第32話 私の家族ですがなにか

月曜日



修学旅行の熱が冷めない教室は、写真フォルダや思い出話をつまみに大変盛り上がっている。何故か木刀を持ってきているチャラ男は、田村くんとチャンバラを繰り広げていた。…え?田村くんも買ったの?なにそれ萌え。


普段は寡黙なキャラの意外な一部分を見た僕は、ホンノセカイへと旅立つ。


…。うん。やはり◯頂天家族も中々。


同じ京都を題材にしていても、畳の神話体系はどちらかというとコメディ寄りではあったが、そのベクトルをここまでファンタジーに切り替えれるのは本当に尊敬する。


ああ。また京都に行きたい。

なんで人は京都に行きたがるんだろ。哲学である。

そんな京都愛に胸をときめかせていた僕に、


「おはよ。遠藤くん。」


二宮さんが登校して来た。


「おはよ。二宮さん。今日は少し遅かったね。」


「うん。昨日はおばあちゃん家に泊まったから。ちょっとね。」


なるほど。あれから初音さんの所に泊まったのか。

机に鞄を置いた二宮さんは、その鞄を枕にスヤスヤと寝入ってしまった。早い。

眠り姫の出勤を見届けた僕は、再度京都の世界が広がる文字の海に飛び込む。朝は短し紐解けボッチである。


…視線を感じる。


二宮さんは前の席で睡眠中。この教室内で他に僕を凝視している人なんて、うん。いるよね。


莉子さんがガッツリ僕を見ていた。イケジョグループで談笑しているにも関わらず、目線は僕に合わせるという高等テクニック。


なにか言いたそうな目をしていたので、小さく手を振る。


ニッコリと微笑まれてしまった。なにそれ蕩れ。


恥ずかしさを隠すように視線を反らすと、イケメン近藤くんと目が合ってしまう。


爽やかに微笑まれてしまった。なにそれキュン。


チャラ男は…うん。目が合わないからって残念に思ってないよ。


僕は本を読むのだと決めた直後、スマフォにメッセージが届く。僕の読書はいつになったら再開出来るのだろうか。


『今日の放課後、手伝って。』


遥からだった。

手伝う?絶対に面倒くさい事に決まってるじゃない。


『え。嫌かも。』


『ありがとね。生徒会室で待ってる。』


うーん。「NO」と言える日本人になっても駄目なんじゃない。



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放課後。


授業を終えた教室は三々五々散らばる。


二宮さんは…寝ている。あまり珍しくはない。本当によく眠る子ねぇ、と感心しながら教室を出る。


「とおるっ!」


莉子さんに呼び止められた。


「うん?なに?」


「今日さ、この後時間あったりする?」


放課後のお誘い。ボッチ(仮)の僕にはとても心惹かれるものがあるが、遥の呼び出しがある。


「…ごめん。足立さん。今日遥に呼ばれてて。」


妹の名前を口にした時、一瞬莉子さんの表情が歪んだ。


「そっか…。うん。分かった。また誘う。」


…やはり苦手意識があるのかも。それはそうだよね。電話越しとはいえ、あんなに殺気を出した遥に怒鳴られたのだ。僕なら怖くて学校行けなくなる。


「うん。また今度。」


立ち去ろうとする僕を。


「今度、今度さ。妹さんと話したい。もし妹さんが許してくれるなら、だけど。」


「それは…。」


莉子さんから遥に。それはとても辛い未来が確定している気がするけど…。伺うような僕の目をしっかりと見つめる莉子さん。


「逃げちゃだめって、向き合うって決めたから。」


「そっか。うん。分かった。聞いておくね。」


莉子さんの中で決めたことなら僕は応援するだけだ。


少し、ほんの少し、指先くらいならフォローに入れると思うから。


「ん。よろしく。じゃね。」


教室に戻る莉子さんを見送る。


向き合う、その言葉がどれだけ重い言葉なのか最近になって知った。莉子さんが僕に全てを話してくれた時も、沢山頑張ったんだと思う。その彼女がもう一歩踏み出すというのなら、支えたい。そう思えた。


…遥、会ってくれるかな。


顔見たら潰すとか言ってたし。遥のことだから、本当に潰しそうだもん。


莉子さんに会いたくないというよりは、一度離れた僕達がまたこうして歩み寄っていることが不安なんだと思う。ずっと隣にいる僕がまた遥の知らない所で傷ついて帰ってくるんじゃないかって。


莉子さんの気持ちも分かるが、こればっかりは遥に無理強いは出来ない。今でもかなり心配させているのに、これ以上の負担は駄目だと思う。


後で聞くだけ聞いてみよう。…やっぱ嫌だなぁ。



生徒会室に向かう足取りは重い。


遥の手伝っての中身は大抵重労働だ。僕を男手としてカウントしているなら是非辞めてほしい。将来はデスクワーク希望なのだ。座りすぎて痔にならないように円形クッションも購入済み。万事不足はない。

珈琲を飲みながら優雅にお仕事。

実態はスケジュールに追われる社畜さんだとしても夢見たっていいじゃない。子供だもの。

お手伝いへの不満と将来設計を考えていると、生徒会室に辿り着く。



扉をノックし、中から遥の了承の声を聞き入室する。

長机をコの字型に並べ、奥の会長席だけ独立した形の生徒会室には、会長と遥しかいなかった。

なにかの書類に目を通していた生徒会長の凛さんが僕に気付く。


「おや。透さんじゃないか。よく来たね。」


名前の如く凛とした雰囲気で僕を迎えた。

すると、横に座る遥香が口を開く。


「なに言ってるんですか。呼んだの会長も知ってるでしょ。」


以前凛さんに助けられたことがある遥は、彼女にだけは砕けた、いつもの口調で話す。

普段は隙を見せない凛さんも、遥の前では飄々とした態度を見せている節がある。

お互いに素を出さない者同士の掛け合い。

これがてぇてぇなのか。


「遥は厳しいなぁ。ちょっとした冗談じゃないか。」


仲睦まじい様子の2人に割り込むのは少し憚られたけど、これは言わなきゃ。


「あの、凛さん。遥のこと、面倒見てくれてありがとうございました。」


頭を下げる。修学旅行の時、不在の僕の代わりに遥のことを見てくれていた凛さん。いつも助かってます。


「気にしないでくれて良いよ。私も寂しそうな遥を見れて楽しかったから。」


笑う凛さんに、うるさいので黙っててください、とツッコミを入れた遥はこちらを見る。


「透。ちょっとこれから荷物運びに行くから、一緒に来て。」


「うん?荷物?」


「そう。結構重いから透呼んだ。」


身長、貴女のほうが高いんですよ。多分僕に持てるなら、遥さんも余裕だと思いますけど。いかがでしょうか。


「つまんないこと考えてないで、早く行くよ。」


「はい。」


…つまらない、か。僕にとっては兄としてのとても大事なことなんだけどな。悲しい。


「じゃ、会長。運んだら今日特に仕事ないと思うんで、帰りますね。」


「うん。良いよ。兄妹水入らずの時間を過ごし給え。」


「はい、じゃ。また明日。」


「また明日。透さんも、また今度。」


頭を下げる。生徒会室を出た僕達は、遥の先導で校舎を歩く。


「それで。どこ行くの?」


「部活棟。来週部室交代があるからその後片付け。」


「なるほど。他の役員さんは?」


僕に仕事が来てますよ。怠慢ですよ。


「欠席とかで集まり悪いの。ムカつく。」


「…帰りたい。」


「終わったらアイス奢ったげるから。」


僕を見くびらないでほしい。アイス1つで懐柔されるほど甘くはない。


「ハー◯ンダッツでも良い?」

条件は高く、それが基本だ。


「今回だけね。」


「うん。」

よし。頑張ろう!


放課後の部室棟はとても賑わっていた。

文化部から運動部、全ての部室がここに存在するので当たり前ではあるけど、それにしても…うるさい。


ごった返す廊下を遥と歩く。


「あれ?副会長。」


「どうも。お疲れ様です。」


「生徒会?頑張ってください!」


「ありがとうございます。」


遥はそれは目立つ。180に届きそうな身長にスタイルの良さ。1年生離れしたその容姿は人で賑わう部室棟でも埋もれずに輝きを放っていた。

今も、すれ違う生徒達に声を掛けられた遥は、学校スタイルの丁寧な受け答えで対応している。

流石です。お兄ちゃんは鼻が高い。背は低い。


「ここです。」


2階にある部室の前で立ち止まる。

人目に付くからか、遥の態度が余所行きになっていた。

その変化には未だ慣れない。


扉を引き、中に入る遥に続く。

後片付け、と言っていたので誰も居ないと思っていたけれど、中には、恐らく1年生であろう男子生徒が2人お喋りに興じていた。


「ん?あれ?遠藤さんじゃん!どうしたの?」


そのうちの一人が遥に話しかける。

「生徒会の仕事でこの部室の片付けに来ました。えっと、確か、今田くんと、」


話しかけてきた子が今田くんだろう。

もう一人は名前覚えてないのか…。まあ、僕もチャラ男の名前覚えてないし。普通だよね。


「ええ!?ショックだわぁ!林!同じクラスじゃん!」


大げさな態度で驚く林くん。芸人志望なのかな。


「生徒会の仕事?なら俺たちも手伝うよ。この部室俺達も使ってたし。」


うんうん、と今田くんの発言に頷く林くん。 

なんと。それは有難い。とても素敵な1年生だ、と感心していると。


「んー?先輩は?何の用?」


今田くんに聞かれる。ちょっと、圧を感じるんだけど。


「生徒会のお手伝いをしてもらってます。」


遥がフォローする。そうそう。兄です。


「要らないんじゃない?遠藤さんと俺等だけでいいじゃん。先輩!空気読みっすよ!」


「いえ。今回の手伝いは、むしろ頼んでいない2人に悪いから、私達だけで大丈夫ですよ。」


「良いって良いって!遠慮しないで、遠藤さんと3人で良いじゃん。」


林くん…。実は、僕も遠藤なんだよ?

彼ら2人に取って僕は邪魔者みたい。


「…えっとですね。」


困っている遥。

ふむ。ちょっとここは僕が退散したほうが良いのかもしれない。遥に良い所を見せたい1年生の背伸びは微笑ましい。少しだけ癪に触るが、アイスで手を打とう。

…あれ?手伝わないからアイスも無し?


「いいよ。遥。僕、先行ってるね。」


「え、いや兄さ…」


「ういっす。おつかれっす。先輩!ナイス空気読みっす!」


「遠藤さんに好かれたいなら、もうちょい背、伸ばしてからの方が良いっす!」


…。帰ろ。


「…さっきから私の家族にぐちゃぐちゃ五月蝿いんですが。」


『…え?』


今田くんと林くんの声が重なった。


「この人は私の兄ですが、なにか?

さっきからその馴れ馴れしい態度も、申し訳ないですけど正直不愉快です。背が足りないのは林さんも同じだと思いますが。私より低いですよね?あまり調子に乗らないほうが良いのではないですか?出来れば今すぐ帰って頂けると。」


…遥さんめちゃくちゃ怒ってる。


「え、遠藤さん?」「どしたん、急に…。」


怯えている男子2人。


「もう一度だけ言います。不愉快出すので消えてください。」


言葉を発することも出来ず立ちすくんでいる。


「兄さん。やりますよ。」


そんな2人にはもう興味がないのか、片付け始める遥。


「あ、はい。」


しばし呆けていた2人は、遥の方をチラチラ見ながら、部室を出て行った。


「…。あの、はる、」


「あー。ムカつく。まじムカつく。うざ。」


…素が出るほどなのね。


「透も!なんで帰るとか言うの!馬鹿なの!?」


「いや、すみません。」

なんで僕も怒られてるんだろう。口答えできないけど。


「さっさとやるよ。クソが。」


イエスマム。


結局、アイスは僕の奢りになった。…なぜ。



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約一週間前に始めたこの作品も10万字を突破しました…

ここまで書けてこれたのは読んでくださる皆様のお陰です。

評価、ブックマーク、感想やコメントもありがとうございます。

(返信は落ち着いたらゆっくり返そうと思っております)

引き続き、本作をよろしくお願い致しますmm

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