第51話 【AFTER STORY】冬

冬。


秋の過ごし安さも薄まり、日が経つにつれ寒さを増す2月。

年の一番寒い時期は越した筈なのに、和らぐことを知らない冬の寒気は今日も厳しく暖房の温かさを教えてくれる。

…暖房代高いんだよ?

電気代が二万円いくなんて嫌だからね?


共通試験を無難な点数で乗り越えた僕は、志望校である大学の一般受験に来ていた。

大学の大教室で受験する他学生たちは真剣な表情で答案とにらめっこしている。

僕はといえば解き終わった解答用紙を眺めつつ、窓の外を眺める。…より正確に言えば窓際の最前列。


莉子さんが頑張って解いている姿を応援していた。


共通試験であまり良い結果を残せなかった莉子さんはこの一般受験が最後の砦。

ここで通ることが出来れば来春から同じキャンパスライフを送れる。


昼休憩の時間も、彼女の集中を乱さないように話し掛けはしなかった。

大事な受験の日にナンパしてくる他校の生徒には殺意を覚えたが、莉子さんの視界には入っていなかった様子。

…ぼ、僕の彼女だぞ。



最後の科目が終わる。

解答用紙を集めきった試験官が退出を促し、教室を出る。

姿は見ていても話すことはなかった莉子さんと合流しようと廊下を見渡てしいると、


「よ、とおる。」


見つけてくれたみたい。


「お疲れ。莉子さん。」


微笑みを湛えた彼女に手を掴まれた。

ちなみにハートも掴まれた。


「ん。疲れた。」


僕の、そして莉子さんの受験はここでおしまい。

あとは結果を待つのみ。

彼女の頑張りは一番近くで見ていたけど、合格出来ているかは若干怪しい。だけど、そのやりきった表情を目にして、僕は問うのをやめた。


「合格、しているといいね。」


「だね。」


大学を出て、2人並んで歩く。

どちらからともなく繋がれる手。

夏祭りから約半年。

僕達の日々は受験勉強に大半を割かれていたけど、自然と街中でも手を繋いで歩くようになっていた。


…一度チャラ男と遭遇した時は面倒だった。

遥に切り替えたんじゃないのか。いや、許さないけど。


「この後、予定ある?」


隣を歩く莉子さんからの質問。


「いや、ないよ。ようやく受験勉強から解放されたし。」


夜には遥との打上げがあるけど、それも少し遅らせる予定。


「そっか。ちょっと一緒にいない?帰るだけだけど。」


「うん。」

とても有り難い。

彼女と居る時間が欲しかったから。



駅に向かう受験生達に混じるように歩く僕達。


「もし受かったら、とおるとこの大学に通うんだよね。」


「だね。楽しみ。」

莉子さんとのキャンパスライフ。

毎日私服姿の莉子さんと会える。

なにそれ。とても幸せじゃない。毎日褒めよう。


「とおるは、家から?」


「うん。まだ遥もいるし。」

風邪は引いてないので。

強いて言えば僕の狙いは莉子さんだけど。

…うん。キモい。


「そっか。…一緒の部屋とか憧れるけど。」


一緒の部屋。

なんだろう。とても素敵な響き。

一緒の部屋。一緒の玄関。一緒のリビング。一緒の台所。…一緒の寝室。

まじでキモいな僕。


「…そう、だね。」


「ん。いやらしいこと考えてたっしょ。」


…そんなことないですよ?

莉子さんのパジャマ姿を見たいなんてこれっぽっちも考えてないです。…嘘です。



駅から電車に乗り、莉子さんの最寄り駅まで着くのはあっという間。


「じゃ。またね。」


電車内でも繋がれいて解かなかった手が離れる。

座席を立ち、ドアに向かう莉子さんの後ろ姿を見送る。

開かれたドアからホームに降り立つ莉子さんの見ていると、


「え。なんで。」


一緒に降りてしまった。

振り返った莉子さんは目を丸くして僕を見詰める。

…なんでだろう。

いや、何でかなんて言うまでもない。


「…もう少し、一緒に。」


…言ってて恥ずかしい。

学校は既に自由登校とはいえ、莉子さんとの合う機会は何度もある。登校すれば一緒にご飯も食べるし、夜には電話もする。

…だけど、一緒に居たかったから。

どう言葉にして伝えようとしようか迷っていると。


「ホントに…。好き。」


頬を染めて俯く莉子さん。可愛い。


「家まで送るよ。」


恥ずかしさを誤魔化すように僕から手を繋ぐ。

多分気づかれてる。

普段しないようなことを僕からしてるのだ。

莉子さんの微笑が誂いの笑みになるのに時間はかからなかった。


「ふふっ。ウチと一緒に居たいんだ?」


「…。まぁ、ね。」


「ちゃんと言わないと伝わらないけど?」


言いましたよ?


「しっかり、言って欲しいな。」


…ズルい。

伝えることの難しさを感じ続けてきた1年間なのだ。

莉子さんからそう言われると…。


「もう少し、莉子さんと一緒に居たいです。」


顔から火が出そうなほど赤くなってるのが分かる。

じっと見詰めていた莉子さんにそう告げ、顔を伏せた。

…恥ずかしすぎるんですが。


「ウチも。とおると居たかった。」


握られた手の力が強くなる。

しっかりと僕に向けられたその目がとても澄んでいて。


「離さないの。」


吸い込まれるのを防ぐように顔を背けた僕に注意が入る。

…いやいや、今のはまずい空気でしたよ?

こんな往来の真ん中で公然わいせつ罪になるところでしたよ?


「ご、ごめん。でもちょっと我慢できなくなりそうで。」

…何を言っているんだ僕は。

ちょっと変態度が増してない?

久々の莉子さんとの手繋ぎデート(帰り道)で浮かれ過ぎている。

言い訳をするように目を逸らす僕を莉子さんはじっと見詰める。


「我慢する必要あんの?」


え?


「ウチは全然いいけど?」


…えぇ?


「いや、その。ちょっと、ね?ほら恥ずかしいし。」

ホントに恥ずかしい。

これまでキスしてきたのはその場の雰囲気や、2人きりだからで、こんな人の目に映る場所でなんて小心者の僕にはとても…。


「ウチは…したかったけど。」


うるうると瞳を輝かせる莉子さん。可愛い。

じゃなくて、


「やっぱり恥ずかしいから!また2人の時とかで…。」


そう言うのが精一杯だった。


「ん。とおるは2人っきりの時がいいんだ。エッチ。」


莉子さん?


「ま、ウチも2人きりの方が好きだけどね。」


一旦僕を誂うのは辞めたのか、引き下がる莉子さん。

良かった。これ以上続けられたら本当にキスするところだった。

これではバカップルの田村くん達と同じになってしまう。


「そっちのほうが長くできるもんね?」


…ノーコメントで。



駅から莉子さんの家までは近い。

数分も歩いていると、彼女の家が見えてくる。

玄関口まで着いた僕は、若干の名残惜しさに身を引かれながら別れの挨拶を告げる。


「じゃ、またね。」


「ん。夜電話する。」


「うん。」


日課となっている夜の電話。

彼女との電話がないと落ち着かないくらいには僕の日常の一部になっている。


「じゃ、本当に帰るね。」


そろそろ帰ろうかと、何度目かのさよならを言おうとした時、


「とおる。」


「うん?…!?」


振り向いた僕の唇に柔らかい彼女の唇が押し当てられた。

一瞬硬直した僕の背中に回された腕は絶対に離さないと告げるかのように強く。

瞑られた目の睫毛は震えていた。


…ヘタレだなぁ。

こんなに強く表現してくれてるのに。


触れ合う時間は一瞬で。

少し照れくさそうに離れる莉子さんに僕は素直な気持ちを伝える。


「ありがと。好きだよ。」


「ん。ウチも。大好き。」


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家に辿り着いた僕は、リビングで遥に迎えられる。


「おかえりー。どうだった?」


受験自体は大丈夫だった。

多分受かってると思う。

でも、あの不意打ちなキスは…。


「柔らかかった。」


「は?キモ。」


…酷くない?









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