第4話 切り替えってそんなに簡単じゃない

起きたときは、外は既に夜の帳が落ちていた。

時計を確認すると4時の表記。

あと、幾ばくかもすれば朝になる時間だった。


寝過ぎた。


泣きすぎて寝落ちしたのなんて、過去に一回くらいだろう。ただ、そのお陰なのか昨日ほどの胸の痛さは無い。

が、告白された彼女に好きな人がいて、加えてその告白自体が嘘だったという事実はやはり1日で消化できるものではなかった。


最初から近藤くんに告白すれば良かったのに。

胸に湧き上がるのは、彼女への不信・不満。

裏切られたことへの怒り・憎しみ。

そもそも、なぜ近藤くんの試合を一緒に観に行ったんだろう。

桐生さんや、今村さんの所属している女バスの面々が応援に来ていることは大体予想がつくと思うし、

僕と足立さんが一緒に観に行くことで、バレる可能性は格段に高くなるはずなのに…。


いや、もうよそう。


ちょっとした夢を見てたで良い。

陽キャ達の考えることは、陰キャの僕には分からない。

なんで、関わることが出来ると思ったのか、告白を受けた日に戻って叩いてやりたい。ビンタで2回ほど。


『いいよ、ゆっくりで。』


頭にフラッシュバックするのは、足立さんの優しげな声。

僕の答えをしっかりと待って、落ち着かせてくれた声。

まだ、彼女のことを信じようしている自分に嫌気が差してぎゅっと目を瞑る。切り替えなきゃ。

不幸中の幸いといっていいのか、今日は日曜日。ゆっくり家でリフレッシュして、明日からは前の僕に戻ろう。

それでいい。

頭の整理がある程度済んだ頃には、もう窓の外も明るさを帯びてきた。



盛大にお腹の音が鳴る。

あー。昨日は昼食以外何も食べてなかったんだ。

お腹空いたし、そろそろ起きて何か作ろ。

そう思い、起きてからずっと考えないようにしていた左隣に視線を移す。

本当だったら、起きてすぐご飯に取り掛かろうと思っていたのに、この存在のせいでベッドから出れなくなっていた。

何のことはない。

遥が僕の横で僕の腕を抱きながら寝ているだけだ。

お兄ちゃんのことが心配な妹の愛情表現だと思う。

素晴らしい家族愛。

やはり妹しか勝たん。


身長を分けてくれ。


ただ、僕の腕に噛み跡がいくつか付いてるのはなんでだろう。

ふむ。あまりにお腹が空いて僕の腕を生ハムの原木か何かと勘違いした説もありえる。

そういえば、昨日の夜ご飯はどうしたんだろ。

あまり遥は既製品を食べることを好まない。

基本僕が食事当番であり、掃除当番であり、洗濯当番をしている中、遥はその他の仕事をしているのだ。

あれ?何か残ってるっけ?



まあ、そんなことよりご飯である。

遥は普段の学生生活では勤勉な生徒として過ごしているが、休みの日にはその反動なのか、自堕落さが露骨になる。基本昼まで起きない。

今が5時なので、あとざっくり7時間は起きない計算だ。

詰んだ。

いや、それは不味い。

無理やり起こされた腹いせのビンタをもらう覚悟を決めつつ、遥の肩を揺らす。


「ん…」


「遥、起きて。」


「んん…」


「遥、起きて。朝だよ。」


「んんん…」


「遥、起きて。朝だよ。ご飯食べよ。」


「うるせぇ黙れチビ。」


口悪。ただ、このとんがり◯ーン並に尖った口調が出てくるときはほぼ起きている証拠なので、無理やり起こしにかかる。


「もう起きよ!お兄ちゃんご飯食べたいの!」


「わぁーったよ。うるさいなぁ。」


腕が開放される。いつから抱きしめられていたんだろ。

左腕青くなってるけど…。これが王の腕ってやつか。


「おはよ。透。」


ようやく覚醒した遥は目をこすりながら朝の挨拶をする。


「おはよ。遥。」


「もう、大丈夫なの…?」


やはり、遥は昨日の僕の様子を見て、心配してくれたのだろう。

遥の半分は優しさで出来ているのかもしれない。

そんな遥に心配をかけないよう、努めて明るく答えた。


「うん。ちょっと手酷く振られちゃってね。

遥の言った通りだったわ。あちゃーって感じ。」


「だから言ったじゃん。チビ。身の程弁えろっての。」


うーん。優しさなくない?むしろ半覚醒状態の暴言出てるけど。


「まあ、でも。足立って女のことは分かったから。」


-顔合わせたら潰してやる-


妹怖い。


「い、いや!そこまでする必要ないんじゃないかな。もう僕も懲りたから、近づかないようにするし。それより、ほら!ご飯食べよ。すぐ用意するからさ!」



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日曜日。10時。



朝ごはんを食べた僕は家の掃除をした後に自室で携帯を見つめていた。昨日は家に帰ってからすぐにベッドに倒れて泣きじゃくってたので、見れていなかった。

そう。足立さんからの連絡がすごい数溜まっていたのである。


メッセージ・通知:52


うーん。中を開けて見る気はサラサラないけど、多分謝罪の嵐何だろうなあ。

最新の通知が不在着信だから、何を伝えたいのか計り知ることは出来ないけど、十中八九謝罪のそれだと思う。

もしこれが勝手に帰ったことへの怒りの通知連打であれば、転校することも考えるレベルだ。

そんな馬鹿な発想をするくらいには、この『足立 莉子』の欄を開きたくない。


もういいか。


彼女の思惑がどうあれ、終わったことに対してこれ以上何か僕からアクションを起こす必要は皆無だし。

そう思って、スマフォを閉じようとしたその時、突然に通話が来てしまい、反射的に緑のボタンを押してしまった。


『…』


『遠藤?』


酷く掠れた声がスマフォから聞こえてくる。

声が出せない。

あれだけ蓋をした気になっていても、その声を聞くだけで、胸の内にある怒りや憎しみよりも、不安と恐怖の方が勝ってしまう。


『遠藤、ごめんね。ウチ遠藤に最低なことした。』


『…』


『絶対に許されないことだって分かってる。許してなんて言うつもりはないから、1度だけ話をしてくれないかな』


『…』


『遠藤の声、聞きたい…』


『僕は…』


いつもの覇気などまるでない。

縋るような声に、僕はつい口を開こうとして。


「何してんの⁉透!」


遥が部屋に入ってきた。


『え、遠藤?』


遥は通話画面に映る足立さんの名前を確認するや否や僕からスマフォを取り上げ、今まで聞いたことのない剣幕で足立さんに言葉の槍を降らした。


『お前、なんで透に連絡なんかしてんだよ!

自分がやったこと理解してんなら透のことは放っといてクソみたいなビッチらしく頭の悪い連中と遊んでろ!

これ以上透になんかしたらまじでお前の顔面潰すぞ!

二度と透に近づくな!』


『ご、ごめ…』


ブツリ。


足立さんの返事を待たず電話を切った遥。

その目は今度はこちらを向いていて、ヒェ…


「なーに、クソ女の電話取ってんの?」


ヤバい。これはまじでやばい。返答次第によってはまじで死ぬ。


「いや、本当にとるつもりなんか無くて、スマフォ閉じようとしたら通話かかってきて、不可抗力で。切るにもちょっと怖くて切れなくて…。」


無理か。不可抗で電話出たって何だよ。ハハハ。

あ、父さん母さん(ハイハイ)、あ、感謝してます(ハイハイ)。


「…馬鹿透。」


あれ?最低でも往復ビンタは覚悟してたのに。

遥の特性上、5回は必中なので既に口の中を切らないよう歯を食いしばっていたのに。


「遥?」


「あんたが、悲しむのはもう良いの。あの日に一生分悲しんだんだから。もう辛い思いはしなくていいの…。」


顔を俯かせて呟く遥の目には涙が溜まっている。


「ごめん。遥。」


手を伸ばし、少し高い位置にある遥の頭を自分の肩口まで持ってくる。


「ゔぅ…馬鹿…馬鹿兄貴」


髪を撫でながら、落ち着くまで待つのだった。


「もう大丈夫。」


かれこれ10分くらいは僕に身体を預けて泣いていた遥は少し鼻声のまま、顔を上げる。


「分かった。」


少ししんみりしてしまった。

今日は遥の優しさに包まれてばっかりだ。

僕もまた涙腺が弱まっているのが分かる。

遥はそんな僕をじっと見つめ、あれ?ちょっと顔近い…。

え、なんで?ちょ…遥さん?


「やっぱチビだね?身長縮んだ?」


にこやかな笑顔で僕を怒らせた。 

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