第30話 こいこいは知らないので

二宮邸。



…家と表現するには、ちょっと無理があります。

大変ご立派な門を潜り駐車スペースに車を停める。

これまた玄関と呼ぶには無理がある玄関に入ると、木造建築特有の木の香りがした。


「おばあちゃんは書斎に居るから、案内するね。」


二宮さんに先導され、庭に面した廊下を歩く。

廊下も長い。雑巾掛けしたら僕の体力だと一往復だけで疲れそう。もしかして、二宮さんの貪食属性はこの家を走り回っているから付いたのかも。


なるほど。健全な肉体は健全な家から。新しい説が提唱できそう。…単に燃費が悪いだけという説もあります。何事も諸説ある方がいいよね。


「これだけ広いと掃除大変そうだね。」

自分でも感想が酷すぎるとは自覚してる…がこの邸宅を見れば大体の人は語彙力も無くなると思う。


「うーん。お手伝いさんとかいるから、大丈夫なんじゃない?」


少し他人事のような二宮さん。はて?住んでらっしゃるのでは?と不思議に思ったのが伝わったのか、


「私、ここには住んでないんだ。両親とおばあちゃんが仲良くないから、いつもは別の家で暮らしてる。」


通りで。あまり人様の家庭環境に首を突っ込むのもどうかと思い、黙って二宮さんの背中を追う。


廊下の先、突き当りを曲がった箇所に書斎はあるようで、


「ここが、書斎。…おばあちゃん。来たよ。」


待って。展開が早すぎて全然心の準備出来てないです。

え、この見るからに某名探偵アニメでいつも開かれていそうな扉の先なの?入ったら事件起こるんじゃない?新参者の僕しか今ここに居ないから多分犯人僕になるけど、大丈夫そ?


推理物だと部外者は大体探偵本人だから問題ないけど、挙動不審入ったボッチなんて疑われて即逮捕だ。眠っていない状態のおじさんに疑われる未来が見える…。

そんな僕の心境など、関係なく扉の向こうから返事が返ってきた。


「どうぞ。」


扉を介してだからか声が低く聞こえる。

…もしかしたら別人かもしれないよね。人違いでしたなんてオチに持っていくのもありかもしれない。


「二宮さん。もしかしたらこの先に居るのはおばあさんじゃないかもしれないよ。」

その限りなく低い可能性にかける。


「そんな訳無いでしょ。入るよ。」


…ですよね。

扉を開けるその先に待っていたのは、


「ああ、よく来てくれました。先日はどうもありがとうございます。」


とても人柄の感じるおばあさんだった。

事件は会議室で起きてるんだから、現場には何もないに決まってるじゃない。


「おばあちゃん。遠藤くんです。」


はい。遠藤です。挨拶しないと。


「はい。こちらこそ、お招き頂き誠にありがとうございます。本日はよろしくお願い致します。」


同年代ではない、とても目上の方に慣れない敬語をぶん投げでしまった…。


「フフッ。よろしくお願いしますね。」


…笑い方はとても二宮さんに似ていた。

いや、おばさあんの笑い方が二宮さんに移ったんだろうけど、とても優しい微笑みだった。


「私、お茶持ってくるから。遠藤くんはおばあちゃんと話してて。」


…え?いやいや。お茶なんて僕がお持ちしますよ。二宮さんこそおばあさんと談笑しててください。あ、最寄り駅の方角も教えてください。お茶買いに行きますんで。

なんて言えるわけもなく。


「…はい。」

残されてしまった。

所在なさ気な僕に気を遣ってくれたのか、


「どうぞ、掛けてください。少しだけ2人で話しましょ。」


「は、はい。失礼します。」

椅子に浅く腰を掛ける。

客用だろうソファはとても柔らかく、深く座ることを耐えるのに神経を使う。このソファ欲しい。絶対高いんだろうけど。


「楽にして良いんですよ?」


二宮さんのおばあさんだ。エスパーだった。

お言葉に甘え、5cm程深く座り直す。

楽にして良いというのは、楽にして良いとは言ってないのだ。ん?やっぱり言ってるよね。


「あ、そういえば。名乗ってなかったですね。私は陽菜の祖母で、初音と言います。よろしくお願いね。遠藤さんの下のお名前は?」


とても丁寧な自己紹介を頂いた。


「あ、どうもご丁寧に…。透、遠藤透です。」


初音さんの優雅な所作には遠く及ばない姿勢で、ぺこりと頭を下げる。


「透さん…。陽菜ちゃんと会う度に話を聞いているから、これが2回目とは思えないのよね。」


「はぁ。えっと二宮さんとはどういうお話を…。」

ボッチが後ろの席に居るから日々お世話に困っているとかだろうか。二宮さんのコンサル業務も中々激務だろうし。


「あら、女性の会話を聞くのは感心しないわ。」


…申し訳ございません。デリカシーのないボッチで。

縮こまる僕を見て、初音さんは口に手を当てて笑う。


「フフッ。本当に誂い甲斐のある人ですね。」


顔を上げた僕をイタズラっ子のような笑みを浮かべて見詰める初音さん。

…二宮さんのあの性格、絶対にこの人からですよね?


「聞いていた通りの人で安心しました。冗談は置いておいて、あのときは本当にありがとうございます。陽菜ちゃんとお買い物に行くときは2人きりが多いんですけど、少し体調が悪くなってしまって。」


「いえ、僕のお節介でしたし…。二宮さんからもお礼は沢山言われたので、気になさらないでください。」


そんなにお礼を言われることではない、と思う。


「いいえ、あのことがあったからこうして透さんを呼べたんですもの。助けて頂いたことに感謝しなきゃいけないわ。」


…。それは、どういう意味なんだろう。


「陽菜ちゃんからはその前から透さんのことを聞いていたの。あの子が学校の事を喋るなんて滅多にないから、とても驚いたのよね。」


「そう、ですか。」


『自分の大切な何かがあればそれでいい。』

嵐山での二宮さんの言葉を思い出す。多分、彼女の大切な何かには、初音さんがいるんだろう。


「あの子に与えられる物は沢山与えてきたけれど、それであの子が今幸せなのか分からなくなってしまって…。」


「…。」


「あの子の両親が此処を出ていった時も、原因は、あの子の父親と私の喧嘩でね。とても辛い思いをしたはずなの。」


…そうだったんだ。意図せず聞いてしまった理由。

二宮さんが人と接しない態度を取るのも、それが理由の1つだったりするのだろうか。

…少しだけ、初音さんの言葉に心の奥がざわついた。


「だけどね、遠藤くんのことを話しているあの子は、とても幸せそうなの。そんな人、祖母の私が見ない訳にはいかないじゃない?」


冗談めかした口調で僕に語りかける初音さん。

その態度から全てを推し量れないけど、彼女は恐らく心配なのだろう。学校で二宮さんが独りなんじゃないかと。楽しく過ごせていないんじゃないかと。


…少しだけだけど、二宮さんの本心を聞いた僕は。


「二宮さんは…。学校ではあまり人と話さないです。」

いつも寝てるし…。


「でも、言ってました。大切な何かがあれば良いって。人に何かを言われることなんてなんとも思わないって。」


「…。」


「僕も、そう思います。友達がいたら楽しいかもしれません。でも、二宮さんは今も学校で楽しそうです。話し相手もいない僕にも優しくしてくれますし…。」


「そう…。」


「心配いらないって言うつもりではないです。ただ、彼女がありのまま過ごしていることは僕が見てますから…。少しでも、信じて頂けたら、嬉しいです。」


…。なんとも恥ずかしい。伝えたいことの半分もつたえきれてない気がする。


「透さんは、陽菜ちゃんのこと好き?」


え?


「え…?」


「フフッ。ううん。聞いただけ。ありがとうね。陽菜ちゃんのこと、見ていてくれて。」


…。違う。二宮さんがずっと僕を見てくれてたんだ。僕が傷つくずっと前から。


「はい。」


ガチャっと、扉の開く音がして、二宮さんが部屋に入ってきた。


「お茶淹れたよ。」


トレイにお茶を乗せ、お皿には僕が持参した遥一推しの最中が並べられている。


「ありがとう、陽菜ちゃん。お茶にしましょうか。」


初音さんの一声で、しばしの間ティータイムに入った。


「何の話してたの?」


僕に尋ねる二宮さん。ほぼ貴方の話題ですとは言えない。

返答に困っている僕を、初音さんが助けてくれた。


「陽菜ちゃんのこといっぱい聞かせてくれたわよ。」


…全然助けてくれなかった。



ティータイムも終わり、時刻は15時過ぎ。

帰りも送ってもらえると聞いていたが、晩御飯の用意を何もしてないので、17時には家に帰る必要がある。

そろそろお暇しようとすると、


「遠藤くん。ご飯食べていけば?」


二宮さんから提案された。


「そうね。是非、一緒に食事しましょ。」


初音さんも同意の様子。

…断りづらい。ただ、家で空腹で待っている遥が頭の隅で暴れている。どんどんデカくなる。


「すみません。今日はお暇させてください。また、機会があったら、そのときは是非。」


最高のお断り文句。


「ふーん。分かった。じゃあまた今度ね。いつにしよっか。」


「そうですね。急だったから、またすぐ来てもらいましょうか。」


…。


「家までまた送りますね。陽菜ちゃんは着いていく?」


「うん。乗る。」


二宮さんは送りに着いてくるようだ。

遠慮することは出来なかった。


「またいらっしゃい。いつでも歓迎するわ。」


初音さんに頭を下げる。


「はい。ありがとうございます。」


「あ、透さん、こいこい知ってるかしら?」


…こいこいは知らないので。

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