僕と楊広の敵対的関係


「道人、予め言っておくが、俺は道人に協力する気はないぜ」


「……どうして?」


「俺は地獄丸派だから」


――地獄丸派?


 それは一体――



「クライシスは俺の敵だ。クライシスには、地獄丸の邪魔をしないで欲しい」


「……どうして?」


「当たり前だろ。俺は、采奈の死の真相は明かされるべきだと思ってるんだ」


 唖然とした僕の表情に満足したかのように、楊広はフッと鼻を鳴らす。



「パンドラの匣が開けられるのが怖い、という気持ちは分からなくないぜ。ただ、道人、そろそろ潮時じゃないか」


「違う!!」


 僕は叫んでいた。誰もいない校舎裏で、その声は校舎の白い建物にぶつかり、反響する。



「違う!! 采奈の死に『真相』なんて無い!! 采奈は、不運にも川に落ちて、事故死したんだ!!」


 僕と対照的に、楊広はあくまでも冷静だった。



「道人、お前だって本当は分かってるんだろ? 


「……楊広、一体何を根拠にそんなことを……」


「俺がここでそれを話すつもりはないよ。それは、今晩、地獄丸に委ねよう」


「ふざけるな!!」


 楊広のしたり顔にカチンと来ていた僕は、気付くと、楊広のブレザーの胸ぐらを掴んでいた。

 楊広の身体は持ち上がらないものの、ブレザーの襟が楊広の白い首に食い込み、お腹のボタンの糸が今にもはち切れそうなくらいに張っている。



「……道人、いや、クライシス、俺にそんなことをしたって、地獄丸の暴露は止められないぜ」


「……分かってるよ」


 僕は、楊広のブレザーから手を離す。


 僕が胸ぐらを掴んでいる間も、楊広は、終始、したり顔のままだった。



「さっき、俺は、パンドラの匣が開けられるのは怖いという気持ちは分かる、と言った」



 だけど、道人、と楊広は続ける。



「俺が理解できるのはそこまでだ。どうしてお前がそんなに熱心に地獄丸の暴露を止めようとしているのか、それは俺には分からない」


「……別に良いよ。理解されなくたって」


「理解できないどころか、俺は、とさえ思ってる」


「……どうして?」


「だって、俺なんかより、道人の方が采奈との付き合いは長かったし、采奈との関係は近かったはずだ。それなのに、道人が、采奈の死にのは、俺には奇妙に見える」


「……すでに死んだ人のことをどうこう考えたって仕方ないだろ」


「それは正しいね……でも、本当かな?」


 何か言い返そうと思ったが、言葉が出てこなかった。


 やはり楊広は手強い。頭が良いというのもそうだし、何より、僕のことをよく分かっている。



「まあ、敵に塩を送る気までは無いけど、かといって邪魔する気もないよ。タイムリミットまでせいぜい足掻いてみな。クライシス」


 楊広が踵を返す。

 僕が訊きたかったことはほとんど何も聞けていないに等しかったが、ここで引き留めても意味はないだろう。



 しかし、僕は見つけてしまった――



「おい、楊広、待て」


「何だい? 往生際が悪いね」


「違う。楊広、落とし物だ」


 僕が指差したのは、皮のキーケースである。


 おそらく僕が胸ぐらを掴んだ際に、楊広のブレザーのポケットから地面に落ちたものだろう。



「ああ、本当だ」


 楊広は、涼しい顔でそれを拾い上げ、ブレザーのポケットにしまった。


 そして、僕に背を向けると、「ありがとう。じゃあな」と、後ろ手を振る。



 僕は、衝撃を受けていた。


 それは、楊広のキーケースに付いていた、のせいである。


 楊広がを持っていることは当たり前だし、まさか捨てただろうとは考えていなかった。


 しかし、それをキーケースに付いて、いまだに身に付けているとは思いもしなかったのである。

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