第28話 赦すつもりはないけれど
しっかり30分抱きしめられた後。
旅行荷物の片付けも終わり、少し遅めの晩御飯を遥と食べる。家に料理した形跡は欠片もなかったので、恐らく凛さんの家にずっと厄介になっていたと思う。
一度挨拶に行かないと。
「やっぱ美味い。」
シンプルな褒め言葉が一番嬉しい。
「ありがと。」
「どこ行ったの?」
「んー。色々行ったよ。やっぱり下鴨神社は凄かった。見て回る時間が2時間も無かったからまだ全然だけど、糺の森だけであと1時間は居れたし、それに…」
「うん。やっぱいいや。うるさい。」
「…。」
聞いたの遥じゃない?
「今度は、一緒に行こ。透の受験終わったくらいに。」
「…うん。行こっか。」
食事を終え、風呂から上がった僕と遥は、2人ソファに座りながらテレビを観る。
旅行中はあまり見る機会がなかったから、この時間も久しぶりに感じた。
バラエティ番組が映る画面を見ていると、スマフォの通知が鳴った。
テーブルに置いてあるスマフォのメッセージアプリを開くと。
『今帰った!とおるはもう帰ってるよね?今日疲れたからもう寝るけど、また明日連絡する!』
莉子さんからだった。
「二宮さん?」
僕のスマフォの連絡先は、遥と祖父母。そして先日追加された二宮さん以外はいない。出前の館や、光熱費などのお友達を入れたらまだまだ居るけど、彼らとはビジネスだ。
祖父母との縁はほぼ切れており、連絡がくるタイミングはどうしても後見人としての立場が必要なときくらい。
なので。遥からすればこの連絡は二宮さんに自然と絞られる、すっごい簡単な推理だ。某名探偵も要らない。
あの一件で莉子さんの連絡先消したの遥だしね…。
そして、今連絡が来た相手は正にその莉子さん。
「あ、えっと。修学旅行で出来た友だち。」
正直に言えば良いのに、言葉を濁してしまった。
「そ?見せて。」
「え。」
「だから、見せて。」
なんだろう。浮気がバレる現場ってこんな感じなのかな。
「ちょっと…。これは友だちのとても大事な連絡で…。」
「なに?」
…すみません。スマフォを遥に差し出す。
スマフォ画面に表示されているメッセージアプリの名前を見た遥は、
「なるほどね。」
…怖い怖い怖い。
また僕の人生詰んだのか。
いや、遥は修学旅行での一件を知らない。いつ爆発するか分からないが、個々は1つ誠心誠意を見せて土下座しよう。
消すだけじゃ駄目なんだとか言われたら、最悪スマフォは買い換えれば良い。
善は急げと、床に土下座しようとソファから腰を上げかけた僕。
「ほんと…。駄目だな私。」
大きく溜息を吐いた遥は、スマフォをへし折らず、そっとテーブルに置いた。
…え?
「怒らないの?」
「怒っていいの?」
いえ、ごめんなさい。怒られるのは苦手です。
「…ごめん。」
遥には真っ先に伝えるべきなのは分かってた。
莉子さんともう一度友だちからやり直したいって。
妹の心配事をまた増やすのか、とも思った僕が悪い。
「ほんとに。どんだけ心配させるのよ。」
申し開きもないです。
「話したの?」
「はい。」
「また、付き合うの?」
「…友だちに。あ、これは本当で。」
詰問する遥と、回答する僕。うん。取り調べだ。
「…。」
少しの間の後、遥は僕を引っ張りその腕の中に収める。
「遥…?」
「…。」
腕の中に収まった僕には遥の表情が見えないが、僕の身を案じていることくらいは分かる。抱きしめられたその腕は、少し小刻みに震えていた。
「…あんだけ傷ついたじゃん。」
絞り出すような遥の声も、その身体と同期するように震えていた。
「…うん。」
「透の傷ついている所、もう見たくないの。」
「うん。」
「そんな可能性すら要らないの。」
…。ずっと隣で見てきた遥だ。僕の弱さも、逃げ癖も、全部見てきた。その僕がまたこうして、莉子さんと繋がりを持とうとしていることが不安で堪らないのだと思う。
「…。僕は。」
回された遥の腕をそっと支える。
「弱いままだと思う。もう一回同じことがあったら、多分立ち直れないくらい。」
「…。」
「でもね、それでも。バカなのかも知れないけど、前に進もうって思ったんだ。遥にはずっと心配かけてるし、二宮さんも気遣ってくれた。甘えるのが嫌だからとかじゃないんだ。もう一度だけ、向き合おうって。」
「…。」
「駄目、かな。」
回された腕の力が強くなる。
数分が経ち、ポツリと呟く。
「…認めない。認めないけど。透が決めたなら、今は何も言わない。足立のこと、まだちゃんと見てないし。多分透と話してるの見かけたら手が出ると思う。」
「そう、だね。」
…手は出してほしくないなぁ。
「会おうとも思わないけど。それでも、透が選んだことだから。」
「…ありがとう。遥。」
「ただ…。」
「うん?」
「とおる呼びがムカつくから辞めてほしい。」
…。僕が莉子さんを名前で呼んでいるところ見られたら、どうなってしまうのだろうか。
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