第3話 初デートと失恋

「いい?夕飯前には帰ってくること!」


「はい。」


「あと、あんまり先輩に迷惑かけちゃ駄目だかんね!」


「はい。」


「あとは…あ、リードしようなんて考えないこと!」


「はい。」


「んー、あとは…」


「行ってきます!」


ダッシュで家を出た。

遥がママになってた。

バブみとかなかった。


今日は待ちに待った初デート!

駅前目指してレッツラゴー!

という気分には到底なれない。

なんせ、昨日は緊張してほぼ一睡も出来なかったからだ。身体がなんとか睡眠についた頃にはもう外は明るくなっていた。僕はデート前インソムニア。


なんとか10時に起きることに成功し、

遅い朝ごはんを食べ、ようとしたところで遥からこの時間に食べて先輩との昼ご飯食べれなかったらどうするの!というお叱りを受けた。

結局コーヒーのみで出発まで過ごし、いざ出る寸前に遥ママからのお達しを受けたところである。

確かに初デートだけど、リードしようとしないなんて、はい。すみません。何も勝手が分からないです。


僕の家から駅前までは徒歩で15分圏内。

今は11時30分なので、余裕はある。が、女の子を待たせるのは多分駄目というのは少なからず認識しているので、足立さんが待ってないことを祈るばかりだ。

気持ち速歩きで駅へと向かった。



足立さんが居た。

黒のスキニーにへそ出しのトップス、その上にジャケットを着込むというオシャレ上級者な出で立ちでスマフォをイジっていた。

なんとも声を掛けにくいのだが、一応僕は彼氏である。

勇気を出して、彼女のそばに寄る。

…声掛けれない。凄く険しい顔をしてらっしゃるもの。

それでも待たせているのに違いはないので、僕は恐る恐る声を掛けた。


「あ、あの。」


「あ?」


怖い。

めちゃくちゃガン飛ばされた。


「あ、遠藤じゃん。来たね。」


僕であることを認識したのか、その表情に笑顔が浮かぶ。

…正直可愛いと思ってしまった。

てか、来たねって。何。怖い。

とりあえず、遅れたことを謝ろう。


「あ、あの。すみません。待たせてしまって。」


「あー、別に待ってないよ。てかウチが早く来ちゃっただけだし。」


それはそう、と言ったら多分ボコられるんだろう。


「にしても、私服よ。ウチ。」


それもそう。


「はい、そうですね。」


「は?なんか言う事ない感じ?」


あ、これはあれだ。昨日遥ゼミに教えてもらったやつだ!


「え、えっと。」


「ん?」


「すごい、オシャレ上級者ですね。」


…どういう感じに褒めればいいのかまるで分からなかった。とりあえず、最初に思いついた感想を述べたがどう考えても駄目なのは分かる。

間違ってることはすぐ分かるんだよなぁ。人生って難しい。


「オシャレ上級者…、っふ。」


鼻で笑われました。


「まあ、遠藤にそんなの期待しても今は無理か。しゃあない。マイナス5点。」


「あ、ありがとうございます。」


「何でお礼よ」


マイナスなのか。あれ?子供のときは加点法式で、社会からは減点方式だとよく聞くけど、もう社会人?

てかあれって結婚した時の話だっけ?え、結婚してないよ。


「とりま、飯行こうよ」


恐らく95点の僕はこれ以上減点されないように、潔く頷いた。


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「でさ、栞ってほんとに口悪くて、まじで焦って…。」


お昼に入ったのは駅近にあるオシャレな喫茶店。

足立さんが選んだのはパンケーキセット。

僕はナポリタン。

パンケーキだけで足りるのかなって一瞬思った僕を嘲笑うように、届いた代物は想像の3倍はデカかった。


え、これ足立さん1人で食べれるの?


そんな僕の心配は杞憂に終わらなかった。


「ふー、もういいや。」


足立さんはフォークとナイフを置き、僕にパンケーキの皿をスススッと寄せる。


「あ、お腹いっぱい?」


「ん。そもそもシェアパンケーキの予定だったから。1人じゃ食えんし。」


シェアパンケーキ。なるほど。そういう概念があるのか。


「じゃあ、頂くね?」


「どぞどぞ。」


そう言って足立さんはスマフォを弄り始めた。

僕は、足立さんの食べかけであるパンケーキをフォークとナイフで切り取って口に運ぶ。


…あれ?これ完全に間接キス的なやつだよね。


いや、高校3年生にもなって、その考えは幼稚か。

誰だってするもんね、変じゃないよね。


正直、あまりパンケーキの味は分からなかった。


「今日さ、ちょっと寄りたいとこあるから、それまでぶらぶらしようよ」


喫茶店を出て、これからどうするのかと思っていた僕に、足立さんが提案する。

断る理由もないので、それに従うことにした。

向かった先は大型のショッピングモール。

ウィンドウショッピングをするということなのだろう。

遥と偶に行くので、こういった時の女子の行動は理解できる。


「遠藤はさ、休みの日とか何してんの?」


足立さんととりとめのない話をする。

付き合ったといっても、お互いに何も知らないのだ。

自然とこういう会話になっていた。


「え、えっとね。普段は家から出ないで掃除とか御飯作ったりとかしてる、かな。」


思えば、趣味と言える趣味もない。

少し気恥ずかしくなりながら、足立さんに質問する。


「足立さんは普段どうしてるの?」


「んー。基本栞たちと遊んでるかなぁ。時々、健太たちも含めてどっか行ったりとか?


まあ、華達が付き合ってるっていうのもあってねー。」


やはり、イケジョというグループは仲が良いようで、よく遊ぶらしい。

教室内での雰囲気を見た感じ、チャラ男は足立さんの事が好きだし、桐生さんは近藤くんの事が気になってそうだ。

よくよく考えるとすごい。線が絡み合っている。

上手く直線で引かれているのは野球部男子とバスケ部女子だけだ。

まぁ、遊んでいると、そういった男女間の恋愛になっていくんだろうことは分かる。友達いないけど。


…足立さんは、グループ内で好きな人とか出来なかったのだろうか。


いや、現時点で彼氏の僕が何言ってんだと思うが、傍から見てもイケジョのグループは人気があり、それに納得するだけの華がある。

毎度のことながら、なぜ今足立さんの隣を歩けているのか謎である。この気持ちは多分、足立さんの告白の本当の好意を知るまでは解けることは無いのだろうと思う。


「遠藤ってさ、すごい頭いいよね?」


「え、まぁ。それなりには。」


「ウチ、まじ微妙だから憧れるわ。」


誇れるところが成績くらいしか無いけどね。


「足立さんも凄いと思うよ。」


嬉しかったので、返す言葉で口にしてしまった。


「お?どこよ?」


足立さんの目に少し誂いの色が入る。

あれ?もしかして、変な方向にいっちゃった?

落ち着け。足立さんの凄いところなんて、それこそ沢山あるだろう。

イケジョなところ?いやそれは褒め言葉なの?

ギャルなところ?これもちょっと違うかも?

まじヤバミザワなところ?もう意味がわからない。


「えっと。」


「ん。」


不味い。とても不味い。早く何か言わなければ。


「えと、とても優しいところ。告白された時、実は凄く緊張してて、でも足立さんの声がとても優しくて、本当は友達からお願いしますって言おうとしたんだけど、でもその声を聞いたときになんか足立さんと付き合いたいって思っちゃって。それで、ええと。」


何か言わなければと焦った僕は要らない説明まで付け足してしまった。


「え?」


ポカンとした足立さん。

徐々に顔が赤くなっていく。それを見て僕も口走った言葉がとんでもなく恥ずかしいことに気づき、足立さんの顔を見れなくなってしまった。


「あ、ウチちょっとトイレ行ってくる!」


会話が少し途切れ、店頭の商品に目を移していると、足立さんがそう言って女子トイレの案内の方向に駆けていった。


それを待つため、少し離れた場所にあるベンチに腰掛けた。何気なく辺りを見回していた中で、視界に入ったのが、重そうな荷物を手に蹲るおばあさんの姿だった。


周りには人がいるが、おばあさんに声をかける人はいない。その状況に少し悲しみと苛立ちを抱きながら、おばあさんの元まで走る。


「あ、あの!大丈夫ですか?」


息が少し切れて上手く声をかけれなかったが、おばあさんの方はしっかりと聞いてくれたらしく。


「あ、あぁ。ありがとうございます。

少し疲れてしまって。休んでいただけですよ。」


そう、返事を返してくれた。

ただ、どう見ても休んでいるだけではなさそうだった。


「えと、ごめんなさい。

迷惑でなければ、そちらの荷物行き先まで運びましょうか。」


「え、いや悪いので大丈夫ですよ。

少し休めば動けますので。」


遠慮するおばあさんだが、ありがた迷惑と思われてでもと判断し、荷物を少し強引に持ち上げた。


「大丈夫です。しっかり運びますから。1度そこのベンチまで行きましょう。」


先程まで座っていたベンチにおばあさんの手を引いて歩きだす。


「ごめんなさいね。孫と離れて、後少ししたら迎えに来ると言ってたんだけどねぇ。」


「いえ、こちらこそ変な気を回してすみません。お孫さんはここが分かりますか?」


少し離れてしまったから、もしかしたら辿り着けないかもしれない。そう思っていたのだが、


「おばあちゃーん!!」


こちらに駆けてくる同年代くらいの女子が目に入った。


「あら、早かったのね。陽菜ちゃん。」


「もう、こんなところにいて!心配したんだから。」


少し気の強そうな目元。肩口まで伸ばした髪の前を灰色のピンで留めている。凄く可愛い感じの女の子だった。この女の子がお孫さんらしい。

というか、二宮さんだった。


「ごめんね。少し体調悪くなっちゃって。このお兄さんに助けてもらってたの。」


「え、あ。すみません。おばあちゃんを助けて頂いてありがとうございます!…て遠藤くん⁉」


ガバっと頭を下げた彼女が下げた頭を勢いよく上げ直す。


「あ、こんにちは。二宮さん。」


「遠藤くんが…。本当にありがとうね。

おばあちゃんを助けてもらって。あ!何かお礼するよ!」


「全然大丈夫です。合流できてよかったです。

ちょっと僕も人を待たせてるので、これで失礼します。

二宮さん、また学校で。」


もう足立さんもトイレから戻っている頃だろう。

僕と一緒にいるのを二宮さんに見られたら多分勘違いするのは間違いないから、それは避けたい。


「そうなんだ…。分かった。また改めてお礼はさせて!」


お気になさらずー。と手を振りながら2人と別れて、トイレ付近に近づくと、足立さんがスマフォを弄りながら僕の方を見ていた。


「おつかれー。やるじゃん。」


少しこちらを誂うような笑顔で近づいてくる。


「ごめんね、足立さん。待たせちゃって。」


「ん。良いよ。あれ、二宮だよね?

ウチ等が一緒にいるとこバレたらあれだしね」


足立さん的には、やはりバレるのはNGらしい。

それにしては、何故かイケジョの桐生さんは知っていたのだが、やはり彼女は親友枠ということで例外なのだろうか。


「そう、だね。」


「遠藤ってああいうことしないタイプだと思ってたけど、ちょっと見る目変わったわ。ブラス5点。」


おお、100点になった。

…100点だよね?プラマイで0点じゃないよね?


「それじゃさ、ウチの行きたいところ、いい?」


「あ、うん。大丈夫だよ。」


ショッピングモールを出て、目的地には電車で行く必要があるとのことだったので、改札をくぐる。



電車に揺られること数分。

改札を抜けて、僕達が着いたのは県内でも大きい部類の総合体育館だった。

…え、なに?体育館が目的地?

デートって体育館でやるの?

運動が目的だったのか、と足立さんを見ると確かにそのオシャレ上級者な服装もスポーティと取れなくはない。 

運動着とオシャレを両立するのもイケジョの嗜みなんだろう。リスペクトだ。

なるほど。僕もしっかり何するか聞いていなかったのが悪い。まぁ今の服装でも走るくらいなら出来るので、さほど問題はない。


「足立さん。多分、大丈夫だよ。」


念のため、こちらはすでにReadyであることを伝える。

体育館用の運動靴など持ってきていないが、最悪裸足で走ればいい。小学校のときには無駄に裸足になって「本気出す」とか言ってたし。


「ん?何が?」


意図が伝わってなかったのか、足立さんはポカンとこちらを見る。


「あれ?走るんだよね?」 


「ふっ。走んないって。ちょっと試合見るの。」


…だよね。うん。知ってたよ。それはそうだよ。

何がオシャレ上級者は運動着とオシャレを両立するだよ。

コートが3面ある体育館では、バスケットの試合が行われていた。

足立さんと並んで観客席の上の方に座る。

試合しているチームをよく見ると、そこにはわが校のバスケット部が練習しているのが見える。丁度試合が始まる頃だろうか。

ここで、ようやく理解した。

足立さんは試合の応援に来たのだ。


「今日は、健太の試合があるから。ちょっと見ときたくて。ごめんね。」


ポツリと、足立さんは呟く。


「あ、そうなんだ。いや、大丈夫だよ。僕も応援する。」


「ありがとね。」


試合が始まった。

ウチのバスケット部はそこまで強いと聞いたことがないが、主将である近藤 健太はバスケ素人の僕から見ても輝いていた。

彼が決めるたびに、応援の生徒や父兄が歓声を上げる。

近藤くんが活躍してもチームとしては劣勢を強いられる中、彼の鼓舞でチームメイトはより声を上げ指揮を上げる。

足立さんは声こそ上げないものの、目で追っているのは明らかに近藤くんであった。

…その目は、完全に恋をしている女の子だった。



試合が終わった。

結果は82-79で惜しくも負け。

チームメイト達はお互いを涙を流しながら称え合い、観客も大きな拍手を送っていた。


「もう、行こっか。」


足立さんは静かに席を立ち、帰りを促す。


「会っていかなくていいの?」


内心、足立さんは近藤くんを労いたいのではないかと思う。


「ん。大丈夫。試合見れたから。」


「そっか。」


体育館を出る際、僕はトイレに寄った。

観客席の近くのトイレに入ったため、足立さんを待たせている入口からは少し遠い。

用を足し、早く合流しようと足立さんの元に急いでいたと時、足立さんの話し声が聞こえた。


「莉子も来てたんだ?今日ってデートの日じゃなかったっけ?」


「ん。ちょっとね。近くで遊んでたから、折角だし寄ろうかってなって。」


話しているのは声から察するに桐生さんだろう。

彼女も近藤くんに行為を寄せているから応援に来たのか。


「えー、デートで普通男バスの試合とか見に来る?

よく許したね、彼氏くん」 


元から知ってたけど、ちょっといつも以上に棘があるな。桐生さん。


「ん。まあね。」


「てか、ここに来てる時点で微妙だったんでしょ?デート。」


「いいじゃん。別に。そろそろ戻ってくるから、栞も行きな。」


もう居るんだけど。ちょっと雰囲気的に出るに出れない。


「まだ見えてないじゃん?彼氏くん。

そうだ。今から祝敗会するから莉子も来たら?」


しゅくはいかい?祝敗会ってこと?

大分どぎつい言葉を使うな、桐生さん。

お疲れ様会でいいだろうに。


「いや、ウチはいいよ。無関係だし。あと遠藤もいるし。」


まぁ、僕としてはさっきの足立さんの近藤くんに対する気持ちを大体知ってしまったから、行ってほしさはあるんだけど。


「良くない?どうせ嘘告彼氏なんだからこっち優先すれば。むしろ連れてくれば。あ、皆には内緒なのか。」


…一瞬、言葉の意味を理解出来なかった。

うそこく。ウソコク。嘘告。

嘘告ってあれだよね。確か、嘘の告白をするってやつ。うん。知ってる。え?


「本当にいいから。しつこいんだけど。」


足立さんは否定しなかった。


「はいはい。ゴメンて。じゃあ私男バスと合流するから。舞たちも応援席まだいるし。」


「ん。」


桐生さんが立ち去る足音が聞こえる中、僕は2分ほど建物の陰に隠れていた。気持ちの整理が出来ない。

それはそうだ。2分なんて、カップラーメンも作れないんだし。

足立さんはスマフォを触っている。

僕を待っているのだろう。早く声掛けないと。


「え、あ、足立さん。」


声が震える。


「あ、遠藤。遅いし。」


僕の姿を見て、少し足立さんが顔を綻ばせる。 

その顔を見て、僕は胸が苦しくなった。


「足立さん、バスケ部の打ち上げ会か何かあるんだよね?そっちに参加してきなよ。ちょっと僕、体調悪くなっちゃって。」


絞り出すように声を吐いた。


「え、まじ?大丈夫そ?なら帰ろ」


足立さんは僕のことを心配してくれているのか、そう言ってくれた。

ただ、僕は、今足立さんと一緒に居ることがとても辛い。


「大丈夫だよ。1人で帰れるから。足立さんはそっちに参加してきたら?女バスの人達と桐生さんも居たし、僕は大丈夫だから。」


「いや、一緒に帰ろって。ほっとけないから。」


なんで。嘘告なんでしょ。全部嘘だったんでしょ。

ドロドロした気持ちが底から溢れて止まらない。

無意識のうちに、言葉に出していた。


「嘘告なんでしょ?」


「え。」


「桐生さんと話してるの聞いた。ごめん。

だから、もう、いいから。」


もう、これ以上は無理だった。それだけ言って足立さんに背を向けて走る。体調悪くないのバレたんじゃない?

まあいいや。とにかくここから逃げないと。


「待って!違う!遠藤!待って!!」


後ろから足立さんの声が聞こえてくるけど、止まらなかった。


この日もどうやって、家に帰れたのかあまり覚えてない。

気がつけば自室のベッドに横になっていた。

帰宅した僕の様子を見た遥から何か言われた気がしたけど、独りになりたかった。



その日、泣き止むまで長い時間がかかった。

あー。僕、足立さんのこと好きだったんだなぁ。

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