第52話 【AFTER STORY】卒業

春を目の前に控えた3月。



僕達3年生は講堂で卒業式のリハーサルを終え、教室で時待機していた。

三学期に入っての席替えも窓際後ろから2番目という好位置についた僕は少しだけ空けた窓の景色から、教室内に視線を移す。

来週の月曜日にはこの教室ともお別れ。

クラスメイト達も思っているのか、どこか寂しさの漂う教室。

その事を忘れさせるかのようにチャラ男がめいいっぱい声を張っていた。


「かーっ!あと1日じゃん!マジやべぇ!健太マジやべぇよ!終わりだよ!滅ぶわ!」


違った。一番悲しんでそう。

何が滅ぶの?


「だな。寂しくなるな。」


「うむ。」


イケメン近藤くんと田村くんはチャラ男をあしらいつつも同意している。

学年の、なんなら学校の顔として過ごしていたイケジョ面子は名残惜しいのだろう。


正直分からない。

卒業後も彼らは会えるだろうし。むしろ大学生という自由時間が増える状況はウェルカムなのでは。


「いやー、制服もあと2日しか着れないのかぁ。気に入ってたんだけどね〜。」


「それ。卒業しても着るけど。原宿とか行かね?」


「ん。あり。」


女性陣はどちらかというと前向き。

浦安の某所でキャピキャピしている姿が目に浮かびます。


…待てよ。

卒業するということは、莉子さんの制服姿が見れないことになるんじゃないの?


それは…寂しい。とても寂しい。

急に卒業したくなくなった僕は机に沈む。

…制服を着てって言ったら変態だよね。


「どうしたの?」


キモい思考に陥りそうな僕に後ろから声が掛かる。


「ううん。なんでもない。ちょっとキモい自分を抑えてた。」


「ふーん?」


全然興味なさそうな二宮さん。

三学期の席替えで窓際一番後ろの席を獲得した彼女は眠り放題。僕という壁を盾にして教師の攻撃()から身を守っていた。

ウォール・トオル。それが三学期につけられた僕の二つ名。とっても頼りなさそう。嘘だけど。


「卒業したくないなぁって。」

先程思ったことを伝える。


「え?意外。遠藤くん学校好きだった?」


本当に意外そうに聞いてくる二宮さん。

…理由が莉子さんの制服姿を見れないからとか言ったらどんな反応するんだろう。


「意外とね。好きになったのかも。」

これは、嘘じゃない。

人と話すのはこの1年くらいだけで、ずっと1人だったけど。それでもこの学校に通えてよかったと思っている自分がいる。


「ふーん。良かったね。」


微笑む二宮さん。

その微笑に詰まっている思いは計り知れなかった。



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月曜日。



そして卒業式当日。

空は雲一つ無い快晴。


「じゃ。行くから。また後でね?」


玄関で遥を見送る。


「うん。気をつけてね。」

生徒会として式に参加する遥は早めに登校するそう。

とても忙しそうな時期生徒会長さん。


「あんまり遅くならないと思うから、今日は私もご飯手伝うよ。」


まるで仕事に行く旦那さんのような遥。

多様性の時代だもんね。僕が専業主婦してても問題ないよね?


ドアを開け、外に出た遥は振り返り。


「ちょっと早いけど…。卒業おめでと。透。」


「うん。ありがとね。遥。」


「あんま足立と遅くなるなよ。」


…ならない、と思いたい。意識させないでほしい。

遥が出た後の閉まったドアを見詰める。


「…よし。行こ。」


最後になる学校に。



教室に着く。

クラスメイトは既にほぼ全員登校しているようで、仲の良い人達で固まっていた。喧騒が凄い。


僕も付き合いの長い机に合流。

かれこれ1年になる。この机も今日が最後。

時には枕。そして勉強机。食卓。色んな顔を見せてくれた。

おっと。椅子くん。君も忘れてないよ。

ずっと僕を支えてくれてたもんね。ありがとう。

君が居なかったら僕は空気椅子になるところだったよ。

クラスでは既に空気だったけどね?


数少ない友だちとの交流に時間を費やしていると、スマフォの通知が鳴る。


『式終わったら、待ってて。』


莉子さんからのメッセージ。

前の方を見ると、スマフォを片手にこちらに手を振る莉子さん。可愛い。

手を振り返す。

ちょうどこちらを見たチャラ男と目が合い、ブンブンと手を振られてしまった。…か、かわいい。



教室で待機している時間も終わり、講堂へと移動する。

生徒達が廊下に整列し終えそうな頃、二宮さんが登校してきた。その自由さ、流石です。


式は恙無く進む。

卒業生代表としてイケメン近藤くんが。

在校生代表として生徒会長の凜さんが。

美男美女の答辞、送辞に参列している保護者、関係者各位も溜息をつく。絵になるよね、うんうん。


そんな式も終わりに近づくと、どこからか啜り泣く声が聞こえてくる。

整然と並ぶ卒業生達も、その雰囲気が伝播していったのか、感極まったかのように泣いている人がちらほら。

ハンカチ片手に号泣していたのは桐生さん。

あれは…。

近藤くんの答辞になのか、この雰囲気になのか判定が難しい。

ちょうど近藤くんが答辞にアドリブを効かせて場を沸かせていた時だから、多分前者。

…頑張って。桐生さん。



そんな式も終わり。

卒業生達は各教室に戻り、最後のHRが行われていた。

まだ若めの男性教諭は初めて送り出す卒業生ということで、その熱意を存分に語り僕達の門出を祝ってくれる。

そしてまた訪れる涙流しの会。

ふと後ろに目をやると二宮さんが寝ていた。ブレないなぁ。


男性教諭は生徒一人一人に声をかける。

出席番号順に教卓の前に着いた僕を見た教諭は、一度出席簿を確認し、再度僕を見る。


「…卒業、おめでとう。」


…忘れてたね?



一通り生徒へのお言葉も一周し、改めて祝福される。


これで最後の学校生活も終わり。

教室に再び喧騒が戻り、各々集まって写真を撮ったり卒アルに落書きをする時間になる。

莉子さんはイケジョ面子とのお別れがまだあるから、僕はどこかで待っていようと席を立とうとした時。


「遠藤くん。」


「うん?」


二宮さんに呼び止められた。


「卒アル、貸して。」


「うん。どうぞ。」


これは、もしかして。


「お互いの名前、書こ?」


もしかしてだった。


「ありがとう。僕も書いていいの?」


「もちろん。」


卒アルを交換し、最後のページにお互いの名前を書く。


「大学も一緒だしね。これからもよろしく。」


そう。二宮さんとは春から同じ大学。

学部こそ違えど、また同じ学び舎で過ごすことになる。

…莉子さんも。


「うん。こちらこそ。よろしく。」


名前を書き終えた二宮さんから卒アルを受け取る。


「今日は、これから用事?」


「ちょっとね。」


エスパー二宮さんなのだ。

言わなくとも察しているかも。


「そっか。じゃあまたね。」


「うん。また。」


二宮さんに別れを告げ、教室を出る。


「あ!透っち!じゃね!また遊ぼ!!」


…チャラ男に見つかった。

教室の真ん中で僕に声を掛けるから周りが一瞬注目する。


「じゃあな。遠藤。また。」


「うむ。」


近藤くんと田村くんも手を振ってくれる。

…ホントに。こんなに良い人達と知り合えた僕は幸せだ。


「うん。また。」


イケジョ面子に合流している莉子さんは手を合わせてごめんなさいのポーズ。

先程メッセージで待ってると伝えているから僕は頷き、教室を出る。


…とても寂しい気持ちになったのは仕方ない。



3年生の階はとても賑やか。

高校卒業の晴れやかな気持ちと、これまでの友人達と離れる寂しい気持ち。

相反するその想いを分かち合おうと、この場から離れることのない生徒達の横を通り抜ける。


昇降口で靴を履き替え、どこで待とうかしらと辺りを見渡す。

校門付近も、保護者達と写真を撮り合う人で多い。

悩んだ僕の足は、自然と体育館裏に向かっていた。


人も居らず、コンクリートが敷かれている箇所に座る。

陽の光が余りささない体育館裏を眺める。

思い出されるのはあの時の告白。

全部はそこから始まったから。


莉子さんとの始まり。

嘘告だと分かって、また人と接するのが怖くなって。

それでも色んな支えがあってまた莉子さんと付き合えて。

苦い思い出も今では懐かしい。


…莉子さんの声を聞きたくなった。


「とおる!」


顔を上げる。

少し息を切らした莉子さんが立っていた。


「待たせてゴメン。」


「全然。いいの?」

正直イケジョ面子との別れはまだかかると思っていた。


「ん。また集まるし。」


「そっか。」


莉子さんは僕の隣に座る。


「…卒業しちゃったね。ウチら。」


感慨深そうに呟く莉子さん。


「うん。でも、同じ大学だから。」


「ん。合格出来てよかった。」


…本当に。莉子さん本人より心配してたかもしれない。


「ここでさ、始まったんだなって。」


「ん。」


「最初は、なんで僕って思ったんだよ?」


少しだけ冗談交じりに。


「好きだから。」


「…ありがと。色々あったね。」

莉子さんの返球がストレート過ぎた。


「ん。色々あった。でも、今こうしてとおると居れる。」


「うん。」


少しの沈黙。

ふと、莉子さんが聞いてくる。


「とおるはさ、学校楽しかった?」


「そうだね。楽しかったよ。卒業したくないって思った。意外だよね。」


「そっか。確かに意外かも。なんで?」


…卒業したくないと思った理由。言えなくない?


「なんで?」


「皆と仲良くなれそうだったなって思ったりとか…。」


「とか?」


「…莉子さんの制服姿を、えっと…」


「制服姿を?」


詰んだ。最後の日でも詰むのか。


「見れなくなるのが寂しいなって…。」


「…。」


ヤヴァイ。


「いや、違うんです。そういう変態的な意味じゃなくて似合ってたから勿体無いなとかそういうあれで、全然…。」


うーん。もう駄目かも。


「…見たいならいつでも着るけど?」


少し恥じらうように答える莉子さん。可愛い。


「…可愛い。」

声に出てしまっていた。

バッと顔を上げる莉子さん。


「今なんて!?」


詰め寄られる。


「あ、いや。とてもお可愛いなと。」


「茶化さないで。」


あ、はい。


「可愛いなと思いました。…!?」


抱きつかれた。


「好き。」


「うん。」


「とおるは?」


「僕も、好きです。」


抱き合っていたのは時間にして1分くらい。

とても長く感じた。


「行こっか。」


身体を離し、僕の左手を握った莉子さんと並んで歩く。

まだ卒業の余韻に浸る人達でいっぱいの中、繋いだままの手は離さずに。


「見られてんね。離す?」


気を遣ってくれたのか、そう聞いてくる莉子さん。

その言葉とは裏腹に繋がれた手を離さないように握りしめられる。


「ううん。大丈夫。…だって僕彼氏だし。」

彼女の彼氏として。この先も。


「ん。ありがと。」


校門を抜け、坂道を2人で歩く。


「ねぇ、莉子さん。」


「ん。」


「莉子さんと出会えて良かった。これからもよろしくね。」


「…ウチも。とおるしかいないから。よろしく。」


下る坂道は緩やか。莉子さんの歩幅に合わせて歩く。


嘘告から始まった僕達。

2人とも悲しんだ。

でも、棘だらけでも寄り添う事ができた。

それからを信じることが出来たから。


だから迷わない。彼女と一緒に居たいから。

繋いだ手のひらを離さないように。

僕達は歩いていく。

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