第12話 怒られると思った?
今日の晩御飯の献立を考えながら過ごす月曜日の放課後。
未だに親衛隊からのアプローチはない。
僕が教室から一歩も出ないから機会を逸しているのか、それともそもそも親衛隊なんて存在しないのか。ただ、用心に越したことはない。
教室は、来週に迫った修学旅行への期待が高まっているらしく、部活組含め、通常より多くの生徒が残っている。
僕?帰宅部なので帰ります。
席を立ち、教室から抜け出す。
帰宅する生徒が少ないのは他の教室も同じなのか、人の少ない廊下を昇降口目指して歩きだす。
思考の中心は献立。今日は遥の好きな食べ物を用意しないと、絶対に絞られる。物理的に。
和風でいくのであれば、天ぷら。
洋風でいくのであれば、フリット。
中華でいくのであれば、唐揚げ。
うん。揚げ物でいっか。
とりあえず、スーパーに買い物に行って特売の商品次第で決めよう。
昇降口でローファーに履き替えていると、後ろから声がかかった。
「遠藤くん!」
二宮さんであった。
ここまで走ってきたのか肩で息をしている。
「あれ?二宮さんも帰り?」
聞いておいてなんだが、二宮さんの帰宅時間を把握しているわけではない。僕は帰宅部として帰宅最前線にいるが、彼女はHRでも寝ているため帰る時間も自分の起床時間になるのだろう。いつも気持ちよく寝ている後ろ姿を拝見してます。
マイペースでなりよりである。
そんな二宮さんが、帰宅RTA勢の僕に追いつくということは、よっぽど急な用事があったのか。
…あれ?もしかすると彼女が親衛隊の尖兵なのか?
朝イケジョの足立さんと話していたことも、それなら納得できる。
「うん。遠藤くんが帰ってるの見たから…。また一緒に帰ろうかなって思って。」
なるほど。僕を引き止めておいて、本体との合流まで時間を稼ぐつもりなのか。
けど、僕だって大人しく捕まっているわけにはいかない。
「ごめん。二宮さん。今日は買い物とか、あとショッピングとかしなきゃだから駅から遠いんだよね。」
そう、複数の予定を同時に聞かされたら、人間は基本断られていると判断するだろう。聡い二宮さんのことだ。
僕が理由があって断っていることを勘づいてくれるはずだ。
「ふーん。いいよ、付き合う。」
「…いや、遠回りだし。それにただのスーパーだし。大丈夫だよ?」
なんで付き合うの?
買い物というワードがそんなに魅力的なの?強力粉いる?
「なるほどね。じゃあ行こ。」
ふむ。今のはお断りの大丈夫だったんだけど…。
彼女的には「それでも大丈夫?」として届いたのだろうか。隣で微笑む二宮さんにこれ以上言葉をつなぐ事が出来ず、大人しく帰路に着く僕であった。
「あのさ、遠藤くん。」
「ん、なに?」
目的地のスーパーに辿り着き、特売のエビを購入した。
今日の献立はエビフライにしよう。ついでに1つ300円超の超高級アイスも買っている。
ご機嫌を取るためにはいかなる手段も用いるのだ。
「修学旅行のときにさ、1班の人達とも一緒に行動するとか、あり?」
過ごし遠慮がちに聞いてくる二宮さん。
「えっと、うん。ありなんじゃない?」
イケジョの面子で固まりたいのだろう。
こちらには女バスの今村さんと野球部の田村くん。
あちらにはイケメン近藤くんや足立さん達。
集まりたい気持ちは分かる。文化祭や体育祭を除けば校外行事、それも最高潮に盛り上がるイベントの1つである修学旅行。
陽キャ達からすれば思い出という名の写真フォルダの容量を増やす絶好の機会だ。
そして、そこに僕という異分子が紛れることを嫌がっているのだろう。それはそうだ。みんなの思い出の写真の隅っこに僕が写っていたら、それはもうアナザーの始まりである。1人増えてるんじゃない。元々の発注ミスだ。
ただ、安心してほしい。
そんなこと、僕の明晰な頭脳では既に計算済みの事項。
証明完了しているのだ。
いくらでも集まり給え。
…後で集合時間と場所だけ教えてね?
「ふーん。ありなんだ?
遠藤くんは嫌がるんじゃないかって思ったんだけど。」
ふむ。1人で回ることについてだろうか。むしろ大好きです。
「んー。分かった。遠藤くんが良いよってこと、伝えておくね。今村さん達も皆で回りたいらしいから。」
…。あれ?もしかして、何か勘違いしてるかも?
皆で楽しむ。それはあれかな?1つの肉体が体験したことを他の分身体に経験値として分け与えるという忍法のこと?使えないよ?
「朝、今村さん達と話してて、遠藤くんは絶対に断りそうだから説得してって言われてたんだ。でも良かった、ワタシも遠藤くんと回りたかったからさ。」
うーん。二宮さんの認識と僕の認識に明確なズレが生じているらしい。
ただ、その誤解を解こうにも班行動より1人のほうがいいと正直に言う以外は、上手い言い訳が思い付かない。
「…遠藤くんは、皆と回りたいの?」
その答えにNOとは言えないでしょ。
「まぁ、うん…。」
「ふーん。」
探るような視線を感じつつ、二宮さんは僕から距離を取る。
「まぁいいや。嫌だったら言って。全力で遠藤くんを離すから。それで2人で回ろ。」
「え?あ、うん。分かった。」
「じゃあ、またね!」
こちらに手を振り歩いていく二宮さん。
イケジョの面子に班合流を聞かされたのだろう。
異分子の僕にそれを受けてもらうようお願いされたのは分かる。が、2人で回るということは2人で回るのだろうか。
駄目だ。女子の言葉の意味を理解するには僕の読解力が足りなさすぎる。なんなら日本語力もないみたいだ。
分かったことといえば、修学旅行の班行動は、イケジョ全員集合の中に投下されるということ。
…やっぱり休みたいな。
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19時
「ただいま。」
あらかたの食事の準備を終え、テレビを見ていると遥が帰ってきた。
リビングに顔を出した遥は特に機嫌が悪いようには見えず。
「おかえり。」
いつも通りに出迎える。
もうすぐ帰ると連絡をもらっていた僕は、もう揚げ物もすまして、盛付けのみの状態にしていた。
「あれ?もしかしてエビフライ?」
台所でお皿に揚げ物と野菜をもりつけている僕の手元を覗き込んだ遥は、嬉しそうにこちらに問いかけてくる。
「うん。今日、エビが安かったから。エビフライにしようと思って。」
「いいじゃん。」
「あ、あとアイスも買ってきたんだ。後で食べよ」
「いいじゃーん!ありがと!」
僕の肩を軽く叩き、遥は自室に着替えに行く。
良かった。朝の件は大分薄らいできてるみたいだった。
後は、このまま遥を刺激する発言(足立さん)をしなければ…。
「あ、そだ。後で話聞かせなよ?」
駄目みたい。
夕食後。
遥が風呂を済ませ、ソファに並んで座り、さあ話せと目で語る遥に今日の出来事を報告する。
途中までは神妙に聞いていた遥だが、足立さんから逃げてしまった辺りの頃から僕の手の上に自身のそれを重ね、やけに近い位置にいた。
「これくらいかな。本当に情けないよね。」
事実だけを並べれば、特に大したことはない。
足立さんと話すことが出来なくて、トイレに逃げ込んだだけだ。
自嘲するように語る僕の手を、重ねる形から握りこむようにした遥。
「透ってさ、いつも嫌なことは笑って話すじゃん?」
そうなのだろうか。
長いこといる遥が言うのだから間違ってはいないと思うけど、あまり意識したことがない。
特に指摘してくれる友達もいないし…。
それでも、遥に心配かけたくないという気持ちは常にあるので、自然とそうなっているのもしれない。
「でもさ、クソ女の話してる透は全然笑えてないの、知ってる?」
「…うん。」
現に笑えてないのだろう。未だに燻る思いが胸に遺っているのを感じるくらいだ。
「私さ、透が好きになった人とは全力で応援したかったんだ。だけど、こんなに透が辛い思いしてるの、やっぱ嫌だから。我儘だけど、透にはあの女と話してほしくない。」
握る手の力が強まる。
「透が幸せにならないなら、近づく必要ないよ。」
「そう、だね。」
言葉が濁った理由は分からない。
そこに意識を割かせないように、遥は僕の肩にその身を預けた。
怒られると思っていたけど、本当に心配させていたんだろう。なさけない兄で不甲斐ないばかりだ。
「ありがとね。」
肩に顔を乗せたまま、頷く。
幾らか時間が経ち、ようやく顔を上げた遥。
その目はどこか妖艶な光を湛えていて、
「じゃ、一緒に寝よっか。」
「寝ないから。」
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