第17話 遠藤くんって僕だっけ

金曜日



4月最終日。

来週には修学旅行が控えており、教室内も専らその話題で一色であった。

イケジョグループも当然の如くその話題で盛り上がっており、特にチャラ男は今が人生の最高地点なのか、上げに上げたテンションで騒いでいる。

髪と服、白くなるのかな?


「てか、うるさい。少しは落ち着けっての。猿かよ。」


「ええー!いいじゃん。桐生っち!

3年で目玉のイベントよ?そりゃテンション上がるっしょ!」


確かに。

修学旅行が終ってしまえば、3年に残された行事は数少ない。

体育祭や文化祭もあるにはあるが、体育祭は1日で終わってしまうし、文化祭も基本的には3年の展示等は無い。

文化系の部活や、実行委員での参加も出来るには出来るが、イベントの中心で楽しめるかというと難しいのかもしれない。

チャラ男の精神をその言葉の武器でもって切り裂くことに一家言ある桐生さん。今回もいつものようにナイフ、フォーク、釘パンチのコンボを決める、かと思われたのだが、


「確かにな。楽しもうよ、栞。」


イケメン近藤くんの爽やかスマイルが炸裂した。相手は死ぬ。もしくは恋に落ちる。


「そ、そう。まあ最後だし、そのつもりだし。」


うん。もう恋に落ちてた。むしろ墜ちたわ。

近藤くんが出てきた瞬間桐生さんは一瞬で乙女の顔になる。

その切り替えの速さどうなってるの?

ラディカルグッドスピード搭載してるの?


やはり女子は怖い。


そして、イケメン近藤くんはここ最近イケジョグループで覇気を隠している足立さんに声をかける。


「足立も。最近元気ないけどさ、旅行楽しも?」


話を振られた足立さんは、力なく頷く。


「ん。」


そのそっけない返事に、再び何かを言おうとしたのだろうか、若干苦しげな表情を見せた近藤くんは開きかけた口を噤む。


…恋愛って難しいんだなぁ。


足立さんは近藤くんの事が好き。近藤くんも、多分足立さんの事が好き。陽キャの中でもトップクラスの2人であるのに、上手く行っているように見えない。


そりゃ、僕にも早すぎるってことになるね。


イケジョグループの観察に神経を全集中していた僕は、深淵から見つめられていた事に気付いていなかった。


「足立さんのこと気になる?」


「っ!」


二宮さんがその大きな瞳に僕を写していた。

見ていたか見ていないかで言えば、筋肉ルーレットをするまでもなく見ていた。ただ、それを認めるのも恥ずかしく。


「えっと、いつから見てたの…?」


恐る恐る尋ねる。


「え?遠藤くんのことは大体見てるよ?」


可愛らしく首を傾げながら答える二宮さん。


…見てるの?二宮さん、前の席だけど。


もしかしたら背中に目が付いているのだろうか。

一昨日肩を突いた時、背中の目がビックリしてたなんてオチ?

また属性が追加されていく…。


「楽しみだね。修学旅行。」


微笑む二宮さん。

学校では見せることのなかったその笑顔も、最近ではやけに見かけようになった。

彼女の中で何かきっかけがあったのか、雰囲気も明るくなったように感じる。


「うん。そうだね。」


イケジョグループの変遷風ならぬ恋愛風と、ピンク色の波に晒されることが確定しているのに、二宮さんはどこ吹く風だ。

僕にとっては彼女が最終防衛ライン。

お土産代とコンサル代で2万円財布に入れるつもりだ。


班行動は仕方ないにしても、3日目の自由行動は1人で動きたい。恐らく、ピンク色の悪魔たち(今村さんと田村くん)もその日は2人でイチャイチャしたいだろうし、僕が班を離れることに誰も文句は言わないはずだ。


個人的に見たい観光スポットもある。

解脱のために下調べをしていたのが、功を奏していた。

…単純に楽しみだったからじゃない。


是非その日は二宮さんも休まること無いコンサル業務から開放され、一人旅動画投稿に精を出して欲しい。


「遠藤くんはさ、自由行動の日は行きたい所あるの?」


「そうだね、竜安寺とか、あと近くに美味しいカレー屋さんがあるみたいだからその辺り行きたいなとは思ってるよ。」


石庭をのんびり眺めるだけでも良い。

美味しいカレーに舌鼓を打ちつつ、途中あるソフトクリーム屋さんで抹茶味を頼む。あとはフラフラと京都の町並みを楽しむのだ。正直めちゃくちゃ楽しみ。


「そうなんだ?私は嵐山行きたいから、割と近くていいね。どっちから行こうか?」


…。あれ。僕も嵐山に行くのだろうか。

確かに、あの雰囲気は京都の中でもまた格別に良い。

紅葉が映える秋に是非行きたいが、5月でも十分美しいと思う。僕のスマフォのカメラは高性能なのだ。

インスタ映えする写真撮り放題。インスタやってないけど。


いや。違うくない?なんか僕と同じ行動をする的な感じに聞こえたけど?


無いとは思うが、確認しなきゃだろう。


「えっと、二宮さんは3日目誰かと回るご予定がおありで?」


言外に僕じゃないですよね?と尋ねるが、二宮さんの口からは、


「うん。遠藤くん。」


遠藤くんか。そっか。大変名誉なことだぞ。あの眠り姫と自由時間を回れるなんて。遠藤くん。


…遠藤くんって僕だっけ?

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