第24話 そうだ奈良に行こう
奈良。
日本の国宝が5分の1もこの奈良に存在しているらしい。
修学旅行2日目の朝、京都中心部からバスに揺られた一同は、奈良公園内にある春日大社に到着していた。
朱塗りの特徴的な社殿と、その規模の大きさから半日かけてじっくり見て回る観光客も多いらしい。
「うわ、なんか臭くねっ!」
「馬鹿なこと言ってないで、2時間しかないんだから、早く行くよ。」
鹿だけに。桐生さんが本当は言いたかったであろう補足を心の中で付け加える。もし言ったら70連フォーク釘パンチを貰っちゃう。
「えっ?もしかして鹿だけにってやつ?桐生っちやる〜!」
食没+アルティメット・ルーティーン+70連フォーク釘パンチがチャラ男に炸裂した。
錐揉み上に飛ばされていく(想像)チャラ男を見ることで、僕の心はようやく落ち着きを取り戻していた。
…僕ってチャラ男好きすぎない?
昨日の夜は、僕のストレージでは到底収めきれない出来事の連続だった。
足立さんの謝罪。
近藤くんの唐突なカミングアウト。
イケジョグループを代表する2人との接触は、一晩の睡眠では濾過することが出来なかったけど、今はチャラ男の暢気さに心が癒やされていく。いつも助かってるよ。
イケジョグループで固まっている所から少し離れた場所を二宮さんと歩く。
うん。眠そうだ。
今も少し寝ぼけながら僕の横を歩いている。可愛い。
イケジョグループは、ピンク色の悪魔たちを先頭に、チャラ男と近藤くん。桐生さんと足立さんの並びで参道を進む。
イチャイチャと寄り添い合う2人はとても仲睦まじい。
ちょっと、藤浪之屋で変なことしないでよね。
ピンク色の悪魔たちから視線を外すと、桐生さんと会話していた足立さんと目があった。
凄く控えめに手を振られた。
「足立さんとの仲、良くなったの?」
掛けられた声に振り向くと、横で眠そうにしていた二宮さんがその大きな目をパッチリと開き、僕を見詰めていた。
…ちょっと怖いです。
「いや、仲良くなった…訳では無いと思う。多分。」
適した言葉が見つからず、濁す形になってしまった。
「…そっか。うん。良かったね。」
微笑む二宮さん。
「うん…。」
一瞬訪れた沈黙を嫌ったのか。
「あ、明日結局どっちから行こっか。私どっちでも良いけど、遠藤くんの方先にしたほうが良いかな。」
「うーん。別に拘りはないよ?二宮さんに合わせる。」
そう。明日は二宮さんと回る約束なのだ。
昨日、足立さんに言われた『ずっと待ってる』という発言は本当かどうかは分からない。
…そこは疑うべきじゃないけど。
でも、彼女には彼女のグループがある。
修学旅行の自由行動というとっても大事な日を、1日駅で待たせるのは流石に心苦しい。
…やっぱり断らないと。
もしくは時間を指定するとか。
後で連絡しないと。あ、遥に連絡先消されたんだった…。
「そうだね、じゃあ遠藤くんの方から行こ?嵐山って朝も綺麗だけど、夕方くらいになるとすっごく良い雰囲気なんだ。」
…夕方まで一緒に居ること確定なんですね。
自由行動の時間は9時から18時まで。
18時には旅館に着いてなきゃいけない。
なるほど。無理かも。無理かもだけど…。
「あの、二宮さん。僕明日どうしても寄らなきゃ行けない所があって…。」
「うん?いいよ、どこ?」
勿論行くよ?と言わんばかりの二宮さん。
「あ、いや。ちょっとそこには1人で行きたいんだ…。」
「…。」
「ごめん。だから夕方までは一緒に居れないかも。」
「ふーん。」
耳に届く声が若干冷たい気がするのは気の所為ではないと思う。
「ごめん…。」
嫌な沈黙。参道のルートを歩く僕達はいつの間にかイケジョグループと少し離されていた。
「うん。分かった。じゃあちょっと早めに解散だね。」
…良かった。
先に約束をした二宮さんには申し訳ないけど、やっぱり足立さんと話したい気持ちがある。
何を話すのかはまだ分からない。
何を話したいのかも分からない。
それでも、僕が前に進むには、多分避けちゃいけないことなんだと思う。
「あ、嵐山から帰るなら山陰線乗ったほうが良いよ。」
「え?なんで?」
「窓からエ◯ァンゲリオン見えるから。」
「ありがとう。絶対にそれに乗る。」
春日大社の観光を終えると、そのまま奈良公園を突き進むルートになっていた。
お、視界に鹿がいっぱいです。
おっと、突かれてしまった。まさしく死角。
…。
「かー。やっべ!めっちゃ鹿いんじゃん!視界いっぱいって感じ!ウケる!」
チャラ男。わかるわー。友達になりたい。
イケジョグループはそんなチャラ男と僕の絆など興味はなく、鹿に心を奪われている。
「うわ、クサ。」
桐生さんはいつも毒舌。
「ちょ、動くな!健太、そいつ捕まえて!」
「わ、無理無理。力強すぎ!」
映え写真を撮ることに全力な足立さん。元気が出てきたようで何より。
「わー!田村くんこの子すっごい大きい!太いし!とっても長い!」
「うむ。」
ちょっと、そこの2人。会話が若干風紀違反じゃない?角の話だよね?
「遠藤くんも、ほら。」
二宮さんは鹿せんべいを買い、ホレホレと鹿達を操っていた。
そのうちの一枚を貰う。
さて、僕から奪えるものなら奪ってみろ。
瞬殺だった。
後ろからドスンと体当たりされただけで、僕の抵抗する意思は消え去った。角無くても痛すぎるよ…。
「ふふっ。もう一回やる?」
イタズラっ子な笑顔を浮かべた二宮さん。
「いえ…。もう充分です。鹿強い。」
------------------------------
2日目も何事もなく観光を終え、僕達は京都の旅館に舞い戻っていた。
食事を済ませ、浴場に向かう。
昨日と同様にカラスの行水だ。
今回は壊れた自販機に向かわず、部屋に直行した。
部屋には、
「よ。早かったな。」
イケメン近藤くんがいた。
開かれた窓の冊子に寄りかかるその姿は正にイケメン。
風呂上がりでやや濡れた髪、浴衣を着こなすスタイルも一級品。雑誌の撮影と言われたら信じてしまいそう。
カメラマンさん近くにいるのかな?
「近藤くんも、早いね。」
僕より早いって、それもう湯船に使ってなくない?
「明日、遠藤どうするのか聞きたくてさ。」
自販機で買ってきたスポーツドリンクを差し出す近藤くん。え、これ間接キスじゃない。桐生さんにあげたら言い値で買いそう。
「ありがと。明日は、二宮さんと回る予定だよ。」
特に疚しいことはないから、正直に答える。
「うん。知ってる。足立から、何か言われてない?」
うーん。イケメンの情報収集能力は凄まじい。
なんで知ってるの?見てた?
「…そうだね。足立さんから、待ってるって言われた。」
「だよな。ハハッ。あいつ、明日は1人で回るからって言い出したからさ。多分遠藤絡みなんだと思ったけど、ずっと待つつもりなんだろうな。」
…やっぱり。少しだけ嫌な予感はしてたのだ。
「…近藤くんは止めなかったの?」
「俺は、止めないよ。けど、遠藤なら止めれるだろ。」
こちらを見詰める目の中に、一瞬寂しそうな色が浮かんだ気がした。
「僕は、連絡先とか知らないから…。」
「だから俺がいるんじゃん。教えるから、しっかり足立に連絡してな。」
携帯をひらひらと見せつつ、イケメンスマイルの近藤くん。
どうして、そこまでやってくれるのだろう。
「なんで、近藤くんは…。」
「なんで…か。」
少しだけ考えるような素振りを見せた彼。
再度こちらを向く目はとても澄んでいた。
「だってさ、俺だって足立と思い出作りたいから。遠藤をずっと待たれると俺達と回れないんだよ。独占するなよ?」
茶化したようなその口調。
どこか陰を感じさせつつも、朗らかに笑うその姿はイケメンでしか、いや近藤くんにしか出せない空気があった。
「ありがとう。近藤くん…。」
「こちらこそ。遠藤。」
その日の夜。
再び僕のスマフォに表示された『足立 莉子』にメッセージを送った。
『明日、17時30分に京都駅でいいですか?』
既読は一瞬。返信は5秒後だった。
『うん。よろしくね。』
『(犬のおやすみスタンプ)』
そのスタンプを眺めながら眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます