第19話 席を倒すときは後ろの人に確認しなさいとあれほど
月曜日
「じゃあ、逝ってくるね。」
「なんか違う。」
「行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。」
自宅の玄関で遥に見送られる。
少しでも家から出る時間を引き伸ばそうとする僕を、無常にも玄関先まで引きずった妹。
ドアを開けた先に広がる初夏の景色も、今の僕にとってはモノクロに映る。旅行バックの重みを背負い、トボトボと駅に向かう僕。
「…透!」
「うん?」
「無理せずにね…」
「うん。」
少しだけ背筋を伸ばした。
世間はGW真っ只中。
集合場所の駅に辿り着いたが、既に多くの生徒が集まっていた。
旅行バック、キャリーケースを携えた高校生が約150名。中々壮観だ。僕一人居なくてもバレないんじゃないの?
無秩序に集まり、各々がこれから待つ修学旅行への期待に満ち溢れた顔をしている。あ、沢渡くんだ。ゲームは返してもらったのだろうか。もしこの旅行にも持ってきているのだとしたら、この後の荷物検査が彼の最大の山場になることだろう。健闘を祈ってます。
集団の隅にて息を潜めながら時を待つ僕は、さながら出荷待ちの子牛。ドナドナされちゃう…。
遠目に見えるのはイケジョグループ。
イベントの主役であり、陽キャの代表である彼らも当然の如く全員揃っていた。騒々しい生徒たちの喧騒などものともせず、主役であることを誇示するように騒ぎ散らかしている。主にチャラ男が。
仕舞っちゃうぞ。
「しゃあ!こら!いっちょ京都にカマシに行きますか!」
独特なテンションの上げ方をするチャラ男。
いつもならここで桐生さんにフルコンボを叩き込まれ、続けてもう一回遊べるどんされるはずなのだが、当の桐生さんはチャラ男など眼中にないかのように、イケメン近藤くんと会話している。顔を赤らめ、恋する乙女全開なのだろう。
うむ。青春ですね。
…誰からも相手にされないチャラ男。強く生きて。
後数分もすれば僕も班である6班に合流しなければならない。タイムリミットが迫る中、限界まで一人でいようと喧騒から外れた場所で心を落ち着かせる。
ここが最後のチェックポイント。しっかりとセーブをするのだ。
…ん。ここでセーブしたらまた修学旅行の初めからスタートしない?なにそのループ。絶対に嫌だ。
セーブポイントの固定化に恐怖していた僕の背中が、指でなぞられる。身体がゾクッとした。
「おはよ。遠藤くん。」
振り返ればイタズラが成功したような、少し幼い笑顔を浮かべた二宮さんが立っていた。
前の時の仕返しなのだろうか。
とてもビックリするので、仕掛けるときは事前にアポを取ってからにしてほしいです…。
「お、おはよ。二宮さん。」
「うん!」
大変ご機嫌なようで。
二宮さんは、その小さな身体の半分はあるかのような旅行バックを背負っていた。中身がパンパンになっているが、何が入っているのだろう。
動画撮影用の機材とかかな。
「もうそろ班で集合しなきゃね。行こっか?」
「実は…まだ心の準備が出来てないんだ。僕のことは大丈夫だから、二宮さんは先に合流してきていいよ?」
「うん、分かった。行こ?」
何が分かったのだろうか。
制服の裾を握られ、生徒たちの輪を突き進む。
小さな身体に引きずられる僕は為すすべもなく彼女の後ろを歩く。
イケジョグループの近くまで辿り着いた僕達。
二宮さんは、田村くんと楽しそうに話している今村さんに声をかける。
「おはよ。今村さん。」
もう既にピンク色の香りを醸し出していた2人だが、僕達の接近に気づいたのか、にこやかな笑みを浮かべた。
…田村くんが笑ったのかどうかは分からない。
「あ!おはよ!陽菜ちゃん!それと遠藤くんも!」
屈託のない笑顔で挨拶をしてくる今村さん。
僕のことも認識したのか、その笑顔のお裾分けを頂く。
まるでこんにち殺法。
僕もこんには殺法返しを繰り出そうか迷っていると、
「よう。」
田村くんに声をかけられた。肩に手を置かれて。
…田村くんの中で僕の肩は手を置きやすい丁度いい位置なのかな?
動物園に行ったら小鳥さん達が僕の肩に殺到するのかもしれない。
「おはよ。田村くん。」
「うむ。」
相変わらず渋い。
6班がそれぞれ挨拶を交わしていると、他の班も大体集まったのを確認したのか、前の方で固まって話していた教師陣が点呼のために整列を呼びかける。
事務的な報告や、新幹線への乗車に関する注意を一通り終えた教師陣は、整列している生徒達の列の前にそれぞれ別れて立つ。
「持ち物検査やるぞー」
力の抜けた老教師の掛け声に、分かってはいたはずなのに、各所から非難が上がる。
列の前にいる教師に荷物を確認される工程が続き、すんなりと僕の荷物もチェックを通過した。
遠くで佐渡くんの嘆きの声が聞こえた気がした。南無。
新幹線には座席指定がない。班ごとに固まってはいるが、各々自由に着席することになっていた。
イケジョの一班と合流した僕達もバックを上の荷物棚に押し込み、席に座っていく。
「富士山見えるのってここからだっけ?反対側?」
僕の隣は二宮さん。
早速コンサル業務を始めたらしい。助かります。
座席順は、イケジョのイケメン代表近藤くんと桐生さん。 ピンク色の悪魔たち。足立さんとチャラ男。そして僕達だ。
桐生さんは早くも近藤くんの横をキープし、足立さんとのリードを広げる作戦のようだ。逞しい。
「せっかくだし、座席回転させよっか。」
近藤くん達は座席を回転させ、後ろの今村さんと田村くんとの4人席にするらしい。
2人きりの新幹線旅行が崩された桐生さん。
頑張って。まだ始まったばかりだよ!
「え!うらやま!俺達も4人にしようぜ!」
そんな4人に嫉妬したのか、足立さんの横に座るチャラ男も対抗するかのように座席を回転させる。
待て待て。チャラ男もお目当ての足立さんと隣になれたのに何やってるの。
「…あっ、待って…」
足立さんの小さな声が聞こえたが、チャラ男の動きは止まらなかった。座席を回転させ、僕達4人はめでたくご対面する形になった。
「よろしくー!二宮さんあんま喋ったことないもんね!
よろしくっす!」
「うん。よろしくね。」
僕の斜め向かいで挨拶をするチャラ男に答える二宮さん。
そして、当然の如く僕の前には、彼女が座っていた。
「…。」
「…。」
目を伏せ、無言になる。
2人の間に流れる空気は、気まずいで済ませていいレベルではなかった。
…え、これ後2時間も続くの?
いくらなんでもハードモード過ぎない?
…それでも、耐えてみせよう。まだ京都に着く前に遥を呼び出すわけにもいかない。着いてない今なら逆にありでは?
それに、僕専属の最強コンサルティングである二宮さんもいるのだ。
なんなら最悪僕はトイレに篭もればいい。
自分にそう言い聞かせていると、正面から消え入るような声が聞こえた。
「…よろしくね、遠藤。」
「…。よろしくね、足立さん。」
まだ修学旅行は始まったばかりである。
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