第21話 波乱なしの修学旅行1日目

清水寺の観光を終え、修学旅行生を詰め込んだバス群は一路銀閣寺に向かっていた。


初日周る予定の観光地としては残り3つ。


現在目指している銀閣寺。

渋い。


下鴨神社。

畳の神話体系を信奉する僕にとっての聖地である。

その空気を存分に浴びるつもりだ。糺の森の文字感がもうたまらない。


京都大学。

高3の修学旅行らしく、大学の一コマを大教室で体験できるらしい。進学先の候補にするには厳しいかもしれないが、プチ大学生を感じれるのはありがたい。


清水寺を観光したクラスメイト達は、銀閣寺までのバスの中、マイクを回しカラオケ大会に興じていた。

早々に席に座ったガイドのおばさんには同情しかない。

勿論目立つのはイケジョ。近藤くんは無難に流行りの歌を難なく歌いきり、盛大な拍手を浴びていた。

誰よりも拍手の勢いがすごい桐生さん。

…あまりに早い拍手。腱鞘炎に気をつけてね。


意外だったのがチャラ男である。

選曲も少し前に流行ったラブソング。

あれ?これ失恋ソングじゃん。


それはともかく、とても上手かった。

すごいぞ。チャラ男。無駄に足立さんの事を見つめながらなのが多少イラつきポイントだが、それでも高評価だ。

当の足立さんは窓の外しか見てなかったけど…。


歌い終えたチャラ男はマイクを僕に渡す。

そして僕は田村くんにパスする。ナイス連携だ。

田村くんは君が代を歌うそうだ。うん。とても合う。


「遠藤くんは歌わないの?」


先程からマイクの中継を担っていた僕に二宮さんが聞いてくる。


「流行りの曲なんて知らないからね…。」


大人気猫型ロボットアニメの歌なら全部歌えるけど。

僕の歌なんて求めてる人はいないだろうけど、二宮さんの歌を期待している人はいるのではないだろうか。


「二宮さんは歌わないの?」


そんな隠れ二宮さんファンの声を代弁して質問する。


「んー。私もあんまり最近の曲知らないんだよね。」


うんうん、と悩んでいる。

少し考えるような素振りを見せていた中、田村くんが歌い終わり僕にまたマイクが渡る。


…なんでいつも僕に渡すの?


「うん。貸して、遠藤くん。」


二宮さんから声が掛かりマイクを手渡す。

なるほど。歌う曲を悩んでいたのか。

二宮さんファンの皆!彼女の美声が聞けるチャンスを作ってあげたよ!


国家が流れた後のしめやかな空気の中、息を吸い込んだ二宮さんは、


「…~~!!!」


ロックだった。うん。とてもドリーマーだ。



銀閣寺。

観覧コースで順路が決められていく中をただ歩く生徒の波に流されていく。

…ここの庭園も中々素敵。敷き詰められた石だけで景色を表現した昔の技術者に感心する。

この庭園を見て、何を感じるかは人それぞれだと思うけれど、テンションの上がった修学旅行生の中にはイタズラしようとして怒られている人も居た。チャラ男である。


せっかく見直したのに…。


展望台に着いた僕は、清水寺とはまた違った視点で京都の町並みを眺める。うん。良き。

しかし、まだまだ目に焼き付けたい僕を人の波は許してくれなかった。


あ、押さないで。もう少し展望台に居たいのに…。


その後は流されるように順路を周り、あっという間に観光は終わってしまった。



昼食休憩を終えた生徒一同は、再びバスに乗りこむ。

目指すは下鴨神社。

僕のテンションも自ずと上がる。

目に見えて雰囲気が違っているのが分かったのか、二宮さんも不思議そうにしていた。


「下鴨神社好きなの?」


「好きか嫌いかで言ったら大好きです。」

愛してるといっても過言ではない。住めるなら住みたい。


「なんか、珍しい。」


僕の変わりように目を細めて微笑む二宮さん。

まるで孫を見つめるお婆ちゃんのようだ。

…二宮さんにまた1つ属性が付与された。



辿り着いた聖地。

バスから降り立った生徒は糺の森の参道から下鴨神社に向かう。多くの生徒が、生い茂る木に囲まれた静謐な空気を感じつつも、足を止めることはない。


僕はかれこれ20分はこの空気を感じていた。

うん。まだまだ居れる。ただ、待ってもらっている二宮さんに付き合わせ続けるのも申し訳ない。


「ごめん。二宮さん。あれだったら先に進んでもらっても良いよ?」

後で追いかけよう。


ベンチに座り足をパタパタさせていた二宮さん。

ん?と振り返る仕草がなんか可愛い。


「大丈夫だよ?遠藤くんの気の済むまで見てもらって。いってもそんなに時間無いけどね。」


…本当に?いいの?下鴨神社見れないかもだよ?

いや、それはまずい。この先も素晴らしいのだ。

絶対に参拝はしなきゃ。


「ありがとう。それじゃ、あと少しだけ。」


「うん。」


にっこりという表現が正に当てはまる笑顔で頷く。

なんて優しいのだろう。その無償の優しさに胸が打たれた。

…あ、無償じゃなかった。


それから数分。

思う存分に満喫した僕は、二宮さんの待つベンチに向かう。


「待たせてごめん。もう大丈夫。」


「うん。じゃ、行こ。」


2人連れ立って参拝ルートを歩く。

糺の森で長らく時間を費やした僕たちは当然の如く最後尾。

イケジョグループは、バスを降りると同時にマラソンランナーのようにスタートダッシュを切っていたから、もう遥か彼方まで進んでいると思う。

そのまま完走してほしい。


所々にある屋台を覗きながら歩いていると、参拝ルートも終わりに近づいていた。


「もう終わりかぁ。」


少し淋しげに呟く二宮さん。

彼女もこの良さに気づいてくれたのかも。


「そうだね…。絶対また来る。」


今度はプライベートでも来よう。遥も気に入ってくれるかな。


「ふふっ。また来よっか?」


「…。」


二宮さんはときどき意地悪だ。

…遥に確認取るか。



1日目の最後の目的地である京都大学。

言わずと知れた国内有数の大学。

修学旅行の目的の大きな一つに、この授業体験を想定していると思う。なんて受験生思いの旅程なのか。

ただ、このありがたい状況をしっかりと受け止めている生徒は多くない。階段状になっている大教室も、約半数はしゃぎ疲れによるお昼寝の学生たちで埋まっていた。


高校とは違い、壇上でマイク片手に授業をする講師も、聞く側が寝ているかどうかなんて全く興味がないのか、ひたすら授業を進めていく。

…うん。このお互いに好きなことをする感じ。まるで倦怠期の夫婦みたい。ふふっ。


のんびり授業を聞いている僕も、だいぶ頭が溶けているみたい。

一人一人と睡魔への誘いに落ちていく生徒たちを眺める。

位置的に横に座るイケジョグループは、イケメン近藤くんが辛うじて起きてる。あ、落ちた。

イケメンでも重力には抗えなかったのか。


その頭が机に倒れたその向こう、寝ているであろうと決めつけていた足立さんは、うつらうつらとしながら、耐えるように授業を聞いていた。


…すごい。めちゃくちゃメモ取ってる。


ヒトコマしかない授業では、どうしても専門的な内容に入る事ができずに概要に落ち着く。壇上の講師が語っている内容もそれに近いものがあり、特別メモを取る必要がないと判断した僕は、配られた資料を眺めるにとどまっていた。


僕とは正反対の足立さんに目を引かれたが、あまり長く見続けるのも失礼なので、視線を反対にずらす。

二宮さんがこちらを見ていた。

目が合い、にっこりと微笑まれる。

ぎこちなく微笑み返す僕。


…お目々が笑ってないですよ。二宮さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る