第53話 【AFTER STORY】5月のある日

高校卒業から2ヶ月。



新生活も慣れてくる頃。

華々しく大学デビューを果たした僕は新歓に引っ張りだこ、新しい友達と旅行の計画を立てたり、遅れてやってきた青春を謳歌している…わけもなく。


黙々と講義を受け、寂れたサークル棟の隅にあるサブカルチャー研究会という主に2次元分野に特化した猛者が集う同好会で日々を過ごしていた。


「ねぇ、遠藤くん。この衣装可愛くない?今度着てみよっかな。」


二宮さんもいらっしゃいます。


莉子さんと2人でサークルを決めていた僕は結局この同好会に。莉子さんは籍だけ同好会に所属し、高校卒業と同時に始めたモデル見習いを優先することに。

時々部室に顔を出すことはあっても、彼女の感性とはだいぶ離れているオタクの巣窟であるこの場所は居心地が良いとは言えないみたいで、自然と会うのは莉子さんのお仕事が終わる時間になっていた。


今日も莉子さんの連絡を部室に置いてある漫画を見ながら待っていたところ、たまたま、本当に偶然同じ同好会に入ったという二宮さんに話しかけられた。

あと少しで主人公覚醒のタイミングだった…。

白髪っていいよね。けどあの拷問に耐えれる自身が1ミリもないので無理だ。1000引く7聞かれる前にギブアップです。


「うん?どれ?」


二宮さんが手に持つコスプレイヤー向け雑誌を見る。

指差されているその衣装は。

なんと言えばいいのか…。大丈夫そ?際どいからもう1段階足を踏み込んだ領域の肌露出ですけど。


「これ、着るの?ちょっと過激過ぎない…?」


まぁ、着るのは本人の自由。

二宮さんのコスプレ魂に素人の僕が茶々入れるわけにもいかない。もし着る日があったら是非呼んで頂きたい。

…いや、僕には莉子さんがいるだろ。


「え、違う違う。こっち。」


そう言って隣に並ぶもう1つの衣装を指差す。

違ったみたい。…だ、だよね。

他属性持ちの二宮さんにコスプレイヤー兼露出癖を追加するところだった。僕は否定しませんよ?


「あ、そっちね。確かに、可愛い。」

フリフリの給仕衣装のような。

頭に白い毛むくじゃらの生き物置いてそうですね。

多分そのなんとかッピー、喋るよ。


「ね。いいよね。」


二宮さんと僕の会話を聞いていたのか、他の室内に居た他の同業者さん達も集まってくる。

なんか色々生々しい話が始まりそうだったので僕は少しだけ身を引こうとした時、スマフォの通知が鳴った。


『おつ。終わったから家来ていいよ。』


莉子さんから。


「ごめん。僕帰るね。」


コスプレ談義している二宮さん達に帰宅の旨を伝える。


「あ、もしかして足立さん?」


「うん。」

反応したのはコスプレ談義中だった経済学部の女の子達。


「いいなぁ!あんな可愛い彼女私も欲しい!」


「ね!絶対コスしたら映えるわ!」


「よろしく伝えといて!今度一緒にコスしよって!」


「は、はい。」


…コスプレ女子の圧が強い。


「またね、遠藤くん。」


「うん。またね、二宮さん。」


二宮さんにも別れを告げ部室を出る。



莉子さんが住んでいるのは、大学から一駅離れた所にあるマンションで、結構広めの1DK。

何度かお邪魔したことがあるので、迷うこと無く家に着く。インターフォンを押すと、


『ん。』


オートロックの解除音が鳴り、共用の玄関に入る。

…カメラ見てるのかな。女子の一人暮らしだから気を付けてほしいけど、多分僕より喧嘩強いからなぁ。


莉子さんの安全な暮らしのため、ジムに通うことを検討しつつ部屋に辿り着く。


「おかえり。とおる。」


「…ただいま。」


未だにこの出迎えには慣れない。

1度僕を誂うつもりでやったあと、予想以上に破壊力があったその言葉にキョドる反応を見て続けているみたい。可愛い。ずっと続けてください。


「コーヒー?」


「あ、僕淹れるよ。」

キッチンに立つ莉子さんに待ったをかけた。

モデル見習いの仕事は雑用もあり大変だと聞いている。

コーヒーくらい僕が淹れよう。


「いいって、座ってて。」


「いや、任せてほしい。絶対に美味しいコーヒーにするから。」

今ならココロぴょんぴょんするコーヒーを振る舞える自信がある。


「なんでそこだけ頑なだし。なら任せる。」


「うん。任せて。」


キッチンに立つ莉子さんと代わり、早速準備をする。

料理も時々一緒にしているので何が置いてあるかは大体把握しているため、スムーズに2人分を用意。


マグカップを両手に持ち、ローテーブルに運ぶ。


「ん。ありがと。」


いえいえ。さ、おあがりよ!…火傷しちゃう。


テーブルを挟んだ反対側に座ろうとした僕の袖を莉子さんが引っ張る。


「うん?」


「こっち。」


カーペットをぺしぺしと叩く莉子さん。可愛い。

そんなかわ余な彼女の隣に移動する。

それを見届けた莉子さんは胡座をかく僕の上に座る。


…えっと。


「莉子さん?」


「とおる椅子。」


なるほど。なら仕方ない。


「お仕事お疲れさま。」


背中に当たる頭に手を置き、そのサラサラな髪を撫でる。


「ん。疲れた。もっと撫でて。」


仰せのままにです。

甘えてくる莉子さんは大体何かあったときが多い。


「何かあった?」


撫でる手を止めず、問いかける。


「んー。ちょっとね。彼氏いるってのにナンパしてくるやつがしつこくて。」


…なるほど。


「一回とおる連れていこっかな。」


「それは…。」


「いや?」


嫌じゃないです。

頑張ってる莉子さんを見てみたい気持ちはある。


「ちょっと僕が行くと場違いかなって。」


華々しいイメージを持っているから、ちょっと気後れしてしまう。


「全然。むしろ来てくれたらテンション上がるわ。もっと頑張れるかも。それに、ウザい奴らに見せつけたいし。」


莉子さんは割と迷惑しているよう。

確かに。卒業式してから可愛いがすごく可愛いに進化してるし、世の中の男性諸兄にモテるのは間違いない。

モデルの現場だから声をかけてくる人も多分イケメンが多いはずだし。

…本当のイケメンは近藤くんだけど。今何してるのかな。


「じゃあ、今度お邪魔してもいい?」


「もち。絶対ね。」


見せつけてやりましょう。彼氏としての威厳を。

あるかは分からないけど。


「あ、今度栞達と会うから。」


「桐生さん?」


「そ。健太達も来るみたい。北澤が会いたがってたよ。」


…きたざわ?北澤?


「北澤くん?」


「ふっ。忘れてんのウケる。うるさい奴。」


あ、チャラ男か。忘れてないよ?


「なんか相談したいこともあるらしいし。」


…十中八九、遥のことだろう。

時々OBとして学校に訪問してくると現生徒会長の遥から聞いてるし。絶対に会いに行ってるでしょ…。


「そっか。うん。行くよ。」

聞くだけ聞いてやろう。お兄ちゃんは認めませんけどね。



穏やかな時間。

莉子さんの背もたれになりつつ、一緒にテレビを見る。

映画好きな僕に合わせてくれてるのか、最近はサブスクで配信されている映画を2人で観ることが多い。


比較的感受性豊かな莉子さんの表情を見るのが楽しい。


ただ、今は全くそんな余裕はなかった。

恋愛映画を選んだ時点で気付くべきだったのかもしれない。軽い濡れ場的なシーンになっていた。


…マズいかもしれない。

なにがって?体勢が。

詳細は言わないけど、このままだとマズい。


心頭滅却。心を落ち着かせて無になろう。

僕は背もたれ。僕は椅子。僕は木。

頑張れ頑張れ出来る出来る気持ちの問題だもっとやれるって諦めんなもっと頑張れ。

…頭の中の熱血スポーツマンも応援してくれている。


「ねぇ、とおる。」


「は、はひ。」

声が裏返った。


「今日、泊まってかない?」



また1つ大人の階段を登りました。


〜完〜





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


最終話です。

本当に後日談的な話ですが笑


以下謝辞です。

ここまで見てくださった方、ありがとうございます。

初めての投稿ということで慣れない部分もありましたが、皆様の感想やご指摘、温かいメッセージのお陰で完結まで続けることができました。

重ねてお礼申し上げます。


次に書きたいものは少しだけ思い浮かんではおりますが、まずはこの作品を閉じれたことにホッとしています。


本当にありがとうございました!


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嘘告とそれからと @mamo1208

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