第16話 兄弟で何が悪い
二宮さんと連絡先を交換した僕は、メッセージを見返しながら悶々としていた。
交換手紙を続けられないから連絡先のIDを教える。
何だそれ。絶対に引かれている。
現に、二宮さんの連絡も19時を越える今まで何もなく、1言よろしく、である。
勝手に連絡先を送りつけたボッチのために仕方なく1言だけ送っている二宮さんを想像すると、恥ずかしくて死にそうになる。
女子との手紙交換なんてこれまで体験したことなんてあるわけもなく。小学生の頃は、各種手紙・言伝の中継地点の役割に定評があったくらいの僕だ(僕調べ)。
何度淡い期待を砕かれたことだろう…。
そんな人間関係のハブである僕自身が当事者になるなんて。
…うん、やっぱり調子に乗ってた。対人関係の希薄さ故にまた間違えてしまった。
「遥に知られたら、また怒られるな…。」
「何が?」
…。
「だから、何が?」
…。
「おい、こら。」
「イエ、ナニモナイデスヨ」
なんで僕はこんなに間が悪いのか。
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夕食後。
定位置であるソファに2人並んで座っている。
入浴後の濡れた髪にタオルを被せ、ドライヤーで乾かす僕。
話が長くなるときは大体がこの時間で僕が報告するような形になっている。
「へぇ。じゃあまた嘘告とかじゃないんだ?」
「そうだね。そういうのじゃないから、大丈夫だよ。むしろ、僕が二宮さんに迷惑かけちゃった感じだし。」
ドライヤーを片付けた僕は、遥の隣に座りなおすが、人1人分開けたその間を遥はズイと詰め直す。
「透は惚れやすいんだから。何事も諦めよ?」
…ん?諦めが肝心、じゃないの?断定されてない?
「うん。分かってるよ。」
ただ、それを否定できるような要素が僕に無いのは事実。
テレビから流れる声だけが、リビングに響く。
やけに遠くに聞こえるその音が、僕に睡魔を齎してくる。…古典の授業で寝なかったせいかな。
遥は僕の肩に顔を乗せ、テレビを見ながら呟く。
「眠たかったら寝ていいよ?」
「うん。まだ大丈夫。」
言葉とは裏腹に、身体は睡魔に侵されていくのを感じる。
「透はさ…」
「うん?」
「まだ彼女、欲しいとか思ってる?」
…。どうなんだろう。
僕の初めての彼女(足立さん)とは、確かに上手く行かなった。そもそもが付き合っていたかどうかも怪しい。
そんな経験をすれば、彼女なんて当分要らないと思うのが普通ではある、のだろう。
でも、僕にとっての足立さんの記憶は、口が悪くても僕を慮る所が確かにあって。
なんなら口の悪さで言えば遥のほうがよっぽど…。
「…痛い。」
「馬鹿なこと考えてるの分かるから。」
女性は皆エスパー属性がデフォなのだろうか。
仮にエスパーだとしたら、僕の単純で捻じ曲がった気持ちを理解してくれるのかな。
「欲しい、とは想わないかな。でもなんだろう。人を好きになることは諦めたくないんだよね。」
これが本心。悪意という気持ちを持たれたことは少ないけれど、無関心という冷たさを感じたことは少なからずある。
祖父母が僕達兄妹に向ける感情はまさに無関心。
両親の死から得たお金さえ入れば、こちらのことなどまるで見向きもしない。
遥が襲われそうになった日も、凛さんに助けられたおかけで事なきを得たが、彼女がいなければ遥は一生引きずるトラウマを抱えていたかもしれないのだ。
祖父母は頬に負った傷を見て、大丈夫?とまるで義務のような声を掛けただけ。
そんな家庭で育ったからか、人付き合いに諦めを持ちながらも、心の奥底では繋がりを求めている。
自分のことながら面倒くさい人間だ。
肩により掛かるような体勢の遥は、僕の左腕をその両手で抱きしめる。温かい体温に触れることで、僕の意識が確実に、少しずつ刈り取られていくのを感じる。
「きっとさ、きっと…。いつか透のことを本当に好きになってくれる人が現れるんだよ。でも、透のことが好きで好きで仕方なくても、透を幸せにしてくれるかは別だから。」
「うん。」
「そのいつかが来ても透が幸せになれるなんて保証はないの。」
「…うん。」
瞼が重い。
でも、まだ起きてなきゃ。
遥の声を逃さないように意識を保とうとするけども、押し寄せる眠気に抗えなかった。
「でもさ、」
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(遥視点)
「でもさ、私は透のことを全部知ってる。透とそれ以外なら私は絶対に透を選ぶんだ。」
透が疲れているのは分かっていた。
目に見えて眠そうなその顔が愛おしい。
体勢を変え、透の頭を膝に置く。
その髪を撫でながら、私は自分の気持ちを紡ぐ。
「だから、透は無理しなくて良いんだよ?
皆に拒まれても、私がずっと透の傍にいるから。」
手触りの良い髪の毛を指で梳く。
慣れないことをした透は大体がこうして、眠るように身体を休めるか、極限まで動かした後にまた少しずつ壊れていく。
両親の死を受け止めてから、幾らか改善されたように見えたのだが、あいつのせいでまた少し透が無理をするようになった。
透が人と関わろうとして、傷ついて来ているのは知っている。とても優しいのだ。そんな器量はないのに、相手の非も自分で背負い込んでしまう。
本来であれば、1番近くにいる私が少しでも改善できるようにそのサポートをするべきなのだろうけど。
出来なかった。
透を救うと決めても、私の傍にいる透が離れていくのが怖くて。なんて情け無い。あの日自分に誓った約束がなのに。
今こうして透に光が差そうとしているのに、私自身のエゴでそれを閉ざそうとしている。
私の透への気持ちを言葉にすれば、万人は受け入れることは無いだろう。ただ、私は透さえいれば良いのだ。この腕の中で眠る彼と共に在れたら、それ以外はもう何も要らない。
誰もが言うだろう。血の繋がった兄弟なのにと。
そんなものクソ喰らえ。
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