第25話 それでも僕は
修学旅行3日目。
生徒達は旅館のフロントに整列し、これから待つ自由行動に期待に胸を膨らませている。大声を上げる教師からのお言葉も耳に入っていないよう様子。
イケジョグループも例に漏れず、チャラ男がしっかりと注意されていた。舞妓さんと写真撮るぞーとはしゃいでいる。…なぜ学ばない。
「それでは、18時にまた集合。解散。」
老教師の号令とともに、蜂の巣を突くが如く散っていく生徒達。
次々と去っていく人の流れから、僕の付添人である二宮さんを探す。
…いない。
小柄な彼女は、この人並みに流されたのかもしれない。
それはまずいと、旅館の玄関口まで行こうとしたが、
「遠藤くん。みーつけたっ。」
見つかっちゃった…。
まだ消えたくはないからもう一回かくれんぼしない?
「良かった。てっきり流されたんじゃって…。」
「うん?私そんなに弱くないけど?」
フンスと力こぶを作る二宮さん。可愛い。
「今日はよろしくね。」
「はい。よろしくします。」
僕達がまず目指したのは竜安寺。
電車では竜安寺へのアクセスは少しだけ不便なので、バスで向かうことにした。
拝観料を支払い、中に入る。
「遠藤くんって竜安寺好きなの?」
「うーん。好きっていうのとはまた違うかもだけど…。落ち着くんだよね。」
二宮さんと何気ない会話をしながら廊下を歩く。
まだ、ピークの時間ではないのか、石庭に面した廊下に人は少ない。
「少しだけ、座ってもいいかな?」
「勿論。これが見たかったんでしょ。」
有難い。二宮さんの厚意に甘え、廊下と繋がっている畳の間に座る。人も居ないこともあってか、座りながらでも全体を見れるのはとても嬉しい。
「ふふっ。やっぱり新鮮だなぁ。」
空間に浸っていた僕を二宮さんの声が呼び戻す。
新鮮、とは僕のことなのだろう。こういう姿を見せることがないとは確かに理解しているけど。
「そう、かな。」
「うん。そうだよ。」
無言の時間が続く。
それを気まずいと思わないのは僕自身驚いていた。
こうして誰かと2人きりの空間なんて、基本遥だけだったから。
おばあさんの一件があってから話す機会が増えたけど、僕の隣りにいることで彼女に何かメリットがあるとは今でも思えない。
でも、それを聞くことは僕には出来なかった。
「…。あ。」
かれこれ30分近く石庭を眺めていた。
時間もお昼を過ぎてしまっていた。
待たせてしまった二宮さんに謝罪をしようと顔を向けると、
「…。」
寝ていた。
まあ、そうだよね。彼女からしたら退屈な時間のはず。
僕に何か文句を言うわけでもなく、隣りに居てくれた事自体がおかしいのだ。
寝ている顔はとても可愛らしい。
こうしてみると本当に僕と同じ高3なのか疑わしくなってくる。飛び級で編入してきた中1とかじゃないよね…。
寝ている二宮さんを起こすことは憚られたけど、少なかった人も増えつつある。起こさないと。
「二宮さん、起きて。」
「…。」
「二宮さん…!」
「ん…。」
少し強めに肩を揺する。ようやく反応した二宮さんは、
「あ、おはよ。遠藤くん。」
「おはよ。二宮さん。」
とてもマイペースだった。
竜安寺から少し離れた所で昼食をとる。
少しお昼の時間を過ぎていたからか、待つこともなくお目当てのカレー屋さんで食事を摂れた。
…二宮さんはナンとライスをおかわりしていた。
「うん!美味しかった。」
満足そうな二宮さんと嵐山に繋がる嵐山電車の駅へと歩いている。
旅館からバスを乗り継いで竜安寺で観光。
途中金閣寺舎利殿の鳳凰だけ眺め、カレー屋で食事をしただけなのに、もう時計は14時を過ぎていた。
…早くない?
嵐山電車に乗り、嵐山に降り立つ。
GWの嵐山はとても盛況だった。
…それにしても人多すぎるでしょ。
ごった返す観光客だらけで、ろくに進むことも出来ない。
やっぱりここに初めに行けば良かったと後悔していると、
「うん。邪魔だね。行こ、遠藤くん。」
二宮さんに手を引かれた。
人よけのバリアが搭載されているのか、二宮さんの障害物はないかのように、スルスルと人波を進み、あっけなく渡月橋まで着いてしまった。
…もしかしてデビルバックゴースト使った?
「うん。ちょっと落ち着いた。」
一息ついた僕達の眼の前に広がっていたのは、壮大な嵐山の自然だった。
はー…すご。
景色に見とれていると、繋がれたままの手が引かれる。
「もう少し、先行こ?」
二宮さんに釣れられ、川沿いを歩く。
次第に人も少なくなり、時折見える川下りの舟以外は、僕達のみになっていた。
繋がった手が離れ、二宮さんは川に近づく。
「遠藤くんって不思議だよね。」
流れる桂川を目に映しながら、二宮さんは話し始める。
ここまで来て、なにか話があるんだろうとは思っていたのは正解だった。
「最初はね、後ろの席に寂しそうな人居るなって。ホントにそれだけ。」
失礼な…。いや、事実です。
「でもさ、ずっと1人でいるのに楽しそうにしてたり、悲しそうにしてたり。なんで友達も居ないのにそんなに感情が出るんだろって。」
…失礼な。1人でも遊べるんだぞ。
「おばあちゃんの事があったからとかじゃないのかも。目で追っちゃうみたい。遠藤くんのこと。でもさ、この気持ちは多分好きとかじゃないんだ。」
「…うん。」
辛うじて返事はしたけど…。先が見えない。
「足立さん達が遠藤くんとも一緒に回りたいって言ってきたとき、ちょっとだけムカついたんだ。だって、1人の遠藤くんが良かったのに、なんでそっちと一緒に回る必要があるんだって。じゃない?」
「まぁ、そうかも。」
今となってはイケジョ面子に助けられている部分もあるから、一概に言えないけど。それでも当時の僕は嫌だった。
「遠藤くんは私と似てるんだよ。人に色々言われても、自分の大切な何かがあればそれでいいって思える人。そんな人、これまで全然居なかった。」
「うん。」
「だからさ、私が言いたいことは。
遠藤くんには足立さん達は必要ないんだよ。」
「…。」
「必要ないは言い過ぎたかも。でも、要らないんじゃないかな。変わる必要なんてないよ。」
-今のままの遠藤くんでいいよ-
二宮さんの言葉が響く。
変わらなくていい。
それはきっと、僕がずっと欲しかった言葉だと思う。
ボッチであることに意味を見出し、人付き合いが悪くても成績を上げることを優先し、常に自分だけ見てきた。
そんな僕にとって、二宮さんの言葉はこれまでの僕を全肯定してくれるもので…。
「…ありがとう。」
「でもさ、今遠藤くんは誰かとの時間を気にしてるんだよね。」
…そう。時刻は16時過ぎ。足立さんとの待ち合わせは17時30分。時計を気にしている僕を二宮さんは見逃さなかったみたい。
「そう、だね。ごめん。」
「いいの。でも行ったとしても、変わらないかもだよ。なんなら今より辛くなるかも。行かなきゃ良かったって後悔するかも。」
「…。」
何も言えない。だって、その可能性は十分にあるから。足立さんと会うことによって、より傷つく結果が待っているかもしれない。
「だからさ。私と居ない?」
でも。
「…ありがとう。二宮さん。僕のこと見てくれてて。ずっと助けられてた。正直、二宮さんがいなかったら僕は学校に来るのも嫌だったかも。」
そんな僕だけど。
「でも、前に進みたいって思ったんだ。また傷つくのは勿論怖いけど。それでも、前に進みたいって。」
嫌なんだ。彼女が僕の知らない理由で傷ついているのが。
「だから、行くよ。」
「…。ふーん。そっか。」
「ごめん。」
「ううん。いいよ。遠藤くんも時間だもんね。先行って?」
「分かった。…また後で!」
二宮さんをおいて走り出す。
「…エ◯ァ見えるの右側通路だから!」
ありがとう…。
時刻は16時45分。
急がなきゃ。
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