第15話 だって連絡先知らないから
イケジョ男子のコミュニケーション能力に圧倒された午後。
昼休みを終え、5限目の古典の授業。
教室は弛緩した空気が蔓延していた。
それはそう。体育で身体を思う存分に動かし、昼ご飯を食べた後の古典である。
睡眠導入剤として完璧である。
全国の不眠症に悩む人達に伝えてあげたい。学校においでよ!
そんな死屍累々の教室でも、真面目なボッチの僕はしっかりと授業を受けている。
まあ、体育の授業ほぼ何もしてなかったからですけど。
…何もしてなかった訳では無い。前世の習性が出ちゃっただけだ。
なんなら僕のチーム(個人)と対戦をする相手がいなかっただけですし。なんなら戦わずして不戦勝である。負けを知りたい。
過去問の解説を行う老教師に視線を向ける。
春はあけぼの、やうやう白くなりゆく生え際。
諸行無常の響きありだ。
僕の将来設計に入れたくない輝きを放つ頭部を見ているとなんだか悲しくなってくるので視線をクラス全体に移す。
流石に前の方の席に座る生徒はなんとか眠気を耐えているのか、頬杖を付きながらでも授業に取り組んでいるようだ。
さっきから微動だにしないけど、大丈夫そ?
クラスの中心であるイケジョグループはほぼ全滅。
唯一、足立さんは静かに何も書いていない黒板に向かっているようだ。もしかして、違う見方をすれば何か見えるのだろうか。
黒板を矯めつ眇めつすれど、何も浮かび上がってこないので諦めた。ボッチには見えない何かがあるのだろう。
もしくは単純にぼーっとしているのか。
クラスの半数は撃沈しているのを確認した僕は正面に視線を戻す。眠り姫の通称で呼ばれる(僕調べ)二宮さんは、いつも通りすやすやと夢の世界に旅立っているのだろうと思っていたのだが、何やら机に向かってシャーペンを動かしているようだ。
…え、起きてるの?
俄かには目の前の光景が信じられない。
例え出席番号が日付と一致していて当てられる確率が高い日でも、宿題を黒板に書く抽選に当たっていたとしても、春夏秋冬、常に睡眠を大事にしてきた二宮さんである。
授業中に何かメモを取るようなそんな睡眠を冒涜するような行為を是とするわけがない。
…僕の価値観も大分狂わされてる。
一体何をしているのだろう。いや、そりゃ授業のノートを取っているのが大本命だが、既に解説を終えた老教師は徒然なるままに自分の趣味であるゲートボールの話をしている。大会で優勝したんだそう。凄い。
ノート?を取るタイミング的に、二宮さんにゲートボール二惹かれる何かがあったのだろうか。
エスパー貪食ツンデレ1人旅動画投稿属性に、今度はゲートボール?なんていうか、SUGOIね。
きっと僕とは見据える先が根底から異なるのだろう。
彼女のような人物がSNS等で大金をばらまくような人物になるのかもしれない。
フォローしてもいないのにおすすめに出て来ないでほしい。
二宮さんの今後に想いを馳せていると、挙動的に消しては書いてを繰り返していた手が止まり、前を向いたまま、腕だけこちらに伸ばしてきた。
え、怖い。
僕の机をその細い指で確かめると、そこに挟んであった小さなノートの切れ端を置く。
はーん。もしかしてこれを書いていたのか。
4つ折りにされたその紙に何が書かれていのかは分からないが、察するに誰かに回してほしいのだろう。
最後尾の僕に渡してきたことから、宛先は僕の座る最後尾の誰かに違いない。
窓側の席に座る僕は横を確認する。
…全員寝てるじゃん。
いや、廊下から2列目の、たしか、沢渡くん。
彼だけ寝ていなかった。両手を下げ顔を俯かせており、姿勢的には授業をボイコットしているように見える。
しかし、手だけは必死に何かを操作しているようにも見え、気になった僕は少し椅子をずらし横から覗くようにして、机の下に伸ばされた手元を見た。
ゲームしてるし。
後ろの席であることを存分に活用し、大人気携帯ゲーム機を操作する沢渡くん。ある意味尊敬する。
そうなると、二宮さんの宛先は沢渡くんなのだろうか。
もしかしてゲームを注意するために?
なるほど。流石は二宮さん。見つかって没収されてしまう危険性を考慮し、こうやって手紙形式で知らせるなんて。流石はメシア。
ただ、手紙を届けようにも彼と僕の席の間には2人分の距離がある。
そして、その2人は見事に轟沈しているので、ドッグすらないこの教室では経由して渡すことは難しい。
困ってしまった僕は、とりあえず沢渡くんにどうやってこの託された手紙を届けるか考えていると、前を向いたままの二宮さんが腕だけを伸ばし、机をコツコツ指で叩いてきた。
…早く渡せよ。ということなのだろうか。
かといって、難しいものは難しい。
ここは、1度二宮さんに僕から手紙を書き、無理であることを伝えよう。出来ないことは出来ないと報告するのが1番だ。
『ごめん。沢渡くんに届けるのちょっと難しいです。』
ノートの切れ端にそう記した僕は、二宮さんの肩を軽く突く。柔らかかった。
突かれた際、一瞬身体がビクッとした二宮さんは、前を向いたまま僕に手を伸ばしてきた。
その小さな手のひらに僕の書いた紙を乗せる。
バイバイ、潮ちゃん(手紙)。
素早く手を引っ込めた二宮さんは、僕のメモを確認したのか、今度はガリガリとまた手を動かし始めた。
そして約10秒後、今度は少し雑な手付きで僕の机に手紙を乗せる。
それは4つ折りにされておらず、個人情報が丸見えの状態であったが、僕に見えるように大きく、『見て』と書かれていたので、今度のは僕宛なのかと、その手紙を開く。
『沢渡くんに渡せなんて書いてないけど?早く前のも見て。』
綺麗な字でそう書かれた手紙から、あるはずのない怒気を感じた。なるほど、両方とも僕宛だったのか。
ようやく納得した僕は、もう一通の手紙を開封する。
そこには、
『今日も凄くいい天気だね、男子たちは体育何してた?』
という質問だった。
…二通目を開ける前に読んでいたら、夢の手紙交換も出来てたかもしれない。けれど、友達のいない僕でも分かる。これはタイミングを逃したやつだ。
二宮さんが怒るのも分かる。
ただ、返事をしないのは不味い。
僕は新しくノートの切れ端に、回答をしたためた。
『そうだね。男子はサッカーだったよ。』
完璧だ。
手紙を2つ折りにし、再度二宮さんの肩を突く。
先程よりかは控えめなものの、やはり少しビクッとした二宮さんは、素早く僕の手から手紙を抜き取った。
「…」
何故だろう。顔を見てないから分かるはずもないのに、凄く怒っている気がする。
我ながら完璧に対応したつもりだったけど、もしかしたら二宮さんの期待する答えではなかったのかもしれない。
そして渡ってくる三通目の手紙。
今度はスムーズに開封して中身を見る。
『それだけ?』
やはり怒っていた。
泣きそうになりながら、何を書けばいいか悩んでいると、老教師が教室を回りだす素振りを見せた。
暇になりすぎて、寝ている生徒を起こしにかかったのだろう。
こうなると二宮さんとの手紙交換会も強制終了になる。
怒らせたままでは宜しくないと思うが、これ以上手紙の交換をすると見つかる可能性が高い。僕はノートの切れ端に書き込み、二宮さんにすかさずパスした。
セーフ。
老教師は、廊下側から起こし始めたのか寝ている生徒を1人づつ小突いて回る。
あ。
廊下側の最後列、沢渡くんまで辿り着いた時、悲しい物語が生まれたのがわかった。南無。
帰宅し、掃除をしている時にスマフォのメッセージに通知が入った。
『これからもよろしくね!』
僕の連絡先が一つ増えた。
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