「莉子さん。」
その声が耳に届くだけで、耐えられなかった。
「ちょ。莉子さん?」
抱き締めた彼の胸に頭を擦りつける。
恐る恐る背中に回された手が。
見上げると困ったような、それでも優しい目が。
あまり喋らないのにコロコロと表情を変える彼が。
大好きだ。
「ん。ありがと。充電できた。」
ホントまだまだ抱き締めていたかったけど、一旦終了。
「そっか。良かった。大丈夫だった?」
心配そうに見つめてくる瞳。
もう一度抱き締めたくなる気持ちを抑える。
「ん。大丈夫。」
伝えたい。
はるかと話し合ったことを。
でも、あの話はウチとはるかだけ。
だから、とおるにはありったけの気持ちを伝えたい。
「ねぇ、とおる?」
「うん?」
「大好きだよ。」
困ったような、それでも喜んでくれている彼。
大事にしよう。1度失敗して、色んな助けを貰ってここまで来たんだ。
絶対にこの人を離さないように。
2人ベンチに並んで座る。
どちらからともなく繋いだ手から互いの体温を感じる。
「でも、ちょっと気になるかも。」
「ん?」
「遥との話。」
心配性なとおるに、顔が綻ぶ。
何も言わないでも良いかも知れないけど、彼の驚く顔が見たくなった。
「ん。じゃ1つだけ。」
「うん。なに?」
「とおると結婚するって言った。」
「…え?」
その驚いた表情に、自然と声を上げて笑ってしまった。
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