第7話 遥さんはガチ
修学旅行の班決めが、従来のボッチ作戦では通用しなさそうな気がしてきた月曜日の放課後。
二宮さんとの会話で、帰宅部の活動に支障が生じていた。
…この言い方だと二宮さんにまるで僕が迷惑をかけられたみたいに受け取れるが、実情はまるで違う。
ボッチである僕を見かねて、二宮さんが班に誘ってくれるというのが真相だ。完全にMyBad。僕のせいである。
ボッチであることには何も不満はないが、ボッチであることが罪であるかのようなタイミングがしばしば起きるのが難点だよね。
無事我が家に帰還した僕は、制服から部屋着に着替え、ルーティーンである掃除から始める。
3LDKの間取りを1日で掃除するのは難しいので、リビングなどの共用部分を必須として、それ以外の部分をローテーションで回すように掃除をする。
妹の遥は家事に割く時間がないので、基本家のことは僕の担当になっている。
実際、生徒会の仕事はかなり忙しいみたいで、遥が帰る時間は大体が19時を超える。
身長が高いせいで勘違いされがちだが、妹はまだ高校1年生。15歳の子供である。生徒会副会長としてその才能を遺憾なく発揮しているが、家のことまでとなるとそれは酷な話だ。
持ちつ持たれつ。彼女の手が届かない範囲は僕がサポートしよう。
掃除を一通り終えた僕は、晩御飯の支度に取り掛かる。
我が家の台所を管理する僕は基本的に、遥が帰るタイミングに食卓に料理が並ぶように動く。
スマフォを確認すると、時刻は19時16分。
まだ遥からの連絡はないので、今日は遅い日みたい。
料理の下拵えを済ますと、ソファに座り遥からの連絡を待つ。
リビングに備え付けられたテレビで契約しているアニメサイトのお気に入りを見ていると、玄関の扉が開けられる音が響いた。
あれ?今日まだ連絡来てないよね?
「たっだいまー!!」
陽気なテンションで遥が帰ってきた。
「おかえり、連絡なかったらビックリしたよ。御飯作るね」
下拵えはほぼ済んでいるので、後は調理するだけだ。
「ゴメンねぇ。寄るところがあって急いでて…。」
ふむ。寄るところ。遥は生徒会副会長という立場上色々な生徒、教師と関わるから忙しいのは仕方ないし、連絡が遅れるのも別に気にしない。
ただ、そういう日は事前に連絡を交わしているのが、我が家のルールだ。
それがなかったということはよっぽど手が離せないことだったんでしょ。
遥ももう高1、寄るところが男子の元ということもありえなくはない。遥には遥の青春があると納得しようとして、心の中で靄が生まれるのが分かった。
僕だって一応彼女は居たんだし、そんな妹の恋愛事情に何変な気持ち抱いてんだ。まあ、僕のは3日で終わったんだけどね…。
「…うん。大丈夫。着替えておいでよ。御飯直ぐに用意するから。」
「はぁーい。」
男子生徒と会っていたかもしれないという可能性が脳裏にチラつき、僕はぎこちなく遥を送り出す。
そして遥が自室に行っている間に料理を作っていく。
今日は豚の生姜焼きと千切りキャベツ。
昨日のあまりの煮物に、味噌汁である。
ご飯も炊きたてではないが、用意できているので、準備は完了。
後は遥を待つだけ。
女子の着替えは長いのは承知しているから、またアニメサイトのお気に入りを再生する。
『この物語は…』
のナレーションから始まる三姉妹日常アニメはもう何周ループしたか分からない。
2期に関しては評価が別れるが、いつ見てもブレないクオリティを提供してくれるから有り難い。
僕としては、長女にとても親近感を抱いているが、こちらがボッチなのに対し、あちらは元番長。勝てるわけもない。
勝っているところとすれば、あちらに居る可愛い妹が僕の妹に負けているところくらいだろう。
年相応の子供になることもあるし、時にはママにだってなれる遥は言ってしまえばリベロ。そうすべての技でタイプ一致なのだ。
「はあーーー。ご飯ご飯!」
昔のアニメに感傷的になっていると、気の抜けた声とともに、遥が部屋着に着替えてきた。
「じゃあ、食べよっか。」
「ういー。」
遥は基本的に大盛り。身長も現在178センチメートルという、あと2センチで大台に載ってしまう所まで来ている。
…なんで、僕は170なんだろう。やっぱり逆じゃない?
ご飯をもっしゃもっしゃ食べる遥は本当に学校とは別人で、学校内では沈黙の麗人と言われるほどに冷静沈着なキャラで通っている。
女子生徒からの人気が凄まじく、週に1回は告白されるらしい。
そんな麗人は家ではまるで大型の猫のように自由気ままに過ごしている。
彼女が人知れず抱えているストレスを取り除くことが僕の責務であると自負している部分もあるので、このように自然体で過ごせているなら、僕も役割を果出せているのだろうと安心できる。
一通り、ご飯を済ますと僕は洗い物に、遥は風呂に入る。
僕はもう入っているので、遥がゆっくりと入れる形になる。
今日も当然その段取りでうごいていたのだが、唐突にリビングの電気が消された。
「え、停電?」
嫌なタイミングで停電になってしまった。遥がお風呂に行っていたので、すぐに呼びかけた。
「遥!大丈夫?!」
…返答がない。
不味いことになっていると感じた僕は台所からすぐに風呂場へと行くべくリビングから廊下につながるドアに手をかけようとした。が、逆に向こう側から開かれる。
「ハッピバースデートゥーユー」
「え?」
「ハッピバースデートゥーユー!」
「あ、あの。」
「ハッピバースデーディア、透ー!」
「ハッピバースデートゥーユー!!!おめでとうー!!!」
「え、、え?」
現状を理解できず、ただ遥の顔を見つめる。
「透、18歳の誕生日おめでとう。
絶対に忘れてると思ってサプライズでケーキ買ってきたんだ。」
イタズラが成功したような笑みを浮かべる遥。
…ホントにもう。やっぱり1番可愛い妹だ。
「ありがとね。うん…。ホント忘れてた。ホントにありがとう!」
先週のこともあり、涙腺が弱っている僕にはこのサプライズは効果抜群で。
妹の前なんていうことも忘れて涙が溢れてきていた。
「ちょ、透!なんで泣くの?!」
僕のガチ泣きに焦る遥。
「ゔん。うん…。ごめん。ありがとね、ありがとう。」
家族という関係は僕にとって遥しかおらず、また遥かにとっても僕しかいない。
一時期、遥がグレた頃に僕は帰ってこない遥の晩御飯を作っていつまでも待っている時期もあった。
たった1、2年前の話なのに、その遥が今では僕の誕生日を覚えててくれて、こんなサプライズまで用意してくれる。
「ちょ、透!ホントにヤメてよ!私まで貰っちゃうじゃん…!」
僕につられてなのか、遥までも目に涙を貯めだす。
「うん…。うん。ありがとう。遥…」
ケーキをテーブルにおいて僕の周りをワチャワチャしていた遥を抱き寄せる。
「僕、本当に遥のお兄ちゃんで良かった。。」
その1言を伝えたくて。
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「はあー美味しかった!」
遥が用意してくれたケーキ。ショートケーキとチョコレートケーキどちらも本当に美味しかった。
「で、透!」
神妙な顔付きで遥が僕を呼ぶ。
「は、はい。」
「透は、何か欲しいものとないの?」
欲しいもの、特にこれと言って欲しいものはない。
遥のサプライズでお腹がいっぱいということもあり、現状が既に幸せ状態であった。
「むしろ、遥は何か欲しいものはないの?」
ここまでしてくれたのだ。
僕はもう十分、後は遥のリクエストに沿いたい。
「えー、欲しいもの?私もあんまないよ?」
うーん。そっか。まあお互いに物欲がないのは昔からだ。
いつも頑張っている遥には何か送りたいと思っているのだけど。
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深夜。
僕は自室で、授業の予習復習をしていた。
あと1問でノルマは終わる。丁度その時、自室にノック音が響いた。
当然、我が家には僕の他に遥しかいなく、ノックをしているのも彼女だった。
「とおる…?起きてる?」
控えめな声色で、遥が問いかけてくる。
「うん。空いてるからどうぞ。」
僕は遥を招き入れる。枕を抱いた遥は僕のベッドに腰掛けると、言いづらそうにチラチラとこちらを伺う視線を投げてくる。
「あのさ、透。」
「うん?」
言いづらそうな遥の次の言葉を待っていると、
「今日さ、一緒に寝ても良い?」
耳朶に響く甘い声でそう呟いた。
寝れない。
遥の提案を断ることが出来ず、僕と遥は同じベッドで横になっていた。
弁解のために言うけど、僕は5回は断った。
ただ、その5回も結局無駄に終わり、今はお互い仰向けの状態でベッドに入っている。
前回も遥がベッドに入ってくることはあったが、基本お互いの部屋で寝る。遥が中学2年生になるまでは、こうして同じベッドに寝ることはあった。
ただ、僕と遥はもう高3と高1である。
兄妹にしても、距離が近すぎないかと思わざるを得ない。
やはり、ここは兄としてしっかりと分別を弁えることが肝要だと、ソファで寝るためにベッドから這い出そうとした瞬間だった。
「どこいくの?透?」
起きてたんですねぇ。
「いや、ちょっとお茶でも飲み行こうかと…。」
苦し紛れの嘘をつく。
「嘘。」
「嘘じゃないよ。」
「ウソだよ。」
そういって遥は僕の背中から前にかけて両手で抱きしめた。
「ねぇ、透?」
「うん?」
背中から抱きしめられる形になっている僕、抱きしめている遥は、お互いの心音が聞こえるくらいに密着していた。
「私が、連絡しなかったから怒ってたでしょ?」
「…」
「ふふっ。やっぱり、ちょっと顔ムスってしたからすぐ分かった。」
嬉しそうに、僕の耳元で遥は囁く。
「妹だし、心配するのは当たり前、だよ。」
「うん。ありがと。」
「…正直、遥にも彼氏とか出来たのかなぁとか思った。」
僕のその言葉に、遥の抱きしめる腕の強さがいくらか強くなる。
「無いよ。」
「…うん。」
「少なくとも、透が結婚するまでは、無いよ。」
「…えっと、うん。」
そんなに、僕って信用ないのか…。
まああんなこと起こしたばっかだから、仕方ないよね。
強く抱きしめられた腕の中で、遥の心音がやけに鮮明に聞こえた。
押し付けられる身体のしなやかさ、柔らかさを意識しないようにするだけで精一杯。
「透は、私が一生守ってあげるから。」
睡魔に身を委ねる直前、遥の甘い声が耳に響いたような気がした。
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