第10話 トラウマさんとの微接触

月曜日



修学旅行は既に来週に迫っている。

イケジョを含めた、6班の彼らと行く修学旅行を耐えれる精神を鍛えなければならない。


…本音を言えば休みたい。


ただ、休むのはNG。なんたって僕には妹の遥がいる。

仮に修学旅行が辛いから休ませてくれと言っても、

なぜ辛いのか、その理由は、と問いただされ、僕がボッチであるという彼女的に小さな結論に辿り着いてしまう。

遥は僕が学校内で独りでいることに特に否を唱えないが、ボッチであることを理由にこういったイベントを放棄することに関してはとても怒る。そりゃもう怒る。

作っているのは僕なのに、その僕がごはん抜きの刑に処されたりする。

本当に体調が悪い時以外は遥は休みを許可してくれないのだ。


…僕がお兄ちゃんだよね?


であれば、本当に体調が悪くなってしまえばいいのでは?

これもまたNG。

無駄に身体の丈夫な僕は、土砂降りの学校から走って帰っても風邪など引かないのだ。かれこれ6年は健康体を維持している。もし僕の人生にヒロインが居るなら、看病イベントは諦めてもらうしかない。

まあメンタルはペラッペラなので、是非ともそっち方面で癒やしてくれることを願ってます。


であれば、精神を鍛える方向にシフトしよう。


有名な寺の門を叩き、現世から解脱しきった高尚なお坊さんに悟りまで導いてもらうのだ。

第二の案を思いついた僕は有名どころのお寺さんを検索した。検索に引っ掛かった各種お寺は大体が京都であった。


…修学旅行の目的地じゃん。


現状行きたくない場所トップ3の彼の地に、僕の悟りの道が開かれているのか。なんたる苦行。

解脱の選択肢もNGになった。


…これもう普通にイケジョ面子に大人しく着いていけば良いんじゃないだろうか。

班には僕のコンサルタントの二宮さんもいる。

三泊四日のマンツーマンのコンサルティングで僕の倒産間近な有限メンタル会社を世話してもらおう。

さらにだ。もしかしたらピンク色の悪魔たち(今村さんと田村くん)も、恋愛旋風吹き荒れる一班のイケジョ組と合流して6人もしくは二宮さん含めた7人で回る可能性もある。


なんなら2人で、鴨川沿いの等間隔カップル連中の一員に加わり、素敵な夜景を見ながらイチャイチャする可能性も十分ある。


二宮さんも個人で回りたい場所を挙げていたし、彼女も自身で楽しむ術は持っているだろう。なんたってエスパー貪食ツンデレ属性持ちなのだ。お一人様小旅行をして、ホテルでビールとおつまみを嗜む動画をサイトに上げるくらいの趣味があっても驚かない。


そして独りになる僕。完璧だ。


修学旅行の各種集合場所と時間さえ把握して行動し、悠々自適に解脱への道を歩めるのだ。


…いや、もう解脱はしなくてよかった。


京都・奈良を1人で回れる可能性が出てきて浮かれた僕は、これまでの陰鬱な空気を吹き飛ばすように自転車のペダルを踏み込んだ。



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教室に清々しい気持ちで入る。


窓際最後列の座席を目指している僕の目に入ったのが、前の座席に座る二宮さんと話しているイケジョの女子面子(今村さん、桐生さん、足立さん)であった。


今村さんは分かる。修学旅行の班でもあるし、彼女の持ち前のコミュニケーション能力はクラス内全てに通じているのだ。僕には来てないが、まだ開通工事前なのだろう。


桐生さんも、その毒舌こそ特徴的だが、基本的には清楚キャラとなる。むしろ、イケメン近藤くんにはその清楚キャラを全面に押し出して会話している。横のチャラ男には言葉のナイフを投げているから、多分意味ないと思うけど。


不思議なのが僕のトラウマ足立さんである。

彼女は普段イケジョの面子くらいとしか話さない。

友達が少ないのではなく、女王様思想で選別しているのかもしれない。


確かに、かの女王様に圧をかけられたら、今の僕は二宮さんのコンサル代として財布に用意している5千円を含めた財布ごと献上してしまいそうだ。


そんな足立さんと二宮さんに接点があったんだなあと思いながら、鞄を机の横にかけ、只管空気になるよう小説の世界に飛び込む直前に現実に捕まってしまった。


「あ、おはよう。遠藤くん。」


「おはよう。二宮さん。」


…名指しで呼ばれたら返事するしかない。

その二宮さんの発言で会話していたイケジョ女子も気づいたのか、こちらを見やる。


「お!おはよ!遠藤くん!」


今村さんが明るく挨拶してくる。

素晴らしいコミュ力だ。桐生さんなんて僕を一瞥してすぐに視界から外したくらいだし。

人と人が喧嘩するのは同じレベルでしかないようだけど、桐生さんの中では恐らく挨拶にも該当するようだ。

桐生さんと僕のレベル差はとんでもない開きがあるのだろう。何処かにメタルキングの巣あったっけ?


「お、おはよう。今村さん。」


自分のステータスに泣きたくなる気持ちを抑えつつ、今村さんに返事をする。さて、早く文字の海に飛び込もう。


「え、遠藤。」


ふむ、やはり京都を学ぶなら畳の神話体系が1番だ。

アニメから入ったが、原作がとても素晴らしい。僕もこの小説の主人公の素質があるかもしれない。


「…遠藤…!」


はい。聞こえてました。

足立さんから発せられたその声が僕の名前を呼ぶときにトラウマスイッチが入ったのか、身体が拒絶反応を示した。


…単に怖くて反応できなかっただけです。


本から顔を上げ、足立さんに視線を送る。

目を見れない。足立さんの少し上に焦点を合わせるようにする。


「その…。お、おはよ。」


「おはようございます。」


「あのさ、しゅ…」


「ごめんなさい…!」


席を立つ。速歩きで教室を出た。

目指すは男子トイレ。


…挨拶出来た。ただ、返事をするだけでもかなり神経をすり減らした気がする。


だって急にお腹痛くなったんだもの。

これ以上は無理だ。


男子トイレの個室に座り、息を整える。

足立さんと会話をするだけで、こんなに疲弊するのか。


「うーん。辛い。」


1度壊れたメンタルは中々治らないや。

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