第31話 寝落ちもちもち

二宮邸からの帰路。



「今日はありがとう。来てくれて嬉しかった。」


僕を送る車に同乗した二宮さん。

片道1時間はかかるので、と遠慮した僕の意見は即却下された。もうちょっとだけ聞いてくれても良いんじゃないかな。


「いや。こちらこそ、凄かった。」

本当に凄かった。

1日に2回も高級車に乗るという、僕の人生に無い経験をさせてもらった。初音さんも、あんな豪邸に住む人は心も綺麗なんだなと。僕を誂うのは心が綺麗な証拠だから。ソースは遥。

大掃除のときはぜひ呼んでほしい。僕の掃除レベルは高いから。…廊下の雑巾掛けは嫌かも。やっぱり遠慮します。


「おばあちゃん、遠藤くんのこと絶対気に入ると思ったんだよね。」


「…うん。」


初音さんは二宮さんのことを心配していた。

1人でいる彼女が寂しいのではないかと。


「二宮さんはさ、友だちとか作らないの?」

…また大きなお節介だ。本当に必要ないと思っている二宮さんにこんなこと聞くなんて。


「うん?遠藤くんいるじゃん。」


…。いつの間にか友だちになっていた。

あれ?僕、気づかない内にボッチを卒業してた?

いやいや、そんなわけ。また友だち料が発生するんですよね。分かってます。これが二重債権ですよね。なんならイケメン観覧料含めると三重苦だ。違くて。


「あ、ありがとう。でも、僕以外の友だちとかいないの?」


「うーん。要らない、かな。遠藤くんもいないじゃない?」


…。仰る通りです。なんならイケジョグループと上手く付き合える彼女だ。人付き合い自体は僕と比べるまでもなく優秀。

そんな矮小な僕でも見栄を張るくらいは出来る。


「僕も、それなりにはいる、かも。」

強がりだけど。


「誰?」


「あ、足立さん…。」

いや、嘘じゃないです。ホントに友だちだから。


「ふーん。」


視線が冷たい。新幹線でも険悪な空気を出していた二宮さん。静かながらも優しい彼女にしてはとても珍しかった。


「それは良くてっ、二宮さんは…。」

口を噤む。彼女の言ったとおりだ。僕がいる、そう言ってくれた。少ないことに負い目を感じる必要なんて無い。それを教えてくれた二宮さんに、こんなことを言うのは失礼だ。


「ごめんなさい。」


「うん。いいよ。」


気まずい雰囲気を感じ、窓の外に目を向ける。あ、飛行機。


「…別に友だちに多くを求めてるとかじゃないの。」


「…。」

二宮さんも同じように窓の外を見ている。

僕に対してだとは思うけど、その口調はまるで…。


「理想の高い人間なんかじゃない。」


「多分クラスの女子に友だちだよねって言われたら、頷くと思う。そんな感じ。でも、私はその関係性を求めてないから自分からは言わない。私が話したい人としか話さない。」


その中に、僕がいる。


「それで良いって思ってる。話したい人が増えるなら話す。今はそんな人が遠藤くん以外いないだけ。」


-変わらなくていい。-


二宮さんは本当に芯が強い人だと思う。

彼女の人生に何があってそういう結論に至ったのか分からないけど、二宮さんのその強さが眩しかった。

眩しさに惹かれる蛾のようだけれど、そんな彼女のことが知りたいと、そう思った。


「だから、進学先教えてね?」



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自宅まで無事送り届けられた僕。

開いた窓から手を振る二宮さんが見えなくなるまで見送り、マンションに入る。


時刻は17時過ぎなので、今日は少し手抜きでもいいかと、献立を考えながら自宅に入る。

遥が玄関で待っていた。仁王立ちで。


「遅い。」


「ごめん。」

とっさに謝ったけど…。遅くなくない?まだ17時過ぎだけど。


「私が遅いと感じたらもう遅い。」


考えていることが分かったのか、妹の女王様な部分が全面に押し出されていた。心が綺麗と言ったかな。あれは嘘です。


「すみません。」

ここは謝る一択。少しでも反論しようものなら何されるか分からない。


「で、二宮さんとはどうだったの?」


「特に何もないよ。二宮さんのおばあさんと話して、それだけ。」

本当にそれだけだ。二宮さんの価値観を聞いたけど、それは僕らの秘密だ。だ、だって友だちだし。


「キモい。」


…酷い。


夕食を済ませた僕は、自室で明日の予習をしていた。

修学旅行もあり、今年のGWはあまりゆっくり出来なかった。学生の本分は勉強。ボッチ(仮)の僕にとっては勉強は心の安定剤。最近はチャラ男に癒やされているけど、元々は勉強だったのだ。

浮気していたことを謝るかのように、教科書を慈しむ。

なるほど、やっぱり君は僕に色んな事を教えてくれるね。ごめんね、放置してて。


教科書との蜜月はスマフォの通知音で妨げられた。


『今ひま?』


莉子さんからだ。

また捨てるのかと問いかけてくる教科書だが、仕方ない。


『うん。』


『電話していい?』


『いいよ。』


すぐに掛かってきた。


『もしもし。とおる?』


『うん、こんばんは。』

時間ももう遅い。時計を見ると、あと長針が半周するだけで日付を超えそうだった。


『ん。何してたの?』


勉強との蜜月を。


『明日の予習を少々。でももう寝るところだったから。』


『さすがじゃん。あ、ごめ。迷惑?』


『ううん。大丈夫。莉子さんこそ、遅いけど平気なの?』


女性にとって睡眠はお肌のために大事だとよく聞く。

遥なんて、お肌どころか骨まで成長してしまうのだ。


『ん。平気。とおるの声、聞きたくなって。』


『…。』


最近の莉子さんは返答に困ることをよく言ってくる。困る。


『明日からまた学校だね。なんか久々かも。』


確かに。この1週間は修学旅行とその後の休みで、丸々学校に行っていなかった。 


『…学校でも話しかけていい?』


『…うん。』

その言葉が、無性に嬉しかった。


『とおるはさ、寝落ち通話とかしたことある?』


話しには聞いたことがあります。

仲の良い2人が、電話を繋いだまま睡眠に落ちるというやつですよね。


『友だちいなかったから。』


『…なんかごめんね。』


謝られるのが一番心に響く。


『ううん。大丈夫。』


『ん。やっぱとおるの大丈夫って言葉好きだ。』


『…。』


だから。困る。

僕の沈黙から気づいたのか、電話の向こうも少しバタついた気配がした。無意識だったの?


『じゃあまた今度!やろ!今日はもう寝るね!おやすみ!』


『うん。おやすみ。』


電話が切れ、メッセージにおやすみスタンプがくる。

寝落ち通話…。遥に部屋入らないように言わないと。

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