第18話 修学旅行前日

日曜日



修学旅行前日。

現在時刻は23時16分。

後44分で当日である。

掃除、洗濯、炊事を一通り済ませた僕は、ベッドの上で1人瞑想していた。


瞑想の本質は仕事やプライベートにおける不安といったストレス要因を一切考えず、今の自分にだけ自然と意識が向いている状態のことを指すらしい。


なるほど。無理じゃん。

意識が向くのは勿論修学旅行。

イケジョ面子と回ることへの不安が浮かんでは消え、ない。浮かんだまま次の不安がどんどん蓄積されている。

バスもきっと最後列の陽キャ御用達席だろう。

陰キャの僕は回されるマイクをひたすら持ちやすい差込口に挿して回る役目になるはずだ。

そして観光中には木刀を買ってはしゃぐチャラ男の試し切りにされる。

極めつけは就寝時。1班と6班の合同部屋になるため、イケジョ男子に完全に包囲されている。頼みの綱の二宮さんもここには入れない。なんでそんなに属性があって男の娘がないんですか。

3日目の自由時間は二宮さんと回る予定を立てているが、コンサル業務への対価を支払わなければいけない。

請求額によっては僕のお小遣いが当分無くなる可能性もある。


遥、許してくれるかな…?


瞑想することへの意義を見失った僕は、ベッドを立ちリビングに向かう。

寝ようとしてもどうせ眠れないのだ。

それならばとことん夜更ししようと、珈琲を入れるためお湯を沸かす。

明日のことなんて明日考えれば良いのだ。頑張れ、9時間後の僕。


ドリップにお湯を入れ、落ちていく珈琲を眺める。

気持ちはカフェ店員。もしくはバーのマスター。

自然と心もぴょんぴょんしてくる。


丁度1杯分が落ちたところでマグカップに移す。

明日の自分に乾杯し、ズズッと啜る。

うん。12470円だよ!


優雅な夜更かしへの幕開けを感じていた僕だが、やはり現実は厳しかった。


「寝れないの?」


物音に起きたのだろう。遥である。


「うん。ちょっとね。」

自室から出てきた遥はリビングのソファに腰掛け、欠伸をしながら目を擦る。


「そっか。私の分は?」


「勿論です。」

そんな気がしてましたので、2杯分入れました。

…僕もエスパーの可能性がありそう。


「明日だね、修学旅行。」


手渡したマグカップを両手で持ち、遥は呟く。

ほんの少しだけそこに寂しさが垣間見えた気がした。


…そうだ。やはり遥を置いてはいけない。


約4日間も家を空けることになるのだ。

帰ってきた時に我が家がゴミ屋敷になっている可能性も充分ある。円滑なご近所との関係を保つためにも、修学旅行に行かない選択肢を取るのも致し方ない。


「駄目だかんね?」


…なんで。分かるの?


「いや、やっぱり4日だよ?遥はご飯はどうするのさ。」

お兄ちゃんは毎食カップラーメンなんて許しませんよ。


「凛さん家に行く。」


なるほど。その手があったか。生徒会長である林 凛さん。僕達の恩人である彼女は、妹情報によると一人暮らしをしているそう。

僕達の家に呼ぶことも、遥がお世話になることも少なくない彼女なら安心して任せられる。任せられてしまうのだ。


「…うぅ。」


「泣いても駄目。キモい。」


酷い。事実を突きつけないで欲しい。


ソファに体育座りをしていた遥の隣に腰掛ける。

背中合わせのような形になった僕に、おもむろに遥が体重を預けてくる。


「…本当に行きたくないなら行かなくてもいいけど。」


呟く遥の表情は伺えないが、その声音が僕を心配してくれているのは分かる。

学校のイベントをサボりたがる僕を叱咤する遥だが、それ以上に、足立さんと接触することを懸念しているのだろう。京都まで妹が駆けつけてくる事態になるとは思わないが、そんな遥の心配が嬉しくもあり、心苦しい。


やはり、ここは遥に迷惑をかけないためにも、気持ちを切り替えて行くのが正しいのかもしれない。


イケジョグループと言っても、イケメン近藤くんとチャラ男は僕にも優しくしてくれた。田村くんだって、一見怖いがメシアの片鱗を持っている。こんな僕だけどその大きい器で受け止めてくれるだろう。


毒舌桐生さんだって、グルメ細胞を活性化させなければ、その言葉の武器も耐えれる自信がある。そもそも彼女は僕に構っているヒマがないはずだ。自分のラブコメに集中してください。

今村さんも田村くんを盾にすれば自然とピンク色の空気を発生させてくれる。後は独り身である僕が耐えさえすれば問題ない。


足立さんは…。


うん。ダイジョウブ。


なんだ。行けるじゃないか。僕の修学旅行。 

二宮さんのサポートもあるのだ。へーきへーき。


「透?」


「がんばるます。」


「は?」


「頑張ります。」

…僕も人の心を読めたらこうして巫山戯ちゃいけないタイミングも測れるのだろう。今のは精一杯のギャグでもあったけど。


「ホント。いつもいつもそうやって…。」


呆れたような空気を出す遥。

その声音はとても優しく感じた。


「大丈夫だよ。僕は、大丈夫だから。」

心配させたいわけじゃない。

遥はいつも僕を優先してくれる。

その優しさに甘えてばかりじゃ僕は前に進めない。


「…透。」


だから、こんな僕でも。

直ぐに逃げ出す僕でも。

前に進む努力をするべきなんだ。


「分かった。でも何かあったらすぐ電話ね。」


納得してくれたのかは分からないが。


「うん。ありがとね。」


本当に。


「じゃ、寝よっか。添い寝いる?」


「いらないです。」


添い寝された。

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