【古典的な悩み】

 深山紗杜子――私が、采奈を発見したのは、鴨川の河川敷だった。


 そこは光源から遠ざかった暗い場所であり、私の唯一の長所である両目二.〇の視力が無ければ、おそらく黒い制服の少女を見つけることはできなかっただろう。



「采奈さん!」


 私は、河川敷の上の路上から声を張り上げたつもりだったが、声量がないので、采奈は反応しなかった。


 私がいる方に背を向け、鴨川の流れを見ながら、突っ立ったままなのである。


 ちょうど近くに下り階段があったので、私はそこから采奈のいる河川敷へと向かう。



 なぜ采奈一人しかいないのだろうか、というのは、当然に疑問に思う。


 「采奈に見せたいものがある」と突然言い、采奈を連れ出した道人は、一体どこに行ったのだろうか。



「采奈さん」


 河川敷の砂利の上から声を掛けると、さすがに今度は采奈が振り向いた。



――采奈は泣いていた。



 采奈とは約二年間の付き合いだが、采奈が目を赤く晴らして泣いているところは初めて見た。


 采奈は常に飄々としていて、感情はあまり表に出さないタイプである。



「……紗杜子じゃないか。こんな暗い場所に一人でいたら危ないよ」


と、采奈は、自分をさておいて、私に警告する。



「采奈さんを探しに来たんです」


「へえ、ボクを」


「もう三十分近く帰って来なかったので」


「……ああ、もうそんなに時間が経つのか」


「みんなのいるところに戻りましょう」


「そうだな……」


「ところで、道人君はどこですか?」


 采奈からはしばらく返事が返って来なかった。

 采奈は、私に返事をする代わりに、私に背を向け、また川面を眺め始める。



「まさか、道人君は川に流されちゃったんですか!?」


「……冗談やめてくれよ」


 冗談のつもりで言ったのではなく、本気でそう心配したのだ。私は、冗談を言うのが苦手なのである。



 もう一度私の方を振り返った時、采奈の目には涙が溢れていた。



「……道人君と何かあったんですか?」


 今度は的外れではなかったようで、采奈は、ゆっくりと頷く。


 同時に、大粒の涙が零れ、灰色の砂利に黒く染みわたる。



「……紗杜子、ごめん」


「どうしたんですか?」


「今のボクは、いつものボクじゃないみたいだ」


 それは言われなくても分かっていた。采奈はいつにもなく弱っているのである。



「……紗杜子、相談して良いかい?」


 長い付き合いだが、そんなことを采奈から言われるのは初めてだった。


 いつもならば、私が相談する側で、采奈は相談に乗る側なのである。



「……聞き役が私なんかで良ければ」


 謙遜ではなく、心から恐縮している。


 あの采奈が、自分自身で抱えきれないような問題を、采奈よりもはるかに未熟な私ごときが処理することなどできるのだろうか。



「……紗杜子、ありがとう」


 采奈は、無理やりに笑顔を作るが、その拍子に、また大粒の涙が零れる。



「采奈さん、どんな悩みなんですか?」


「ガッカリしないで聞いてくれよ」


「ガッカリだなんてそんな」


「とても古典的な悩みなんだ」


「古典的?」


「そう」


 采奈は、フッと自虐的に鼻で笑う。



「恋愛と友情についてだ。どう? 本当に古臭いだろ?」

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