嘘告とそれからと
真
第1話 嘘告から始まるカレカノだっていいじゃない
高校生3年目の春。
眠気まなこを擦りながら、自転車で学校へと向かう。
寝癖が風に揺られている男子生徒(遠藤透)の通う私立高校は、珍しいクリスチャンであり、県内トップクラスの進学校でもある。
校内にシスターが歩いている日常は入学当初とても驚いた記憶がある。
そんな小中高一貫高のわが校は、高いレベルの授業に加え、その自由な校風から、編入試験への応募も他高校に比べ圧倒的に高いことで有名だ。
中学入試を受け、ほぼエスカレータ組としてこの学校に通う透にとっては気にならないが、特筆すべき点として校則に【恋愛禁止】という文言がある。
自由な校風を誇っていながら、その点だけは他校と明確な違いがあるが、その校則も思春期真っ只中な生徒を縛れるわけもなく、ほぼほぼ有名無実とかしている。
むしろ、縛られているからこそ燃え上がるのか、テンションの高い陽キャ達は誰々が先週デートしていた等の情報にキャッキャするのが日常である。
(…まぁ僕にとっては関係ないけど)
彼女どころか仲の良い友達も片手で数え切れ、その内訳に保健室のおばちゃんや、体育で残った際に組んでくれる田中くん、プリントを回す際に一言話す程度の二宮さんも入れても全て折れないのだが。
高校3年間、何をしていたかというと、学生の本分を全うしていたとしか言えない。勉強は苦手ではなく、学校の授業と日々の予習をする程度でテストの順位は上位をキープできている。
他にリソースを割くことがないからという理由もあるが、人と話すとどうしても緊張して上手く話せないのだ。
その日も、いつも通りに駐輪場に自転車を停め、他生徒で賑わう中、自分の下駄箱を開けた透の目に入ってきたのは、履き潰した上履きと、その上に鎮座する可愛らしくハートのシールで閉じられた手紙であった。
…間違い、だよね?
透にとっての日常にありえないことが起きたため、約10秒間は呆けていたと思う。
賑わう昇降口の中、そんな感想を抱きながら、立ち尽くすのを嫌い、一旦手紙を鞄に詰め込んだ。
ひとまず、これ(手紙)の確認をしよう。
間違ってたら、その人に渡せばいいだけだし…。
…知らない人だったらどうしよう。僕に渡せるか?
上履きに履き替えた透は、教室棟ではなく、安寧の場所でもある部室棟のさらに奥にある男子トイレへと向かう。
部室棟は、朝と昼の人通りが少なく、ボッチ気味(完全なボッチかもしれない)の透からすればとてもありがたい場所だった。
男子トイレへ入り、恐る恐る開封した透の目に映る手紙の内容には、
【遠藤くんへ
放課後、体育館裏で待ってます】
という短い一文だった。
「えーっと。遠藤くん、か。
いたかな?他クラスに遠藤くん。近藤くんの間違いかなぁ。」
そうであってほしいなー。
いや、待て待て。現実逃避するにしても、他クラスの下駄箱と間違えるわけがない。
そもそも透のクラスに遠藤くんは1人しかいない。
僕、なのかなぁ。
差出人も分からないし、もしかしたら3年目のイジメ?
高校卒業まで1年切ってるのに?今から?
あと1年くらい我慢しててよ。
頭には、不安要素しか浮かばないが、それを責めることはまた難しい。
現に、高校の3年間弱と中学含めて、色恋沙汰なんて全く関わってこなかったのだ。透ほど校則を律儀に守ってきた生徒も中々珍しい。
でも、誰からの手紙かわからないのか…。
これ無視したら駄目かなぁ。
無視したら本当にイジメが始まったり…?
いや、もしかしたら告白の呼び出しかも。
最初に行き着きそうな予測に全く信憑性がない。
「だって僕だもの。」
言ってて、悲しくなってきた。
ひとまず、この手紙は僕宛だと分かったので、一旦閉まって教室に行こう。誰からなんて検討もつかないけど。
男子が喜びそうなイベントの最中にも関わらず、透の心境はとても暗い。教室に入ると、そこには当然変化もなく、いつも通りの日常が存在していた。
クラス内でもそれぞれグループがあり、よく目立つ女の子グループと、そのグループに隣接する形で話題を共有しているバスケ部・サッカー部・野球部達の混成イケイケグループ。
女性陣グループの中でも、特に目立つのが明るく染めた茶髪にピアス、比較的化粧濃いめの『足立 莉子』さん。足立さんは女性陣の中心的な存在で、彼女を囲むように黒髪清楚な雰囲気ながら、実際はとても口が悪い『桐生 栞』さん、バスケ部でスラッとした体型で長身の『今村 華』さんが会話に花を咲かせている。
その女性陣グループに、近い位置で集まっているのが、混成イケイケ軍団。
今村さんと同じくバスケ部の主将をしている『近藤 健太』くん。
短めの髪に、整った顔立ち。成績良し、性格も良しと欠点を探すのが難しいクラスのリーダー的存在だ。手紙の宛先を真っ先に疑ったのが彼である。
透からすれば、勝てる要素が微塵もない。
いや、成績は時々抜かしてるし。
その近藤くんと話しているのが、野球部の『田村 真』くん。
朴訥とした雰囲気で、かなりガタイがいい。正直怖い。
そして、男子二人よりかは女性陣に絡んでいる『北澤』くん。
見た目チャラく、実態もチャラい。とりあえず、チャラいので、今みたいによく女性陣に絡んでいる。
というか、完全に足立さんを狙っているのが分かる。もう何度か告白しているが、その度に振られているらしい。頑張れ。
正直、1度振られた相手とそんな気軽に話せるのかという疑問があるが、足立さんは既に何人もの男子に告白されているらしいし、そんなことはお互いに気にしてないかもしれない。
陽キャすごい。
目立つのはその2つで、後は各々少人数で会話をしているくらい。
校則に恋愛禁止があるからなのか、比較的教室内で男女が話しているのは見かけない。陽キャ達は別だが。
そんなクラス内模様を横目で見つつ、自分の席へと向かう。
透の席は窓際、最後列の勝ち組席。
席替えは学期ごとに変わるので、夏まではこの席に座れることを考えるととてもありがたい。
鞄を机の横にかけ、教室に置き勉ならぬ置き本している小説を手に取る。栞を挟んであった箇所から読もうとした時、前の席に女子が着席した。
「おはよう、遠藤くん」
プリントの二宮さんだ。
いや、プリントのという形容はおかしいが。
「おはよう、二宮さん」
彼女とは朝の挨拶程度の中だ。ただ会話の基本である挨拶をする相手すらも少ないので、透にとっては学内で会話する数少ない人物であり、今後も自分の声を忘れないために挨拶していきたい所存である。
二宮さんは、肩口で揃えられた髪に灰色の髪留めで前髪を留めた一見優等生タイプなのだが、授業中はほぼ寝ている。
先生に注意されても寝ている。
そのくせ成績は学年で上から5位以内には常に位置しているので、教師陣も1度注意するだけに留まるという、少し変わったキャラだ。
僕と同じようにボッチ属性なのかなと思っていたけど、学外で彼氏っぽい人と仲良く歩いているのを見て、その時の彼女の笑顔に、学内であまり喋らないのも彼氏に全力なのかなと、変な納得をした。
マイペースさんすごい。
そんな二宮さんだが、今日は挨拶だけではないみたいで、
「今日は、なんだかいつも以上に暗い顔してるね?」
と声をかけてきた。
いや、いつも以上にって。
いつも暗いの?そりゃ陰キャの自負はあるけども。
「そ、そう?いつもどおりだと思うけど」
こんな返答しかできないから暗い認定なのか…。
「ふーん」
曖昧な返事でそれ以上は会話を続ける気がないのか、席に座り、後ろ姿を見せる形になる。
まあ、ラブレターっぽい何かを貰ったと言っても多分興味ないだろうしなあ。
それより、放課後だ。
あまり気の乗らないイベントに心を沈ませつつ、教室に入ってきた担任の号令まで、小説の中に没頭することにした。
放課後。
早くない?
あれ?今日なんの授業あったっけ?
あっという間に訪れた放課後に、HRを終えた教室の中呆然としていた。
「足立ー!カラオケいかん?」
チャラ男のよく通る声で我に返り、教室内を見渡す。
部活組はさっさと出ていったのか、残っている生徒はあまりおらず、イケイケ組と女性陣たち、合わせてイケジョのグループ(省略したら訳分からなくなった)と、数人のみだった。
「んー、今日はパス。てかあんた部活は?」
「いや、今日はラグビーの奴らにグラウンド取られて使えないんよ。外回り嫌だからサボるわー」
サッカー部のチャラ男はサボるらしい。どうでもいい。
「どうでもいいや、まあ今日はパス」
「莉子、じゃあウチラとオケいこ?」
桐生さんが足立さんに声をかける。
え、チャラ男の誘いさっき断ってなかった?
「えー、どうしよっかなぁ、、今日ホントにあれなんよね」
考えるのかよ。マジか。
「いいじゃんいいじゃん!いこうぜいこうぜ!な?健太!」
桐生さんに便乗して再び誘うチャラ男。強い子。
そして誘われた近藤くん。
「いや、俺は部活あるし。週末試合あるから無理だ。すまん。来週ならいけるからそこで。」
苦笑いと爽やかさ、相反する2つを綺麗に合体させた素敵スマイルで断る近藤くん。
「まじかー。じゃあ桐生っち達と俺で行こ!」
どうしてもカラオケに行きたいのかチャラ男よ。
「は?なんであんた連れてくのよ。健太くんも来ないなら今日はウチラだけで行くっての。」
さすが桐生さん。今日も鋭い。近藤くんへの好意が見えてますよ。
それより、いつまでもイケジョの面々の会話を聞いている場合ではなかった。早く体育館裏に行かねば。
鞄を持ち、いざ鎌倉と気合を入れて教室を出る。
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教室:
「んじゃ、ウチも行くわ。じゃね。」
「あー。莉子、今日だっけ?」
「そうよ。アンタ達が決めたんでしょ。」
「ごめんごめん。じゃあ頑張ってきて」
「はいはい。」
「足立?大丈夫か?」
「ん?大丈夫よ。健太。部活がんばって。」
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体育館裏に来た。来てしまった。
まだ、待ち人は来ず。
なんなら来ないままでも良いかもしれない。
これから待ち受ける何かを考えると足が震えてくる。
イジメはいやだ。イジメはいやだ。イジメはいやだ。
思考が負のスパイラルに呑まれて何分経ったか。
「ごめん、待った?」
女子の声に俯いていた顔を上げた。
体育館裏、影が差して薄暗くなった場所に立っていたのは足立さんだった。
「え?」
考えていた中でも想定外の人物に間の抜けた声が出た。
「ごめんね?急に呼び出したりして。あんま時間取らせないからさ。」
「あ、う、うん。大丈夫。」
「それで、話なんだけどさ。ウチ、実は…」
あれ?あれ?これもしかして?え?
「アンタの事が好きだったんよね。ウチと付き合ってください。」
そういった彼女の声はどこか震えていて。
その言葉を解釈するのに、少なくない時間を費やしてしまった。
「で、どう?」
影が差しているからかハッキリと表情は見えない。
ただ、これ以上待たせるのも駄目なことは分かる。
「え、えっと。なぜ僕なんでしょう?」
自分で言っていながら頭が悪い。
いや、待て待て。足立さんだぞ?学年でもトップレベルに可愛い女子の。しかもイケジョの。
ドッキリとか何かじゃないのか。
周りを少し見渡すが、体育館裏に隠れる場所は特にない。
人影も見えないので、誰かが隠れてこの様子を見ている可能性は低そう。
「いや、なぜって言われても。好きになったんだからいいじゃん?なに?」
怖い。なぜかキレてらっしゃる。
これはあんまり下手なことは言えない。
「あ、あの僕はあまり足立さんのこと知らなくて、それで急に告白って頭がついてかなくて…。」
絞り出した言葉が情けない。
「いいじゃん。カレカノからで。
華と田村もそんな感じからだし。」
バスケ部の今村さんと野球部の田村くんはそんな感じなのか…。いや、2人は付き合っていたのか…。
足立さんが僕のどこに好意を抱いたのかまるで分からないが、そういうのもあるのだろうか。
そういった恋の始まりもある、のか?
正直、小学生の叶わない初恋以降、誰かを好きになったことなどないので理解が追いつかない。
ただ、今は返事をしなければ。
友達からとか、言っていいのだろうか。
「僕は…。えっと。」
「うん。ゆっくりでいいよ。」
そんな彼女の声が優しくて。
「僕で良ければ、よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げていた。
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