第11話 目は口ほどに物を言う
登校早々に疲弊してしまった身体を無理矢理動かし、教室へと戻る。
逃げるような形になってしまったが大丈夫だろうか。
足立さんは外見だけ切り取ればとても美人さんだ。ギャル成分は多分に含まれているが、強気な態度から発せられるあのオーラには、それ以上に人を惹きつけるものがある。
要するにとても人気があるのだ。
以前チャラ男が吹聴していた学年別女子ランキングでもトップを取っていたらしい。
僕投票してないけど。通知来てたかな?
そんな彼女の発言を遮ってトイレに駆け込むなんて、足立さん精鋭隊(あるのか知らない)に目をつけられるのではないだろうか。
そこから始まるイジメの日々。虐められた経験なんてないけど、想像するだけでお腹が痛い。
小学生のときに教室横のトイレに行くだけで、イジられた記憶が蘇る。
…イジメじゃないです。クラス間のコミニュケーションの1つです。僕の小学校ではイジメなんてありませんでした。
それが高校生の規模で襲い掛かるのだ。考えるだけで頭が痛くなってくる。
よし、保健室に行こう。
おばちゃんに事情を説明して今日一日匿ったもらうのだ。
仮想敵である足立さん親衛隊も、僕が教室に来なければ、深い反省の元トイレで懺悔していると思うだろう。多分。
思いついたら即行動だ。
教室へ向かう足をくるりとターン。
決めポーズの代わりに手をお腹へと当て、一見体調不良であることをアピールする準備に入る。何事も準備が必要。保健室に入る前には気持ちを作って置かなければ、万全の状態でおばちゃんと臨めない。
役者さんのルーティーンばりに、自分を作る。
体調が悪い。体調が悪い。僕は体調が悪い。…うん。出来てきた。姿勢も猫背にして、廊下の鏡で確認する。
うん。見るからに体調不良の陰キャだ。
準備は問題ない。いざ。
駄目だった。
軽くあしらわれて保健室を追い出されてしまった。
なんでだろう。脳内シミュレーションは完璧だったのに。
自分の状態を説明し、不特定多数に命を狙われている可能性もあることを十二分に伝えたはずなのに。
おばちゃんには、「また今度おいで。」なんていう温かいのか冷たいのか判断がつかないお言葉を頂戴しただけ。
くぅ。これでは教室に戻るしかないではないか。
もう無いのか…。
比較的詰みがちな僕の学校生活はまたこんな簡単に詰んでしまうのか。
「兄さん?」
声のする方へと振り向く。妹がいた。
取り巻きたちに囲まれていた所を抜けてきたのか、後ろの方にファンであろう子たちが数人いる。
まあ同じ学校だし、遭遇してもとくに不思議ではないが、遥とは学校で会っても会話は発生しない。
別に避けられてるわけではないが、多忙で人望のある妹には常に誰かしらが側に控えているのだ。
ボッチの僕が人気者の遥に近づこうものなら即斬り捨て御免で成敗される。現に後ろの女子達も僕のことを胡乱げな目で見つめていた。
僕の学校生活敵ばかりじゃん…。
成敗されるのは冗談にしても、普段家で過ごす遥と、学校での遥は言葉遣いからも異なるので、僕と話すときにわざわざ切り替えるのが難しいのだそう
面倒の間違いだとは思うけど、まあ理解できる。
あえて学校で遥と話すこともないし、あるとしてもメッセージを入れれば済むので、こうやって直接話しかけられるのは珍しい。
「あ、遥。何?」
「いや、何って。何で保健室から出てきたんです?体調が悪いとかですか?」
「あ、違う違う。ちょっと足立さん親衛隊に命を狙われててね。」
本当に体調が悪いわけでもないし。
ただ、冗談で口走った中のある単語に反応したのか、遥の顔に段々怒りが滲み出した。
「あだち?」
やらかしてしまった。
遥の前ではあの日以降、足立というキーワードはNG設定されていたのだった。
もし僕たちが足立区民だったとしたら、遥はどうなっちゃうんだろう。いや、それより。
「また何か、あだち、、先輩が兄さんに?」
「いや、違うよ!ちょっと挨拶を遮って教室出たってだけだから!」
言葉にすると本当に大したことない。
ただ、遥からすればそのちょっとが大問題で、
「声、掛けられたんですか?」
あ。もう。またやらかした。
まずい。早くなんとかしないと。
「ほ、ほら?遥、今日朝礼あるじゃん?準備とか大丈夫なの?」
毎週月曜日は朝礼という、全学年での集会がある。特に何かあるわけでもないが、遥の所属する生徒会では会長と副会長が壇上に立ち、週の初めの教訓なりを述べる決まりがある。
後ろの子達の中にも、生徒会の就任挨拶で見かけた顔もあるし、朝礼に行く途中だったのだろう。
遥は1度後ろを確認し、また僕に向き直る。
「…家で。」
「…はい。」
ですよね。
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朝礼
クリスチャンのわが校には高校3学年全員を収容できる講堂がある。ざっと1000人は入るので、文化祭などでライブをするとそれはもう盛り上がる。
そして、今壇上で全生徒の注目を浴びているのが生徒会長である『林 凛』さん、妹の遥だった。
凛さんは、180に届こうとする遥には及ばないが、それでも女子の中でも高い方の170はある身長と、黒髪を後ろでポニーテールにし、芯の入ったような真っ直ぐとした目を僕たちに向ける。
妹の遥も凛さんに憧れて生徒会に入ったのだそう。
偶に家に招待することがあるので、それなりに会話はしたことがある。
…挨拶だけでも回数を重ねればそれなりだから。塵積。
制服を乱すことなく着用し、静謐な空気を纏うその佇まいにより、相対する生徒たちも自然と背が伸びる。
「おはようございます。
各位、週末は身体を休められたでしょうか。部活等で活動している者、自身の時間を使う者、共に身体を労り、今週も勉学二励んでください。
3年生は来週から修学旅行です。旅行と入っても学業の1つです。受験生の自覚を忘れず、規律を守り参加するようにしてください。…また、」
会長からの言葉が続くが、僕はその後手に控える遥の視線に恐れ慄いていた。
僕達3年は1番後ろの席に座っている。
その中で、遥の視線が固定されていたのは、僕ではなく、3年生のブロックの一番前。恐らく、足立さんの座っている席だった。
表情自体はあまり変化はないが、その視線だけでもしかしたら人を射抜けるかもしれない。
めちゃくちゃ怒ってる。
一瞬たりとも目を離さず、足立さんを睨み続ける遥を見て、今日のご飯は豪勢にしようと決めた僕でした。
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