恋の落とし前
卒業式は、無事、終わった。
生徒の中には、記念撮影を終えた後、早々と保護者とともに帰宅する者もいる。
しかし、そうではなく、校舎に残り続けている者もいる。
そうした者の多くは、ある意味では、卒業式以上に重大な「イベント」を控えているのである。
それは、自らの恋の落とし前をつけることである。
憧れの相手からネクタイをもらったり、はたまたずっと恋慕していた相手に告白したり、というアレである
僕の場合は、少なくとも今のところは、朝雨という彼女がいる。
なので、周りから見れば、その「イベント」とは無縁に思われるかもしれない。
しかし、僕には、卒業を機に落とし前をつけなければならない
それゆえに、僕は、卒業式後に校舎に残り、ある人と待ち合わせをしているのである。
そのある人とは――
「悪い。待たせたな」
卒業証書の入ったワニ皮の丸筒を手に持ちながら、例の屋上前の踊り場に現れたのは、新多である。
最初に断っておくが、僕は新多に恋しているわけではない。
僕が新多を呼びつけたのは、采奈のことについて話すためなのである。
「別に待ってないよ。それより、僕の方こそごめん」
「……道人、それは何に対して謝ってるんだ?」
「
新多は、唖然とする。
新多が衝撃を受けた理由は、僕が殺人を告白したことにもあるだろうが、僕が、
そのいずれかがより衝撃的だったのかは分からないが、新多が、最初に僕を問い詰めたのは、後者についてだった。
「……道人、俺と采奈の関係に気付いてたのか?」
「最近まで全然気付いてなかったよ」
僕は正直に答える。
本当に、これっぽちも気付いていなかったのである。
それゆえに、僕は、采奈に恋焦がれ続け、果てには告白までしてしまったのである。
今考えると、せめて采奈にフラれた段階で気付くべきだった。
采奈は、僕の告白と、その後の僕の追及に対して、どこか歯に物が詰まったような言い方で断っていたのである。
それは、新多とすでに付き合っていることを、僕に言いたくても言えなかったからなのだ。
「最近? どうして気付いたんだ?」
「紗杜子から聞いたんだ」
ハンバーガーショップで、僕が紗杜子から聞いた衝撃の事実は、采奈を殺した犯人に関するものだけではなかったのである。
「紗杜子? なんで紗杜子が、俺と采奈が付き合ってたことを知ってるんだ?」
「その理由は長くなるから、後で話すよ」
それよりも、僕の方から新多に訊きたいことがいくつもあるのである。
「新多、いつから采奈と付き合ってたんだ?」
「……中学三年生になる少し前だ」
すると、僕が、采奈に対して叶うことのない恋をしていたのは、四ヶ月ほどということになる。
四ヶ月――思ったよりも短くて少しだけ安心したが、それでもそれなりの期間ではある。
「告白したのはどっちからなんだ?」
「……俺の方からだ」
そのことを聞くことでどうなるのかはよく分からなかったが、どちらかというとホッとする回答だった。
「采奈とはどれくらいの頻度でデートを?」
「……ちょっと待ってくれ。どうしてそんなことに答えなくちゃいけないんだ?」
新多の疑問はごもっともである。
すでに死んだ恋人との関係を、しかも、その恋人を「殺した」と言っている男に対して話さなければならない道理というのは、普通に考えればない。
僕は正直に、
「僕も采奈のことが好きだったから」
と答える。
新多がどのような反応をするのか気になったが、特に表情を変えないまま、いつもの朴訥とした声で、「そうだったのか」と言うだけだった。
「正直言うと、僕は、新多のことが羨ましいよ。朝雨という素晴らしい彼女がいながら、そんなことを言うのは良くないんだろうけど」
「言っておくが、采奈は付き合っても采奈のままだぞ」
「……どういう意味?」
「采奈は恋愛には疎かったんだ。俺も采奈と大差は無かったんだけどな」
「恋愛に疎い」とはどういう意味だろうか? 付き合っても依然として関係は友達同士のままで、恋人らしいことはできなかった、という意味だろうか?
僕はそれを追及したくなったのだが、さすがに無粋かと思い、やめておく。
「そんなことより、道人、お前が采奈を殺した、ってどういうことなんだ? まさか地獄丸の言うとおりということなのか?」
どうして采奈が死ななければならなかったのか、ということは、当時恋人だった新多には、当然知る権利があるだろう。
ゆえに、僕は、新多には全てを話そうと決めたのである。
僕は、紗杜子の話を聞いて分かったこと、それから、僕が直接経験したことから導かれた、采奈の死の真相について、新多に一から説明する。
「新多、実はね、あの京都の夜――」
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